9・スクランブル
――――ドゴオオォォォオオオオオオオオォッ――――!!!!
建物を出ると、目の前の滑走路から2機のF−15C戦闘機がアフターバーナーを輝かせて空へ飛び立っていた。
空軍が緊急発進したのだ。
「少佐!」
見れば、バレットM107A1(対物ライフル)を抱えたエミリアがこちらへ走ってきた。
小柄な彼女が人間サイズの銃を抱えていると、逆にエミリアが銃に持たれているような感覚になる。
「エミリアか、スカッドはどうした?」
「あのクソ童貞なら第4ヘリポートでパイロットと機体捕まえて待機してます、信じられませんよね、女子にこんな重いの持ってこさせるなんて! クズですよ!」
憤慨したようにエミリアが言う。
特殊部隊というのは、以心伝心を極限まで磨き上げている。
俺が抱いた疑問をこいつらも察知し、既に動いているのだ。
「いつもグレネードランチャー付きアサルトライフルを持っている君なら、別に朝飯前だろう?」
「重さはどうだっていいんです、スカッドのヤツにパシらされるのが屈辱なんです」
こじらせてるなぁ〜......。
「まぁいい、案内してくれ。それに銃は俺が持つよ」
自走対空砲が滑走路付近に展開する中、俺たちはヘリポートに着いた。
「やぁハルバード少佐、スカッド・ガルドニクス大尉から聞いてるよ! 飛ばす代わりにビール1本くれるんだって?」
既にエンジンを始動し、ローターブレードを回して待機していたヘリパイが陽気に叫ぶ。
「えぇ! 全責任は俺が負うので事後もご心配なく!」
対物ライフルをスカッドに渡しながら、俺は後部の席へ乗り込んだ。
「特殊部隊特権ってか、いいぜ連れてってやる! ただしエンカウントは戦闘機より遅いぞ」
「承知しています! よし、スカッドは左座席に乗れ! エミリアは基地で待機! 必要に応じて動け!」
「「了解!!」」
ローターの回転が早まり、機体がブワッと浮き始める。
「少佐殿になんかあったらスカッド! お前切り刻んだるからなぁ!」
「うっせーバーカ! てめぇは黙ってお留守番してろこのグレネード野郎!」
お互い親指を下に向け合うエミリアとスカッド。
アンノウン迎撃中に突然の離陸。
基地からの無線は一瞬戸惑ったような声だったが、パイロットによって俺の搭乗が伝えられるとすぐ大人しくなった。
◆
イグニスがヘリに乗って離陸したのとほぼ同時、白雲を突き破って1体の影が飛び出した。
特徴的な翼膜に、先鋭的なフォルム。
一言で表すなら、それは"ワイバーン"だった。
「くっそ! 連中しつこいっ!」
その背にまたがっているのは、腰まで伸びた金髪をなびかせた15歳ほどの可憐な少女。
青色のコートを纏い、黒のショートパンツからは細く白い足が伸びている。
ゴーグルに守られた碧眼は、非常に切羽詰まっていた。
「『グローリア』のワイバーン部隊がこんなに速いだなんて......、これじゃ追いつかれて撃墜される」
少女は、背中にくくりつけた水晶のトロフィーに意識を向けた。
「なんとしても、これだけは守らないと......! 王国軍が来るまで持ちこたえなくちゃ! 頑張ってムーン!」
首輪に書かれたワイバーンの名前を叫ぶと、彼は大きく吠えた。
自分の声に応えてくれたのかと思った少女だが、すぐさまそれが間違いだと気づく。
「どうしたのムーン?」
ワイバーンが、自分の飛ぶ前方へ向けて威嚇していたのだ。
前方から何かが来る......そう思った刹那だった。
――――ドゴオオォォォオオオオオオオオォッ――――!!!!
「きゃあぁッ!!?」
正面の雲を突き破って、銀色の剣とも表すべき物体が飛び出してきたのだ。
爆音を響かせ、信じられないような速度で一気に真横を通過する。
凄まじい気流の乱れ。
ワイバーンから振り落とされないようしがみついていた少女は、未知との遭遇とでも言わん顔をしていた。
《イーグル1よりクロムウェル・コントロール、先頭のアンノウン目視、目標は未確認の飛行生物――――まるでワイバーンだ。っつか誰か乗ってね?》
コックピットから目視で確認したパイロットは、F−15C戦闘機を旋回させていた。
翼下には、空対空ミサイルが搭載されている。
《こちらイーグル2、レーダーではさらに後方にも2つ機影があり、ドンドン近づいてきてます。速度350キロと推定》
《日の本の新幹線より速いな......まぁいい。コントロール、指示を》
高度を取って、ワイバーンとの距離を保つ。
《こちらコントロール、通常の対領空侵犯措置に準ぜよ。従わない場合は撃墜を許可する》
《イーグル了解、これより呼びかけを開始する》




