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復讐屋さんの奴隷くん  作者: 志久タクイチ
2/12

復讐屋さんの奴隷くん②

復讐屋さん第二話、更新しました。処女作らしい初々しさを感じていただければと思います。

 通された部屋は、家族が団欒できるような大きめのリビングだった。客間も兼ねているのか、長方形の長テーブルには小奇麗に備え付けられたお菓子がある。飾り物としての小物類は数少なかったが、一つ一つの家具は意匠が凝らされており、この家に相応する価値のあるものに見えた。

 西日が差し込む窓からは、庭が覗く。

 広い。平地のようにとにかくだだっ広い。殺風景にもほどがあった。

「なに突っ立ってるの? 早くそこに座って頂戴」

「あ、ああ……わかったよ」

 俺の歯切れの悪い言葉に引っ掛かったのか、とばり姉が呆れたように息をついた。

「……あのね、今から遠慮してどうするの。これから先ここで暮らしていくのに。ほら、さっさと座る」

「お、おう」

 ぐいぐいと俺の身体を押して、強引に座らせるとばり姉。

 腰かけた俺を見て満足げに頷くと、自身の身長よりも大きいソファにダイブし、無造作に寝転がった。頭のリボンがくしゃりと折れ曲がっても、全く気にする素振りはない。

 スカートから伸びる細くて白い足が、いやに艶めかしい。無意識にガーターの先を目が追っていることに気付き、すぐ目線を反らした。

 そんな俺の内心を知ってか知らずか、とばり姉がくすくす笑いながら、口火を切って話し掛けてきた。

「改めて、久しぶりね。アキ。アナタが四歳の頃以来だから……十二年前ってところかしら?」

「あ……いや、いくらなんでもいつ振りかなんてさっぱりだよ」

 十二年前、と聞くともはや一昔前だというのに、まるでつい最近のことのような口ぶりだ。俺が四歳なら自身もまだ五歳の頃の記憶のはずなんだが。

 当然、俺の中のとばり姉との記憶には、ほとんど靄が掛かっている。一体何をして遊んだか、何を話したかどころか、いつ頃のことだったかも、今とばり姉に言われるまで分からなかったくらいだ。

 ただ、それでも。今でも振り返ってみると笑みが浮かびそうな程、楽しい日々だったということだけは分かる。美化された思い出かもしれないが、あの頃に対して全然マイナスのイメージが無かった。

