4 足搔きは変革を引き寄せる意思となり
一旦本話で完結とします。
ヴィルライヒと出会ってから数日、ペイジはその宣言通り彼の取り巻きとして行動を共にしていた。しかしヴィルライヒの予想とは裏腹に、寮内で彼らのことが話題に上ることはほとんどなかった。
それ以上の話のタネがもたらされたためだ。
「シジテスヤ公爵家令息の入学ねえ……」
「赤ん坊の頃に誘拐されて行方不明だった子息が先日ついに発見されたそうです」
食堂の隅の席に陣取り、そこかしこから聞こえてくる噂話を繋ぎ合わせていく。
「本当にそのようなことが起こりえるのでしょうか?」
「ペイジはどう思う?」
ふと浮かんだ疑問を口にすれば、考えを聞かせろと問われることに。行動を共にするようになってからというもの、ヴィルライヒはことあるごとにペイジに意見を求めるようになっていた。
ペイジは考えるのが苦手だ。いや、自身の意見を持つことが苦手だという方が適切か。
しかし、これは彼に限ったものではない。貴族家では長男やその予備となる次男には、次期当主として自分の考えや意見を持つように教育される。その一方で、家督争いが発生しないよう三男以降や他家に嫁入りまたは婿を取ることが前提の女子には、命令や指示に従順であるように躾けられるからである。
そうした事情もあって、思考することに慣れていないペイジはゆっくり時間をかけて自身の考えを形作っていく。その様子をヴィルライヒは叱責するでもなく眺めていた。
「……いくら血のつながった相手とはいえ、十数年も音沙汰が掴めなかった子どもを発見するのは不可能に近い、と思います」
「ふむ。確かにいくら外見が似通っていようともそれだけで見つけられるようなものではないか。なにせ王都には十万の民が暮らしているというからな。だが、血縁を証明する物品を持っていたのかもしれないぞ」
祝福と同時に所属を明確にするという意味でも、産まれたばかりの子どもに紋章を意匠化した装飾品を身に着けさせることは、高位の貴族家ではよくあることだった。
「それこそおかしな話ではありませんか。仮にも公爵家に侵入できるだけの腕の持ち主が、赤ん坊の由来が分かるような物を持たせたままというのは考えられません」
「へえ……」
ペイジの返答が想定以上の出来だったのか、ヴィルライヒがニヤリと口角を上げる。自身の意見を持つことが苦手なだけで、決して洞察力や推察力が悪い訳ではないのである。
「詳細は不明だが、僕たちが生まれた頃に公爵家で何かしらの騒ぎがあったのは確からしい」
「本当に誘拐事件があった?」
「だから詳しいところは分からないと言っているだろ。公爵の家に賊が侵入しただなんて知れたら大事だからな」
公爵家どころか王家、強いては国の信頼すら揺らぐことになってしまう。十数年前の出来事であることに加えて貴族子弟しかいない特殊な空間だから大目に見られているが、本来であれば口にすることすら憚られる案件なのだ。
実際に城下ではそれなりの数に及ぶ口の軽い者たちが捕らえられ、臭い飯を食わされた挙句に多額の罰金を支払う羽目になっていた。
「ともかく、興味本位で近づいていいものじゃない。下手な噂を流したと知られれば公爵家から目を付けられることになるぞ」
「肝に命じておきます」
公爵家に睨まれては木っ端貴族に太刀打ちできる術などない。
「まあ、そこにさえ気を付けておけば、どんなやつでも問題ないだろうからな」
「そうなのですか?」
「シジテスヤ公爵は元王の懐刀とも言われている人物で、うちとは派閥が異なる。学園が始まってからも件の公爵令息と関わることなんてまずないだろうからな」
基本的に学園の生徒たちは家の所属する派閥の者同士が固まって行動している。よってヴィルライヒの予想は至極当然のものであり、そうなるはずであった。
しかしそれから二日後、学園生活のスタートと共にその想定は脆くも崩れ去ることになる。
「それならパンを買ってこい」
「……は?」
「どうした、僕の子分になりたいんだろう。さっさと行け」
