第11話 マサキは見た 後編
玄関の前で、見知らぬ男と話し込むイザベラさん。
相手の男は30歳ぐらいで、そこそこ顔が整っている。
「おかーさん、あの人となにおはなしてるのかなー?」
「…………」
リリちゃんの疑問に、俺は答えらえれずにいる。
これはまさか……見ちゃいけない現場に出くわしてしまったパターンだろうか?
いやいや、イザベラさんに限ってそんなことをするはずない。
イザベラさんがムロンさんを、そしてなによりリリアちゃんをちょー愛してるのは、身近にいる俺が一番よく知っている。
となると、これはきっとアレだ。
セールスマン的な男による、押し売り的な何かに違いない。
ちょっと前までオバケ騒動があったけど、なんだかんだでこの界隈は高級住宅街。
空き巣対策で街の衛兵さんがよく見回りしているとはいえ、訪問販売員まではさすがに規制できないのかも。
それによく見れば、なにやらイザベラさんが戸惑ってるような顔をしているぞ。
これははやく助けにいかないと。
「リリアちゃん、イザベラさんに『ただいま』って言ってきな」
「ん!」
押し売りに対して絶大な効力を発揮するカード。それは子供だ。
たとえゴリ押ししてくる相手でも、子供というカードの前には黙らざるを得ない。
そんなわけで、繋がれた俺の右手から切り離されたリリアちゃんは、
「おかーさーん! ただいまー!!」
と声を弾ませながら駆け出し、誘導ミサイルよろしくイザベラさんに抱きついた。
イザベラさんは男との会話を中断し、リリアちゃんを優しく抱っこする。
「あらあら、おかえりなさいリリア」
「ただいま! ぬいぐるみのざいりょーお兄ちゃんとかってきたよ」
「ありがとう、とても助かるわ。マサキさんも一緒なのかしら?」
「お兄ちゃんはあっちにいるよー」
リリアちゃんに指さされた俺は、「どもー」と言いながら近づいていく。
「いやー、お待たせしちゃってすみません。でも、待たせちゃった分大量に材料買ってきましたよー。ほら、こーんなに!」
「まぁ、こんなにたくさん……。いつもありがとうございます、マサキさん」
俺の持つ材料の量を見て、イザベラさんが嬉しそうに顔をほころばす。
「ははは、ちょっと張りきって買いすぎちゃいました。ね、リリアちゃん?」
「うん! リリアねー、ペンちゃんのおともだちいっぱいつくるの!」
「リリアは優しいわね。お母さんと一緒にお友達をつくりましょうね」
「うん!」
会話がひと段落したところで、俺はいま気がついたといわんばかりの表情で男に顔を向ける。
「あれ? イザベラさん、こちらはお知合いの方ですか?」
「その方は……」
俺の質問にイザベラさんが言いよどむ。
代わりに答えたのは、男自身だった。
「僕から自己紹介させてもらっても宜しいですか? 僕はシュタイナー商会に所属する商人で、名をアンディと申します。以後お見知りおきを」
「は、はぁ。アンディさんですか。俺は正樹っていいます」
「宜しくマサキさん」
アンディさんが握手を求めてきたので、素直に応じる。
いまのところ、悪い人には見えないな。
なんか人当たりのいい営業マンって感じだ。
「ところでアンディさんはなぜここに? ご自分のことを商人とおっしゃってましたけど、イザベラさんになにか御用でもあるのですか?」
「ええ、ええ! そうなんです。僕にとってとても大切な用がありますともっ!」
興奮したようにそうまくし立てるアンディさんが、背負い袋からなにかを取りだす。
きれいな布に包まれているところを見ると、かなり大切な物なんだろう。
「僕がこちらのご婦人、イザベラさんを訪ねてきたのは――」
アンディさんはゆっくり包みを解きながら、続ける。
「この……『ヌイグルーミィ』をお譲りいただきたいからです!」
でーん! とアンディさんが掲げてみせたのは、多少デフォルメされた猫のぬいぐるみだった。
「…………」
突然ぬいぐるみを出されたもんだから、俺はただただポカン。