「そう? アナタが私を『とばりお姉ちゃん』って呼んでたことも、よーく覚えてるわよ?」

「んなっ、ちょ、止めてくれよとばり姉、なんか恥ずい、恥ずいから!」

「『とばり姉』? なにアキのくせにカッコつけてるのよ。ほらあ……『とばりお姉ちゃん』って、言ってみて?」

「っ!」

 思わず、むせ返りそうになった。

 寝転がるとばり姉が、俺の目をまっすぐ捉える。その位置の関係上、どうしてもとばり姉が上目遣いになるわけで。

 しかも、甘えるような猫なで声も相まって、おそらく今の俺の顔はパプリカみたく、赤くなっていることだろう。

 我ながらチョロ過ぎて情けない……。

「あの時のアナタは可愛かったわね……ちょこちょこ私の後ろに付いてきて、まるでカルガモの子供みたいで……」

「そっ、それにしてもさ。ここ、すごい静かだよな! あの街の中とは思えないぐらいだ」

 無理やり話題を変える。分かりやすいか、と思っていたが、案の定とばり姉には見抜かれていたようで、またクスクスと笑いながら口を開く。

「まあ、そうね。ほとんど町はずれだもの。私はここ、結構気に入ってるわ」

「へ、へえ……あ、でも俺がいるからうるさくなるか? なんかごめんな、とばり姉」

「なに謝ってるのか知らないけれど、アナタ程度、五月蝿い内にも入らないわよ。まあアナタがアレみたいに騒ぎ立てるのなら別だけれど」

「アレ……? あ、ああ……アレ、ね」

 さっきの金髪男のことを思い出す。さっきもソレと言っていたし、多分、名前を出すのも嫌なのだろう。腫物でも扱うかのような態度だった。

 結局、あの後どうなったんだろうか。ろくな末路じゃない気もするが……。

「アレはね、少しやりすぎたのよ」

 顔に浮き出ていたのか、とばり姉は物憂げに話し始めた。

「なけなしのプライバシーのために、仮にアレを『ヤリザル』と呼ぶわ。うふふ……我ながらいい名前だわ。腰を振ることしか頭に無かったもの」

 まんまじゃん、とは口が裂けてもツッコめなかった。

「ヤリザルはある日、私に依頼したの。『今の女に浮気されて振られた。復讐したい』って。実際はもっと女々しい上に聞き苦しい愚痴だったけれど。私はその女を徹底的に貶めたわ。その女をAとするわね」

 とばり姉の語り口は、まるでテレビでよくある体験談のようだった。分かりやすく、それでいて……残酷なまでに冷静にまとめられた。

「い、依頼って……?」

「少し落ち着きなさい。アナタのために順々に話してあげるから」

 急いてしまって話の腰を折った俺を制するように、とばり姉が目を向ける。思ったより若干気に障ったのか、投げ出すようにしていた足をバタバタと動かした。

「それですぐに味を占めたんでしょうね。ちょっとしてまた同じような依頼をしてきたわ。今度は前回より少し安いお金で依頼を受けた。その女をBとするけど……結果、Bももうどこへ行っても後ろ指をさされるところまで堕ちたわ」

「…………」

「つるんでたグループにも見捨てられて、親にも勘当同然。Bを信じる人間はいなくなった。そしてヤリザルは気にせず今カノのCと付き合い始めた……そして今、別の女Dと付き合うために女Cと別れる体の良い別れ方を求めてきたわけだけれど」

 そして、含み笑いを浮かべるとばり姉。

「けれどその一方で私のところにお客様が来たわけよ。それも二人揃って。この意味が分からないわけじゃないでしょ?」

「……男が振った、元カノAとBってことか」

 ようやく、話が見え始めてきた。

「その通り。何も知らないとはいえ、自分たちを貶めた原因である私に。狙ったこととはいえ、本当に可笑しかったわ」

 もし俺が思ってる通りのことなら、この話は、あのやり取りだけじゃわからない程根が深い話だ。

「二人は言ったわ、『自分たちに逆ギレしてきた男に復讐したい』……因果応報の言葉が相応しい展開よね」

「あ……だから、か」

 とばり姉は言っていた。『まとめて終わらせた』と。今の彼女を傷つけない理由を作るという依頼と、彼女たちが持ち掛けた依頼。確かに理屈上、まとめて終わらせる方法がある。

 それが、男を徹底的に貶めること。過去に付き合った女性たちにしたように、今度は男にお鉢が回って来たというわけか。

 復讐が復讐を呼ぶ、まるで子供への訓戒を謳う童話のような話だった。

「後はもうとんとん拍子よ。私が写真を晒したら、つい今まで付き合ってた彼女のCと別れて、愛し合ってる(笑)Dさんもさっさとサルから離れたわ。まったく馬鹿よね。笑いが止まらなかったわよ」

「じゃ、じゃあまずいだろ。今はまだしも、いつかもしあいつがとばり姉を脅しに来たら……」

「そうさせないように、この封筒を送り付けてやるの」

 どこから取り出したのか、白い小封筒を指の間に挟み、ひらひらと宙を泳がせていた。

「それ……なんだよ?」

「ヤリザルの羞恥画像、とでも言えばいいのかしら。基本SMもので……目隠しに緊縛とか、鼻フックプレイもしてたわね」

 何ともニッチなプレイだ。

「とにかく、これが公になれば、まず退学は間違いないわね」

「た、退学!?」

 いきなり内容が大事になったせいで、思わず聞き返す形となってしまった。

「ああ、もちろんネガじゃないわよ? ちょっと見えやすくなるように写真加工して、コピーしたものだけれど。弱みはちゃんと握っておかないと。脅しに来る? ふっ、逆よ。あっちが既に脅されてるの」

 ……まただ。またさっきのような目。作られたように薄い微笑みに隠れた、背筋が凍る冷たい瞳孔。

 この人のこの表情だけは、どうしても慣れそうにない。

「で、でもさ……」

 居心地の悪さに包まれながら、それでも俺は口を開く。

「どうして、とばり姉がそんなことしてるんだ?」

「……と言うと?」

「ほら、だってさ、とばり姉の言い方じゃ男がクズなのは最初から分かってたんだろ?