「は、伯爵子息のこの私に下僕の真似事をしろと……!?ふ、不愉快だ!今の話はなかったことにさせてもらう!」
第二王女が入学するとあって王族――翌年他国へと嫁ぐことが決定している第一王女――が来賓として参加していた式典もつつがなく終えたものの、大半の生徒が未だ緊張した表情のまま指定された教室へと戻ってきた時のことだった。
ペイジたち、いやヴィルライヒがやって来るのを待ち構えていたように話しかける者がいた。
どうやら自身を副官的な立場にと売り込みにきたようなのだが、ヴィルライヒはそれを挑発という形で一蹴する。
それというのも、初対面であるにもかかわらず名前で呼びをしてくるという馴れ馴れしい態度であったり、Bクラスの彼らに対して自分はAクラスだとマウントを取ろうとしたりと、侮る様子がいたるところに見て取れたからだった。
が、いくら不快であるとはいえ、そのあしらいが極めて悪辣で険のあるものだったことも事実である。特にBクラスは多くの下位貴族子息子女に加えて平民の特待生までいる。傲慢なやり口を見た周囲の者たちは巻き込まれまいと距離を取ろうとしていた。
そうして少なくとも一年は孤立した学園生活を送ることになる、そのはずだった。
「よかったのですか?いくら悪評に巻き込まないためとはいえ、あのような……」
ペイジが僅かばかりに眉を寄せながら尋ねる。
「貴族は疑り深いやつらが多いからな。僕と関わりがあると思われないようにするには、あれくらいはっきり切り捨てて、あちらにも拒絶させる必要があるんだ。せっかくAクラスに紛れ込んでいるんだから、まっとうにあちらでお友だちを作ればいい」
教育とは財力に直結するものだ。よって高位貴族の中にはAクラスに入れなければ恥だと考える者も少なくない。そのためか裏口入学ならぬ裏口入室がそれなりに横行しているのだった。
「……君は、そこまで考えてわざとあのようにあしらったのか」
「え?」
突如投げかけられた言葉にペイジたちが振り返ると、そこには不思議と目を引く少年が感心した面持ちで立っていた。
「リック……」
「あれ?もしかして君とは会ったことがあるのかい?」
思わずといった調子で漏れ出たヴィルライヒの呟きに、少年がバツの悪そうな顔をする。だが、噂によってこちらが一方的に知っているというのが正解だった。聞き及んでいた通りであれば今の生活にはまだまだ不慣れなはずだ。恐らくは顔と名前が一致しない人物が数多くいるのだろう。
「いや、すまない。初対面だ。ただ、あなたの噂はここ数日ずっと耳にしていた。改めてお初にお目にかかります、リグハルト・シジテスヤ公爵子息」
姿勢を正して格上相手の礼を取るヴィルライヒ。
彼こそペイジたちを抑えて寮で一番の話題を提供していた当人であり、行方不明となっていたとされる公爵子息だった。
〇主人公: リック リグハルト・シジテスヤ
シジテスヤ公爵家令息なのだが生まれて間もない頃に誘拐され、市井で庶民の子として育つ。しかしこれは誘拐を企てた敵――詳細が掴めなかった――へのカモフラージュの面が強く、育ての親は公爵家の家臣だった老夫妻で、将来的には公爵家に引き取ることを前提とした貴族としての教育も受けさせられていた。当主夫妻も密かに面会を繰り返していた。
貴族学園に入学する年齢となるのを機に真実を明かされて、公爵家へ戻る。その後は短い期間ながらも同年代の貴族子弟や同学年となる第二王女との交流を持ち入学に備えることに。
市井で育ったことで培われた柔軟な思考で発生する諸問題――七割方はヴィルライヒが原因――を解決していく内に、その能力や人柄が認められていくことになる。
卒業と同時に第二王女と婚約、正式に公爵家の後継ぎとなる。また、王直属の特務機関に在籍して闇組織と戦いに身を投じることになる。一時はあわや邪神復活というところまで出し抜かれてしまうも、不完全な儀式だったために逆に討伐を果たし、闇組織の壊滅に成功する。
英雄と王女の結婚は、国を挙げて祝福された。




