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第3話 おちていくおっさん

『やっちまった……』


 感情が昂りすぎちゃったせいで、無意識のうちに魔法を放っていたぞ。

 しかも、ハイブーストだって?

 いままで一度も使ったことがない、上位の肉体強化魔法じゃないか。


 異世界あっちで何度もブーストを使ってきたから、そろそろレベルアップしててもおかしくはないけど、それがまさか、オークキングやグリフォンとの死闘じゃなく、このタイミングで使えるようになるとも思ってもみなかったぜ。


「お兄ちゃん、お兄ちゃん。あのお馬さん、げんきになったみたいだよ!」

「そ、そうだねー」

「リリア、あのお馬さんがいちばんになると思うなー」


 幸運の女神さまに愛されている、リリアちゃんのお墨付きをいただいてしまった。

 さっきまで『…………ヒヒン』と、消え入りそうな声で鳴いていたウラウララ。


 それが、俺のハイブーストを受けた瞬間『ブルヒヒンッ!』に変り、魔法が浸透しきったあとには『ブルスコファーッ!!』と馬らしからぬいななきをあげていた。

 ウラウララは、リードを引いてたおじさんがナデナデしてなんとか落ちついたみたいだ。


 黒い瞳に闘志を滾らせるウラウララ。

 これは期待できるのではないだろうか?


『近江さん、わたしは馬券を購入してきます』

『あ、なら僕はリリアちゃんと先に観客席スタンドに戻ってますね』

『そうですか。では、また後ほど合流いたしましょう』

『はい』


 吉田さんが馬券の販売機へ歩いていく。

 その手には、もの凄い枚数のマークカードが握られていた。

 いったい何枚買うつもりなんだろう?


「リリアちゃん、観客席に戻ろっか?」

「うん。リリア、はやくあのお馬さんがかけっこするのみたいなっ」

「ははは、もうすぐだよ。楽しみだね」

「ん!」


 リリアちゃんの手を握って観客席まで移動する。

 レースがはじまるギリ直前で、吉田さんも戻ってきた。

 手には凄い枚数の馬券が握られていたけど、見なかったことにしよう。


『近江さんは、ウラウララの一点買いですか?』

『え、ええ。その……応援馬券で。2万円分ほど……』

『そうですか。厳しいとは思いますが、レースはなにが起こるかわかりませんからね。実力のある馬が必ずしも勝つとは限りません』

『はい。ぼ、僕もそう思います』

『そうなんです。だからこそ競馬には夢がある。こんなにも多くの人たちを熱狂させるエネルギーが競馬にはあるんです! さあ、はじまりますよ近江さん。夢の舞台が!!』


 そんな熱く語った吉田さんの夢は、やっぱり夢で終わってしまった。

 女神さまに愛されてるリリアちゃんの声援と、あとは主に俺の支援魔法の効果により、ウラウララはぶっちぎりでゴールしたのだ。


 2着以下を大きく引き離してのゴール。

 スタンドからは、この日一番のどよめきがあがっていた。


「お兄ちゃん、あのお馬さんいちばんだったよ! すごいね!」

「う、うん。すごかったねー」

「うん! すっごいはやかった! びゅーんって!」


 俺と一緒に応援してたウラウララが一着だったもんだから、リリアちゃんはとっても嬉しそうだ。

 対照的に、俺には心苦しさだけが残っていた。


 不可抗力だったとはいえ、こんなズルいことをしていいのだろうか?

 ウラウララを救うためとはいえ、多くのひとに損をさせてしまったのだ。


 隣の吉田さんを見てみろ。

 なんかもう、言葉では言い表せないような顔で髪の毛をむしっているじゃないか。

 地肌が見え隠れしてるぞ。不毛地帯さんこんにちは。


『近江さん、お、大穴を当てるなんて、うら、羨ましい』


 吉田さんたら声が裏返っちゃってる。

 罪悪感がハンパないや。


『いや、ほらっ、これがビギナーズラックってやつなんですよ、きっと。ウラウララも命がけで走ったと思いますし! あー、なんか一生分の運を使っちゃったような気がするなー』

『は、はは……。わたしも近江さんの運にあやかりたいものですなぁ』

『やだなー。もう当たらないですってー。次は吉田さんの番ですってー』


 これっきりにしよう。

 もう魔法を使うのはなしだ。


 たったいま、そう固く誓った俺の決意は――


『近江さん、実は次のレースにも連敗続きの馬が2頭ほど出走するんですが――』

「リリアちゃん! パドックへいくよ!!」

「ん!」


 吉田さんの言葉であっさりと崩れ去った。


 きらめく魔法。

 飛び交う馬券。


 このあとのレースは荒れに荒れ、超万馬券が数多く出た日になった。

 俺もウラウララを筆頭に、多くのお馬さんのがんばりにより、異世界で散財してた分をよゆーでとり戻しちゃったうえ、ひと財産こしらえてしまった。


 そして――


「リリアちゃん、そろそろ錦糸町に帰ろうか?」

「うん。リリアいっぱいお馬さん見れてたのしかった!」

「そりゃーよかった。じゃ、帰るよ」

「はーい」


 俺とリリアちゃんは、錦糸町までリムジンに乗って帰るのだった。

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