王城側では
リーリアのもとにジュベータから、青馬亭に働くことになった報告が王立郵便で届いたのは、初夏が盛夏に変わるころだった。職場でジュベータの話をすることは、彼女を知らない新人に配慮して避け、夕食前の空き時間に、リーリアは手紙を見せにミカエラの大部屋まで赴いた。ミカエラは下着姿で揚げ菓子を齧っていたが、リーリアを見てブラウスを羽織ると、手紙に目を通した。
「ミカエラ、これ、どうしましょう」
「えー、どうって、お仕事見つかってよかったですね、って言うしかないじゃないですか。あ、なにかお祝い送ったりとか?」
「そうじゃなくって、その、前はテペシさんに様子を見に行っていただいたじゃない」
「ああ、そちらですか。またお知らせするかって?」
「あの時のジュベータの返事が、素っ気なかったじゃない?私たち、テペシさんとジュベータがたまたま都内で出会うなんて、もう運命だ!って盛り上がって、彼を推そうと計画したけど、ジュベータにその気がなかったら、迷惑だったかもしれない。今度は知らせない方がいいのかしら」
「うーん、どうなんでしょうねえ、手紙だけじゃジュベータさんの本心までは、わからないです」
ミカエラは首筋を掻いた。
「それに、もっといい相手と知り合っちゃったかも」
「まあ絶対ないとは言えないわね」
「あの、テペシさんの方はどうです?知らせてほしいと思います?」
「わからないけど、普通ここまでかかわったら、その後をお知らせしないと、嫌われているとお考えになるかも」
「あ、でもジュベータさんの手紙には、『コルム様テペシ様にもご放念いただけますようにお伝えください』ってありますよ。とりあえずはお知らせじゃないですか」
「ご放念って、お伝えしたらご放念できないじゃないよ」
「リーリアさんは嫌いな人の名前出したら怒るんですよね。手紙ぐらいは許してあげましょうよ。でもほんと、テペシさんのことなら、この人に相談したらどうですかね」
とたんにリーリアは無表情になったので、ミカエラは肩をすくめた。
「じゃあ、ジュベータさんの手紙どおりに、普通にお知らせするだけでしょ。本人同士の気持ちがわからないのに、私たちがあれこれ考えてもしかたないです」
「そうね、じゃあ、機会があれば、淡々とお知らせいたしましょう」
リーリアは手紙を引き取って自分の大部屋へ戻っていった。ミカエラは声に出さずに
「わ、面倒くさ」
とつぶやいた。
アルブレヒト・コルムは、リーリアに謝罪する機会を伺っていた。今となっては友人と呼ぶのもはばかられる、昔の同級生の話を真に受けて、リーリアの行状を詰ったことについてだ。そいつをを問い詰めたところ、実は自慢のために膨らましたいいかげんなものだったのだ。そいつには軽く軍隊的に指導しておいたが、リーリアに対してはアルブレヒト自身が謝らなくてはいけない。しかし女性と二人きりで話せる折を王城で見つけるのは、相手にその気がなければ、非常に難しかった。
ある日、アルブレヒトが裏庭で一休みしていると、侍女の制服が通りかかった。リーリアではなかった。ミカエラだ。
「あ、コルムさん、ごきげんよう」
ミカエラに会釈されて立ち上がり、にこやかに礼を返す。
「コルムさん、ジュベータのこと、お話してもいいですか?」
「もちろん。彼女になにか?」
「住み込みで働き口が見つかったって、手紙が来たんです」
「ああよかったねえ。一安心ってとこかな。どこかの屋敷?」
「えっと、海軍の近くの、青馬亭っていう宿屋さんです」
「そこなら聞いたことあるよ。小さいけど昔からあるいい宿だ」
「はい、じゃあテペシさんにも伝えてくださいます?」
「うん、きっと安心するよ」
「では失礼しまーす」
ミカエラが通り過ぎようとするので、
「ごめん、ミカエラ、ちょっと聞いてくれる?」
「いいですよ、どうしたんですか」
「あ、あのリーリアはまだ怒ってるかな、僕のこと」
ミカエラはアルブレヒトの恥じ入った顔をまじまじと見上げた。
「何したんですか?」
「うーん、僕がリーリアのことを誤解して、失礼なことを言っちゃって。詳しくは勘弁してくれる?」
「へえ、そうなんですか。リーリアさんはコルムさんの名前を出すだけで怒りますよ」
「本当に僕が悪かったから、謝りたいんだけど、リーリアから避けられてるからね。話すに話せなくて」
ミカエラは少し考えた。
「明日なら、リーリアさんは当番で、早朝から一人でリネン室にいますから、汚れたシーツ持っていったら話せますよ。まあ、いつだれが訪ねてくるかわかりませんけど」
「明日の朝」
「コルムさんが悪いなら早く謝っちゃってください。あの人が不機嫌だと、こちらもいろいろ困るんですから」
ミカエラは冗談っぽく言い捨てて、会釈して足早に通りすぎながら、
「本当、面倒くさい」
と口の中でまたつぶやいた。
翌日ミカエラが出勤すると、リーリアの目や鼻の周りが赤くなっていたので、ちょっと身構えた。しかしリーリアが、笑顔を見せて、
「おはよう、ミカエラ」
と声をかけてきたので、どうやらこちらは大丈夫そうだ、と見当をつけたのだった。