「わぁ! それおかーさんがつくったぬいぐるみだぁ!」
代わりに、リリアちゃんが嬉しそうに声をあげた。
「やはりそうでしたか! こちらのヌイグルーミィはイザベラさんがお作りになったのですね?」
「え、ええ。確かにわたしが作ったものですが……」
「おおっ! やっぱり僕の考えは間違っていなかった。わざわざズェーダまで来たかいもあったというものです!」
アンディさんってば、ぬいぐるみ片手にかなり興奮している。
もしここが錦糸町だったら通報されかねない勢いだ。
「あの……アンディさん、立ち話もなんですから、よかったら中にはいりませんか?」
「おおっ! よろしいのですか? では遠慮なくおじゃまさせていただきます!」
「マサキさんもどうぞ中へ。さ、リリアも入りなさい」
当然、俺にはイザベラさんとアンディさんをふたりっきりにするつもりは毛頭ない。
だもんだから、
「それじゃ、おじゃましまーす!」
「ただいまー」
リリアちゃんと一緒にムロンさん宅へ。
荷物を奥の部屋に置いてからリビングに戻り、アンディさんとテーブルを挟んだ反対側のイスに腰かける。
ほどなくして、イザベラさんが人数分のお茶を運んできてくれた。
「イザベラさん、ありがとうございます」
「いえいえ、ゆっくりしていってくださいねマサキさん」
「はい」
「いやあ、突然押し掛けしてしまったうえ、お茶までごちそうになってしまって申し訳ない」
「お気になさらずに」
イザベラさんは上品に笑うと、俺の隣のイスに腰をおろす。
奥の部屋からリリアちゃんが「トトト」と小走りに駆けてきて、俺の膝のうえにちょこんと座った。
アンディさんは、イザベラさんを見て、俺を見て、膝のうえのリリアちゃんを見てから、再び俺を見て、遠慮がちに訊いてきた。
「おや? ひょっとしてマサキさんとイザベラさんは……ご夫婦でしたか?」
「――ッ!? ゲホッ、ゲホッ、……い、いや、ふ、夫婦じゃないですって! 俺はイザベラさんの隣に住んでるだけです!」
「おや、そうでしたか。これは失礼しました」
アンディさんから発せられた不意打ちに近い質問に、紅茶を飲みかけていた俺は激しくむせてしまう。
「マサキさんと夫婦だなんて……うふふ、リリアに嫉妬されちゃうわ」
激しく動揺する俺とは対照的にイザベラさんは余裕たっぷり。
小粋なジョークまでとび出てきたぞ。
これが既婚者の余裕ってやつなんだろな。
でも、嫉妬するのはリリアちゃんよりも、むしろムロンさんに違いない。
脳裏に修羅となったムロンさんが思い浮び、俺はぶるりと身を震わせた。
「お兄ちゃんのお嫁さんになるのはリリアだもん!」
膝のうえでほっぺを膨らますリリアちゃんの頭をなでなでして落ち着かせてから、話題を変えるべく、こんどは俺からアンディさんに話しかける。
「ところでアンディさん、」
「はい、なんでしょう?」
「さっき『ぬいぐるみを譲ってほしい』みたいなこと言ってましたけど、それってどういう意味でしょうか?」
「言葉通りの意味ですよ。そちらのイザベラさんが作られている『ヌイグルーミィ』を僕に――より正確には、僕の所属するシュタイナー商会に買い取らせてほしいのです」
俺とイザベラさんは顔を見合わせ、互いに首を傾げる。
なんでわざわざ商会がぬいぐるみなんかを買い付けにくるのか、理解できなかったからだ。
「買い取るって、なんでまた……。理由を聞かせてもらってもいいですか?」
「もちろんですよ!」
アンディさんは大きく頷くと、右手をグッと握りしめて言う。
「なーに、とても簡単な話です。いま、ヌイグルーミィには宝石に勝る価値があるからです!」
「…………」
「…………」
ドヤ顔のアンディさんを見つめること数秒。
俺とイザベラさんは、
「…………へ?」
「…………あらまぁ」
と返すのがやっとだった。
皆さんのおかげでいよいよ本日、『普通のおっさん~』第1巻が発売されることになりました。
手にとっていただけると嬉しいです。




