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第28話 ふたりだけの秘密

「はぁ、はぁ、はぁ……ふぅ」


 全力ダッシュでドロシーさんのお屋敷に辿り着いた俺は、荒ぶる呼吸を整える。

 門の前にいつもいた警備兵の姿はなし。

 おかげですんなりと玄関扉の前まで来ることが出来た次第だ。


「ドロシーさんマサキです! どうか俺の話を聞いてください!」


 大きく息を吸い込み、全力でノックする。


「ズェーダのピンチを救えるのはドロシーさんだけなんです!」


 反応は、すぐにあった。

 扉が開かれ、中から婆やさんが現れる。

 相変わらずの無表情っぷりだぜ。


「婆やさん……あの、ドロシーさんはいますか?」


 無表情な婆やさんに恐る恐る訊くと、


「いらっしゃいませマサキ様。どうぞ中へ」


 なんとなんと、お屋敷の中へと入れてもらえたじゃありませんか。

 これは予想外。

 中に入れてもらえなかったときは、強行する覚悟もキメていたから、これには驚きだ。


「この奥でドロシーお嬢様がお待ちです」


 俺が案内されたのは、いつも来ていた薔薇園の前だ。


「ドロシーお嬢様のこと、どうか宜しくお願い致します」


 婆やさんが深く頭を下げる。そして、屋敷の奥へ消えていってしまった。

 ん? 「よろしくお願いします」って……どういう意味なんだろう?

 そんな疑問を憶えつつも去っていく婆やさんを見送ったあと、扉の前に向き直る。


「っし」


 気合を入れ、扉を開く。

 灯りがひとつもない暗がりの薔薇園。

 そこに、椅子に腰掛けた小柄な人影がひとつ。

 間違いない。あの縦ロールはドロシーさんだ。


「……ドロシーさん」


 俺はその背に声をかけた。


「マサキさん……まさかまたお会いできるとは思ってもいませんでしたわ」


 俺に背中を向けたままドロシーさんが言う。

 どこか弱々しい声だった。


 さっき会ったときの瑞々しい声とは違い、僅かに掠れている。

 まるで一気に歳をしまったかのようだった。


「さっきぶりですね、ドロシーさん。実は……大切な話があってきました。いまのズェーダの状況はご存じですか?」


 さすがに街中に鐘の音が鳴り響いていたんだ。

 ズェーダのド真ん中に住むドロシーさんが気づいていないわけがない。


「……婆やに聞きました。アンデッドの群れが街に迫ってきているとか」


 ドロシーさんは未だ背中を向けたまま。

 それでも俺は頷いた。


「そうです。いま住民を街の中央区画へ避難させようとしているんですが、一部の役人が住民を中央区画に入れることを反対してまして……」

「チャイルド家の者であるわたくしに、口利きを頼みたい、そういうことですわね?」

「はい。そうです。お願いできますか?」


 返答を頂くのに、そこそこ時間がかかった。

 ドロシーさんが椅子から立ち上がる。

 そしてはじめて俺の方を向いた。


「っ……」


 雲に隠れていた月の光が窓から差し込む。

 月明かりに照らされたドロシーさんの姿を見た俺は、不覚にも言葉を失ってしまった。

 なぜなら、ドロシーさんの顔にまるで生気が感じられなかったからだ。


 理由は……わからなくても想像はできる。

 お年頃の女の子にとって、親の決めた結婚なんかしたくないに決まっている。

 あまりにもショックが大きすぎて、本当に大きすぎて………生きたまま死んだような気持になってしまったんだろう。


「ふふ……酷い顔をしているでしょう? こんな醜い顔をお見せして申し訳ありません」


 ドロシーさんが申し訳なさそうに目を伏せる。

 これに俺は首を横に振って応戦だ。


「そんなことないですよ。その……こんなこと言っていいかわかりませんけど、望まない結婚を強いられてショックなのは当たり前です。そんなの誰だって嫌に決まってます」


 俺の言葉を受けてドロシーさんが顔をあげる。

 その目には、涙が浮かびはじめていた。


「でも、だからといってドロシーさんの美しさが損なわれる事なんてありません。そりゃ元気がないから心配にはなりますよ? でもドロシーさんはいまも美しいですよ。ここに咲いている薔薇と同じように、美しいですよ」