だったら、そんなヤツの頼み引き受けなきゃ良かったんじゃん? 結局、この話をややこしくしたのは、その……とばり姉じゃんか」

「…………」

 とばり姉は、何も答えずじっと俺を見つめている。

「どうしてとばり姉は、この話に介入出来たんだ? ……いや」

 小さく息を吸い込んだ。心臓が、いやに跳ね続けている。

 そして、吐き出すように一気に言葉を紡いだ。

「もっと言ったら、〟そんなことしてるとばり姉は一体何なんだ〟?」

 長い沈黙が、リビングに広がる。辺りは既に暗く、リビングの照明だけが煌々と灯っていた。

 その静かすぎる間のせいで、とばり姉の言葉への反応が遅れてしまった。

「……今回の件は、ちょっと遠回りな出資だったけれど」

「え?」

「〝結果的に、サルから過去三回ご贔屓頂いた『相談料』と『復讐代行料』、そしてAとB二人からも同じく。そして死ぬまで強請れる『人形』まで手に入れたわ〟。それまでの準備とかお膳立ては面倒だったけれど、それ以上の報酬はちゃあんと頂いてる」

 そこで初めて、横になっていたとばり姉の身体がゆっくり起き上がる。その目に、先程までの愉悦の感情は無く、ただ真剣味が帯びていた。その雰囲気に、思わず肩を縮こめてしまう。

 朗々と、事務的な声が響く。

「こんな風に他人の復讐に立ち会って、時には代行して、そして依頼人からの報酬……それが金銭だったり他人の弱みだったり、あるいは『モノ』だったりもするわけだけれど、とにかく私にとっての利益を得る。それをビジネスとして生業にしているのが、私」

「…………」


「『復讐代行部』、私はそう名乗っているわ」


 まあ今はほとんど休業中だけどね、と言ってとばり姉は再び微笑んだ。

 まるで、どこにでもいるごく普通の少女のように。

「…………」

 今更過ぎるかもしれない。もう遅かったかもしれない。けど、気付いてしまったことがある。

 とばり姉は、俺ごときが関わっていいような人間じゃないらしい。

「で、でも」

 言葉が、口を衝いた。どうしても、言わないではいられない言葉だった。

「でもさ、復讐は――――」

「あら、まさか復讐は何も生まない、なんて馬鹿なこと言わないわよね?」

 俺の言葉に続けるように、とばり姉そう言葉を被せた。思考を先読みされたと言ってもいいくらいのタイミングで。

 両手をそっと組みながら、とばり姉は言葉を紡ぐ。

「復讐には、得るものは必ずあるわ。それは有史の至る所から分かる事実。復讐なくして、人間の発展なし。よく誰もが言うわよね。復讐が空しいとか、誰も得しない、間違ってるとか……だから復讐はやめて泣き寝入りしろって? まったく、下らない。そんなの、何も知らない人間の偽善。復讐されるようなクズが悪いのよ」

「いや、でも……」

「そもそも復讐される側の人間には、相応の理由があることが大半じゃない。死んだ方がいいくらいのクズにも、よくお目にかかったりするわ。そんな人間に足蹴にされて、怒りを籠らせるだけなんて、そんなの死んでるのと変わらないでしょう?」

「…………」

「そして、それが出来ずに燻っている人間も少なからずいるわ。そんな彼らのために、私は復讐を代行する。私がしていることは、誰かを生かしてあげているようなものよ。分かるかしら?」

