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甘い言葉をひとしずく  作者: 入峰いと
初夏の章
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仕事を探して

 お昼時を少し過ぎたのを見計らって、ジュベータは河口亭の様子を覗き込んだ。店先では小僧さんが桶に向かって腰を下ろし魚の下ごしらえをしていたが、ジュベータに気づいて、

「すみません、昼は終わりましたー」

と呼びかけた。

「あ、違うの、食事じゃなくって、ここの奥さんに先日」

ジュベータが説明しかけると、小僧さんは店に向かって、

「お内儀さーん、女の人が見えてますよー」

と声を張り上げた。


「あら、あら、これはこれは」

お内儀さんは一瞬目をみはると、すぐにジュベータを店の中へ誘った。

「いえ、あのこれをお返しに来ただけで」

ジュベータがおずおずと断ろうとしても、客あしらいに巧みなお内儀に敵うわけがない。

「そうぞおかけになって、せっかく来ていたでえたんだから、お茶の一杯も差し上げねば」

「本当にお構いなく」

「もしかして、お仕事の途中ですか」

「いえ」

ここで適当な口実を設けられるようなジュベータではない。

「あの、仕事を探しているところで、口入屋を回っておりまして」

「そりゃまた大変なこと」

軽く相槌をうちながらジュベータを店の席に座らせる。二階に向かって、

「あんた、お客さんですだ、挨拶しておくれ」

と声をかけると、

「いますぐお茶淹れますから、ちょっとお待ちくだせえ」

とジュベータに微笑みかけて、お内儀は厨房へ向かった。入れ替わりに店主が下りてきた。ジュベータが立ち上がると

「こりゃ<別祭日>のお嬢さんでないか。今日はまたどうなさっただ」

「あの、先日、おかずを分けていただきましたので、入れ物をお返しに」

「そりゃどうもご丁寧に、さあさ、お掛けくだせえ」

「お仕事探してなさるそうですよ」

とお内儀が厨房から声をかける。

「お仕事、っていうと、お城にお勤めでねがった?」

「えっと、この春で年季が明けまして、王城を退がりました。もう両親もおりませんので、何とかして自分で稼ごうと思いまして」

「そ、そりゃー、あんた、お若いのに、その、ご立派な心がけですだ」

お内儀がお茶を運んできてくれた。3人で一服する。昼間なのでランプもついていない店の中は、入り口の横の窓から、向かいの建物の壁に反射した日差しが明るく見えるだけで、薄暗い洞穴のようだ。小僧さんが道を通る誰かと話している声が聞こえる。


 店主は軽く咳払いして

「私らはもともとテペシの旦那のとこの小作人の出で、こうして王都で店をやるようになったども、昔からのご縁というやつで、旦那には御贔屓にあずかっておりますだ」

「ああ、そう、なんですね」

ジュベータはちょっと身構える。ここしばらく考えないように注意していた名前が出てきてしまった。だからと言って急に帰ることもできないし。とにかく聞き流すしかない。

「トマ様は本当に義理堅いお人柄で、口数が少ないんもんで見た目は怖そうだけんど、何かといえばお友達やら、若い人やら、連れてきてくださって、優しい方ですよ」

「ええ、はい、わかります」

ちょっと聞き流せなくて息が苦しくなった。ジュベータはお茶をぐっと飲んで呼吸を整える。

「あの、ご馳走様でした。そろそろ失礼しないと」

「あ、ちょっとお待ちくだせいませ、失礼ですけんど、お嬢さんはどんなお仕事を探しておいでですか」

お内儀が話題を急に変えたので、ジュベータは上げかけていた腰をもう一度おろした。

「家がないので、住み込みで家事をできたらと思っているんですが、実は料理が全然できません。お針も遅いし、この年齢でお恥ずかしいのですが」

「あの、お城ではどんなお仕事を?」

「寝具の担当で、リネンを畳んだり洗濯に出したり数えたり、そんなことをずっとやっておりました」

「帳付けなんぞもなさいました?」

「はい、帳簿やら手紙やら」

「じゃあ読み書きはお得意でしょうけんど、算用の方は?」

「仕事で使う分には足りておりましたが」


お内儀は店主とうなずきあう。

「あんた、こちらのお嬢さん、ヨアキムのとこにうってつけのお人じゃねえですか。お嬢さん、あれこれお尋ねして申し訳ありません。じつは私どもの知り合いの働いている旅籠で、算用の立つ人を探しておりまして」

「え、それは、私でこと足るのでしょうか」

「もともと旅籠の亭主は読み書きが苦手で、女房のほうが帳付けだのなんのかんのをこなしておったですが、お目出度で、おまけに具合が悪くなりまして、身二つになるまでの間だけ手伝いが欲しいと。宿屋ですので住み込みで」

「三月か四月の間だけとなると難しいもんで、もしお嬢さんがそれでもよろしかったら、一度紹介させてもらえねえだか」

ジュベータにとって3か月の仕事は初めての大物だ。

「それは願ってもないお話ですが、あの、場所はどちらなのでしょうか」

「ここから10分ほど東へ上がったところで、工廠通りの「青馬亭」と言いますだ」

ジュベータは居住まいをただした。

「ご主人、奥様、私はエルジュベート・ノシクと申します。父はリネン商のステファン・ノシクでしたが、三年前にみまかりまして、今は北堀鰺小路のドバニ方に下宿しております。どうかご紹介をお願いいたします」

「私どもはラシエニと申しますだ。私はペタル、女房はルイサで、一つ今後ともよろしくお願えいたしますだ」

店主とジュベータは軽く手を触れあった。














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