罠と秘策
バニングの申し出に、僕は念を押した。
「今、言った事を絶対忘れるなよ。必ず土下座をしてもらうからな」
バニングはニヤリと笑って話し始める。
「……その代わり……僕達が先に異界の門を閉じたら、無能君は村の広場で拷問からの火炙り処刑。デカ尻ちゃんは裸になって色々やってもらおうかなぁ……」
ニチャァ……と下品な笑みで話を締めるバニング。
「勝手に言ってろ。必ず僕とサニーが勝つから」
僕に同意する様に、サニーも大きく頷く。僕達は鍾乳洞の地理も敵の強さも把握している。問題は番人の強さだけ……。だがしかし、バカンスで浮かれてるコイツらよりも僕達の方が勝ってる筈だ。
……僕達を甘く見てくれて助かる。この勝負、もらったな。
カランカラン。
戦いの火花が散る中、身体の大きい色黒スキンヘッドの重戦士が酒場に入ってきた。
「ご、御主人様……。『転移スキル魔石』設置完了しました……。モンスターは予想より掃討されてまして……鍾乳洞奥地まで行けました……」
転移スキル魔石……?重戦士の、その言葉に嫌な予感が走る……。
「ナイスタイミングだよ、ゴリラス。あとでいつもよりはマシな餌をあげるよ」
バニングの取り巻きである青い髪の女性術士が重戦士に近づいて、頭を撫でる。
「ゴリちゃん、『私の魔石』置いてくれて、ありがと♪ モンスターに食べられなくて良かったね♪ じゃ、バニング様……『転移』しますよっ!」
「ハハハッ。久々に役に立ったねぇルージュ。君は身体しか取り柄が無いけど今回は褒めてあげるよ」
「……も、も〜! バニング様ひど〜い!」
そんなやり取りを見せられる内に、バニング達の身体に青白い光が纏い始める。
やられた……! あの青い髪の女性のスキルにより転移して鍾乳洞奥地までショートカットするつもりだ……!
「最初から、そのつもりで勝負を仕掛けたな……!?」
「プッ……アハハ! 今更気付いても遅いって! 君らが勝つ確率は完全にゼロ……汗っかきのデカ尻ちゃん、僕らが帰るまでにちゃーんと裸になっとくんだよ。じゃ、お先に!」
僕は、走り出して止めようとしたが、触れる寸前で青白い光がバニング達のパーティを包み込んで消える……転移が終わってしまった……。
「あらら……残念。逃げちゃダメよ、私が見張ってるから」
受付嬢が嫌味な口調で、釘を刺して来た……僕は睨みつけて言葉を返す。
「逃げる訳ないし、諦めもしない。アンタは黙ってろよ」
「うっ……な、なによ、その目……」
たじろぐ受付嬢……。だが、僕の言葉にサニーは不安な表情を浮かべる。
「で、でも……あっくん。今から全力で走っても、あの人達には追いつかないよ……」
「……アイツらも、すぐに番人のところに行ける訳じゃ無い。鍾乳洞奥地のモンスター達は村周辺や洞窟序盤とは種類も強さも段違いだったし、猶予は充分にある……! それに追い抜く作戦も思いついた。……サニー、こっちに来て地図を見て」
……しかし、サニーは僕の方へは来ない。……どうしたんだろう……?
「あ、あの……私、汗臭いから……あんまり近くへ行ったら……臭うから……」
僕の中に遥か海の底に沈みそうな悲しみと地獄の業火ほど燃えたぎる怒りが渦巻く。何故だ?何故、サニーの心が傷つけられなければならない?
あのクズ共からすれば軽い言葉でも、サニーにとっては心に深い爪痕を残した悪魔の言葉なのだ……アイツらを絶対に許さない。絶対にだ。
僕はサニーの心を少しでも癒したいと思い、誠心誠意の言葉をかける。
「あんな奴等の言う事なんて気にしないで。サニーにビンタされたのが悔しくて、訳の分からない悪口を言ったんだよ。現に僕が何度も君のそばで【嗅覚強化】を使ってたけど、一度だって嫌な顔をした事があったかい? ……サニーから嫌な臭いなんてしないよ、安心して」
むしろ、イイ匂いだよ。……と、正直な感想も言おうとしたが、それは若干気持ち悪いかなと思って止めた。
「ほ、ホント……? それなら、ホッとした……私あっくんに、ずっと嫌な想いをさせてたのかなって……。ありがとう! 安心したよっ!」
サニーは、いつもの様な笑顔を取り戻した。
この笑顔を奪おうとしたバニング……今までも傲慢な性格で人を見下し、傷つけながら人生を歩んで来たのだろう。
何が『炎帝の申し子』だ。その調子に乗った性格、僕達が叩き潰す……必ず土下座させて敗北の苦渋を味わわせてやる。
僕は、サニーに地図を見せて作戦を説明した。
♦︎
─ジェノ渓谷
僕達は巨大な滝が流れていく渓谷まで大急ぎで向かう……幸いな事に以前、鍛冶場のオヤジさんから依頼された鉱石収集の際に張った登頂ロープが残っていたので素早く登る事が出来た。
眼下には滝が落ちた大瀑布による濃い霧が満ちて、下の地形には何があるか分からない。
……今から、この滝の下まで飛び降りる。それが僕の提案した作戦だ。
鍾乳洞奥地を攻略中、滝が流れる様な音が聞こえた。おそらく最奥部に繋がっていて、ここから飛び降りれば番人までショートカットできるはず……!
「ほ、ホントに飛び降りるの……?」
足をガクガクさせて震えて怖がるサニー。……そう思うのも無理は無い高さだ。
「大丈夫、落ちても大丈夫なくらい防御力を強化するから!……【不壊の鎧】」
互いの防御力耐久力を約15倍に強化した。効果時間は落下後の戦闘も効率して『10分』。中々の消費魔力だったので魔力回復ポーションを飲む……よし、これで準備は万端。
「サニー! 先に行くよっ!」
僕は助走をつけて、滝壺へ飛び込んだ。
「ま、待って! う、う〜! もう行くしか無いっ! あっくんの事、信じてるからねー! きゃぁぁぁっ──」
ズダァァァァン!!
落下した先は、水の底では無く足元くらいまで水面が満ちる岩を基調とした地面だった。見上げると、いくつもの段瀑から滝が流れて来ていた……岩の質からみても、ジェノ鍾乳洞と繋がっているに違いない……!読みが当たったぞ!
ズダァァァァン!!
遅れて落ちてきたサニーは、恐る恐る目を開ける。
「……! す、すごい! ホントに何とも無いっ! やったー! やったよ、あっくん!」
大喜びするサニー。しかし、本番はここからだ。
「まずは作戦の第一歩は成功だね。……あとは番人を探せば……」
「あっ……! あっくん! あれ見て!」
「こ……これは……! そ、そんな……?!」
僕達は見つけてしまった……巨大な鰐の姿をしたモンスターの……。
亡骸を……!