 まくし立てるように、とばり姉は語る。その語気は強い。見た目だけなら、まだほんの少女とも見まがうほどなのに、有無を言わせない迫力すら感じた。

 おそらく、俺が何を言おうと、とばり姉は考えを変える気はないだろう。それが分かってしまった。

「あら……ふふ。少し、怖がらせちゃったかしら?」

 何も言えなくなった俺に、それまでの勢いから一転、彼女は再びゆったりと微笑んだ。

「こういうことは、あまり考えたことない?」

「……さあ。俺にはよく分からん。でも、一つだけ」

 一息おいて、強調するように言ってやった。

「とばり姉は、鬼なんだな」

「悪魔と言って欲しいわね。その方が言われ慣れてるし」

 分かってはいたが、まったく気にする素振りは見られない。むしろステータスであるかのように、どこか誇らしげですら見えた。

 ……あの男は自業自得だが、これでは暴れていたのも無理ないな、と思っていたまさにその時だった。

「ふむ。何だか他人事のように思ってるみたいだけれど、これから一緒に暮らす以上、アナタにも関係してくることよ」

「……へ?」

 まるで観客席からいきなり舞台に上げられたような感覚。ぞくり、と嫌な予感がした。

「ちょっと待ってて。取りに行くものがあるから」

 やっぱり嫌な予感がする。取りに行くものが何なのか分からないが、何も知らされずに見せられるよりは多分ましなんじゃないか。

「あ、それなら俺が……」

 そう思って、慌てて立ち上がろうとした。

 ――――そこで唐突に、とばり姉の平手が俺の頬めがけて飛んできた。

「ぶっ!?」 

 軽く頭を揺らす衝撃に続いて、乾いた音が木霊する。

「――な、何すんだよ!?」

「私の部屋まで来る気? 紳士ぶって下手に出るのはいいけど、それじゃただの変態よ、アキ?」

「え? あ、ああ……」

 ……俺の考えは見透かされていたらしい。頬が少しヒリヒリする。が、彼女の手が小さかったのが幸いしたのか、その痛みの範囲も小さく済んだ。

「あ、いや、ごめん。そんなつもりはなかったんだけどさ……。へ、変態じゃないからな。決して」

 それにしてもとばり姉の部屋か。気にならないと言えばウソになるが、流石に本人の許可なく立ち入る気はしない。

「冗談よ。けど、私の部屋には基本何があっても入らないで頂戴。もし入ったら……ふふっ」

 ……それに、この笑みを見て、それでも入って行こうとする猛者がいるなら、俺はそっちを見てみたい。

「わ、分かったよ。大人しく待ってるから」

 入る気はないと示すように、肩をすくめてみせた。

「賢明ね。まあすぐ戻るから、ちゃんとおすわりしてるのよ?」

「俺は犬かよ……」

「あながち間違いじゃあないわね」

「えっ?」

「ああ、気にしないで」

 そう言って、とばり姉はこの場を後にした。

 待ってる間、すぐに階段を上り下りする足音が聞こえたから、多分二階にとばり姉の私室があるのだろう。

 ……なんとなく、二階の一番豪華で広い部屋を見つければ当たりのような気がするが。

「お待たせ。これよ」

「……紙?」

 そして持ってきたのは、何の変哲もない、一枚の紙きれだった。

 持ってきたとばり姉は、何故かニンマリと笑っている。

「それ……一体何だよ?」

 暑くもないのに冷や汗が止まらない。目の前の紙切れが、やけに威圧的に見えた。

とばり姉の笑顔につられるように、口角がひくひくと吊り上がっていくのが自分でも分かった。

 思えば、簡単なことだったのかもしれない。

 嫌な予感というのも当然の話だ。

 俺は今日からここで、暮らすことになっている。〝というより、暮らさざるを得ない状況になっている〟。この家なくしては、学校もおちおち通えやしない。

 あの金髪男のことを、『死ぬまで強請れる人形』とまでとばり姉は言った。彼に限らず、とばり姉に弱みを握られた人間は皆、骨の髄までしゃぶられることになるのだろう。

〝だったら、俺がこの家に厄介になること自体、とばり姉にとっては俺を自由に出来る理由になるんじゃないか〟?

「あら、分からない? 案外鈍いわね」

 呆れたように答えながら、俺の目の前のテーブルにそっと差し出した。

「読んでサインすればいい。たったそれだけの簡単な――――契約書よ」

 そのA四用紙程度の紙には、細かいフォントが隙間なく埋まっていて――――。


『奴隷宣誓書』


 ――――憎らしいほど大きく場所を取っている、最初の一文が目に映った。






毎日午後十八時更新です。誤字脱字報告、または感想・批評等あればぜひお願いします。

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