39・エリーゼ市長
本年ラスト投稿です、よいお年を。
「はぁっ! はぁっ! 市長、どうか......どうか無事でいてください!」
大杖を片手に、市長秘書のリムは最上階の大会議室へ向かっていた。
側近として、エリーゼ本人の魔力は数十キロ先にいようが把握できる。
いざというとき、迅速な救助ができるようずっと意識してきたことだ。
「神様......!! 今生の願いです、私に職務を遂行させてください! これ以上、犠牲者を増やしたくない」
ほとんど過呼吸に陥りながら、階段を登り切る。
息継ぎをする間もなく、リムは大会議室へ続く通路を突っ走った。
この先から市長の魔力を感じる、いよいよ大扉が目前に迫ったとき......ふと聴き慣れた声が耳に入った。
「ずいぶんと強引なやり方ね、平和主義者が聞いて呆れるわよ」
エリーゼ市長の声だ。
この部屋は古い玉座の間を改築して運用していたので、リムの要望むなしく防音工事が長らく遅れていた。
よって中の音が丸聞こえという問題がある。
リムは直感した。
市長だ、市長はテロリストにいまも勇敢に抗議しているのだ。
市の象徴、改革政治の筆頭に恥じぬ政治家としてテロリズム相手に戦っているのだと。
「しちょ––––」
戸に触れた瞬間、アーノルドの声が重なった。
「全くあなたという”クライアント“はわがままばかり言いますな、貴方がそうしても良いと仰られたから実行に移したまでなんですがね」
手が硬直する。
クライアント......、確かにそう聞こえたからだ。
「それもそうね、しかし全くこの国の人間は害虫よりもタチが悪いったらありゃしないわ。国の発展には魔導士が不可欠だというのに、バカな国民はそのありがたみを忘れかけていたんだもの」
「大衆意識など民の気分でいくらでも変わりますよ市長閣下、流行りにながされて思考することを忘れた脳死連中だから、縁の下も気づけない」
恐る恐る、戸を少しだけ開く......。
これは気のせいだ、きっと別の女テロリストが市長を騙っているのだと言い聞かせる。
市長は人質にされたはずなのだ、テロリストと談笑など間違ってもありえない。
ましてや、依頼者など......、
「だから市民ってのはバカなのよアーノルド、どうせ守られもしない看板代わりの公約を信じて、二重国籍の私を市長に選んでしまうんだもの」
そこに広がるのは現実だった。
エリーゼ市長は拘束もされてなければ、武器を突きつけられていることもない。
ただ悠然と、テロリスト相手に談笑を決め込む上司の姿がある。
あろうことか自身を選んだ市民を蔑み、信じられない言葉ばかりが羅列されていく。
リムが既にここまで来ていることなど、気づく素振りすらしない。
「市長の部下にも困ったものですよ、ちょっと職員が刺殺された程度で激昂するのですから......。あまりに迫真すぎて貴方の演技がバレないか心配でしたよ」
「あぁ......あの秘書は真面目でバカそうだから選んだだけ、若いだけの女職員がいくらか刺殺されただけであの様相だもの。全くお笑いだわ」
今まで見たことがない、独裁者のような下卑た笑みをエリーゼは浮かべていた。
膝から崩れ落ちそうになるのを、懸命にこらえる。
茫然自失としていると、いきなり肩を叩かれた。
「ッ!!?」
振り返った瞬間、驚きで叫びかけた口を手で塞がれる。
敵かと思ったが、そうではないようだった。
「バレるから叫び声はなしで。リムさん、今の話ってホンマやと思う?」
エミリアは、人差し指で静かにするよう促しながらリムの口から手を離す。
「あなたは......白の英雄の。それに紅髪の剣士さんまで」
「雑談はなし、今の話の白黒だけ教えて」
若干うつむきながら、吐き出すようにしてリムは確信を口にする。
「信じられない、信じたくもない。けれど......エリーゼ市長はテロリスト共と、深い繋がりを持っているようです......」
「まっ、そうやろーな。じゃなきゃ最初からあんな兵器を市内に持ち込めへんやろし」
黒髪を肩から払いながら、エミリアは2人をゆっくり下がらせる。
「どういうことエミ?」
フィオーレが変身で髪を紅く染め上げながら聞いた。
「いくら偽装してたといっても、あの大量の魔導砲が検問にかからんのはどう考えてもおかしい。内部の......それも相当な権力者が協力してるのは普通って、少佐が言っとったわ」
「イグニスが!?」
「はーい下がって、今から扉ぶっ飛ばすから」
そう言って、エミリアは銃身下部のM203グレネードランチャーを撃ち放った。
弾頭が爆発すると共に、大扉が粉砕される。




