40・市長の本性
「やっと入ってきたか、鍵は開けてやってたのに随分乱暴な入場だな」
土煙の舞う大会議室の中央で、アーノルドはタトゥーの刻まれた顔を不気味に歪めた。
瞳の先で、エミリアとフィオーレが武器を突きつける。
「なんやわかってたん? じゃあそっちの市長さんもこうなるのは承知してたってことか」
リムは、いまだ図々しく腕を組むエリーゼ市長に数歩近づいた。
「市長......、本当にあなたはエリーゼ市長なのですか?」
「仮にそうだと言っても、あなたは信じたくもないでしょう? まさか諸悪の根源が私だったなんて」
「当然じゃないですか......! あなたは大勢の市民を愚かなテロの生贄に捧げた、いったい何が目的なんですか!」
「愚問ねリム、いまさら答えを聞いたところで死んだ人間は帰らないわよ」
どこからか取り出した葉巻を、一切気にせず口に加える。
パチンと鳴らされた指先から火が灯された。
葉巻を燻らせ、紫煙を吐き出しながらエリーゼは笑った。
「この世界に魔導士が不可欠なのは、日頃からよく言っていたから覚えているわよね?」
「もちろんです! だからこそ自分はあなたの政策と熱意に惚れ込んだ......! 魔導士の雇用推進によって多くの人間が救われると信じたのに、あれは全て嘘だったのですか!?」
「嘘じゃないわよ、でも正したかったのがこの国じゃなかっただけ」
エリーゼの足元が銃弾で抉られた。
アサルトライフルの先端から煙を昇らせたエミリアが、鋭く言い放つ。
「さっき二重国籍とか言っとったな、やっぱオバサン隣の共産主義国家から来たやろ」
「正解よ、おかしな方言のお嬢ちゃん。私の祖国では共産主義革命以後––––魔導士たちは反乱因子として強制収容所に送られた......見つかり次第全員ね」
「はっ! だからこの国で魔導士主体のテロを起こして、軍事的有用性をアピールしたかったってわけか。ほんまコミュニスト共は......王国にとってはいい迷惑やろ」
「肝心の祖国で民間人を殺しちゃったら、それこそ魔導士は反乱因子っていう扱いを受けてしまうでしょ?」
地面に落とした葉巻を、エリーゼは踏みにじった。
「全ては魔導士の地位向上のため。魔法を扱えない人間が国を支配するなんてありえないじゃない、これは祖国をより健全にするための致し方ない革命なのよ」
「言っとけレイシスト、お前の身勝手な理屈で死んだ王国人は報われんで」
「どうせあんたみたいな小娘にはどうしようもできないわよ、見なさい」
視線で指された先は、部屋の最奥。
『トロフィー』と、それに注がれた血色のなにか。
「それは!?」
フィオーレが汗を額に浮かべた。
「この革命は”神龍アクシオス“の召喚によってついに完了するわ、魔導士がいかに優れた人間であるか......これで証明される」
「ダメっ! そいつだけは絶対に復活させてはいけないの! まだわたしたちの文明水準じゃヤツに勝てない!」
「戯言ね、残念ながらもうそんな陰謀に騙される段階じゃないの」
エミリアは、すぐさま銃口をトロフィーへ向けた。
要は先に破壊してしまえばいい、それで全てが終わる。
「宗教と喧嘩別れした共産主義者が、神龍とか笑わせる」
「あらごめんなさいね、でも実は私......共産主義者じゃなくて国家主義者なの」
葉巻を大きく吸ったエリーゼは、口から大量の黒煙を吐き出した。
一瞬で視界が潰され、エミリアは射撃を中断させられる。
「ゲホッ! ゲホッ! なんや......これ!」
「ヤツの魔法よ! みんな気をつけて!!」
フィオーレの警告と同時、一気に距離を詰めていたエリーゼ市長が、秘書のリムをナイフで突き刺した。
鮮血が滴る。
「し、し......ちょう......」
リムはその場で崩れ落ちた。
「リムさん!!!」
もはや躊躇などせず、トリガーに力をかける。
だが、エリーゼの重力をものともしない動きで銃撃は全てかわされた。
「させん」
銃声で位置が露呈するエミリア。
彼女は突然競り上がってきた光の壁に囲まれ、一瞬で長方形の檻に閉じ込められてしまった。
「拘束魔法––––『ボックス・ロック・プリズン』」
アーノルドの魔法だった。
こんな狭い空間ではグレネードどころか、普通の銃も跳弾して自殺行為となってしまう。
「あとは貴方だけね......紅髪の剣士」
黒煙が晴れると、そこにはエリーゼとアーノルド。
倒れ伏すリムに捕らえられたエミリア。
フィオーレだけがその場で敵と対峙していた。