「…………うふふ。マサキさんったら、お上手なんですから」


 ドロシーさんが少しだけ笑った。

 照れ笑いってやつだ。


「ふぅ……。住民の避難は任されましたわ。わたくしがお父様の代理として住民を受け入れるよう指示を出しますわ」

「おおっ。ありがと――」

「そ、その代わりっ。 その代わりと言ってはなんですが……ひとつだけ、わたくしの願いを聞いてはくださいませんか?」

「お願い、ですか? そりゃ俺とドロシーさんの中なんです。俺にできることならなんでも言ってください」


 俺はバッチ来いとばかりに胸を叩く。

 ドロシーさんは少しだけはにかみ、続ける。


「ありがとうございます。ではマサキさん……」

「はい。なんでしょう?」


 たっぷり10秒ほど間を空けて。



「わたくしを抱いてください」



 と言ってきた。

 この言葉を言うのにいっぱいの勇気が必要だったんだろう。

 

 俺をまっすぐに見つめるドロシーさんの顔は、真っ赤だった。

 真っ赤な顔で、真剣な表情で、まっすぐに俺を見つめてくる。


「一度だけでいいんです。もちろん誰にも言いませんわ。わたくしとマサキさんだけの秘密にします。ですからどうか一度だけ……一度だけわたくしを抱いてはくれませんか?」

「…………」


 この想いに答えなきゃ、男じゃないよな。

 俺は大きく頷く。


「わかりました」

「……ありがとうございます」

「じゃ、ちょっと失礼しますねー」


 俺は一歩踏み出し、龍腕でドロシーさんを包み込む。


「はえ? ひゃへ!? いいいい、い、い、いいいいいまここでですかっ!?」

「はい。いまここでです! なんでも早い方がいいですからね!」

「~~~~~~~~~っ。わ、わかりました。でもせめて明かりは消して――」

「もともと明かりなんてついていませんよ。それよりも……早くしちゃいましょう」

「はえ~~~~~~~~っ!?」


 狼狽えるドロシーさんを、俺はぎゅーっと抱きしめた。

 恐る恐るといった感じで、ドロシーさんの腕も俺の背に回される。


「わ、わたくし……その、はじめてですの」

「あ、そうなんですか?」

「は、はいっ。ですから……や、やさしくしてくださいまし……」

「わかりました。まかせてください」


 俺はホールドを若干弱め、ドロシーさんを優しく抱きしめる。

 そして――


「どうですドロシーさん? いま俺、めっちゃドロシーさんのこと抱いてますよ」

「……………………はえ?」

「学生の頃、よった勢いでフリーハグとかやったことがあったな~。誰もハグしに来なかったけど」

「………………………………………………はえ?」


 腕の中で、ドロシーさんが戸惑っているのが伝わってくる。

 あれ? 俺なんか間違えたかな?

 とか思っていたら、


「ふふ……うふふふふ…………あはははははははははっ」


 ドロシーさんが爆笑しはじめたじゃないですか。


「ど、ドロシーさん?」

「あははははは………はぁ~~~~。……あー、可笑しいですわぁ」

「ドロシーさん、俺なにかやっちゃいました?」

「うふふ、『なにもしなかったから』可笑しかったんですわ。でも……ええ。もう大丈夫ですわぁ」


 ドロシーさんの語尾が戻ってきた。

 語尾の復活である。


 俺はホールドしていた腕を広げると、ドロシーさんはどこか名残惜しそうに俺の胸から体を離した。


「さあ行きましょうマサキさん。チャイルド家の者として、わたくしの最後の務めを果たしに」

「はい!」

「婆や! 婆やぁ!!」


 ドロシーさんが声をあげると、


「ここに」


 扉が開かれ婆やさんが現れる。

 いったいいつの間に……。

 てか、これ絶対俺たちの会話聞いてたよね。


「馬車の用意をお願いしますわぁ」

「もう手配しております」

「さすが婆やねぇ。では行きますわよぉ。民を助けにぃ」


 ドロシーさんがずんすんと歩き始め、それに俺と婆やさんが続く。

 婆やさんが俺の耳元で、ぼそりと。


「マサキさま、ありがとうございます」


 大したことをしたつもりはないんだけど、俺のハグでドロシーさんの元気が出たならよかったぜ。


 こうして、俺とドロシーさん(あと婆やさん)は、馬車に乗り中央区画へととって返すのでした。

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― 新着の感想 ―
[一言] いくらなんでも、33才の男が「抱いてください」と言われて、ハグの事と思うのは無理がないか、と
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