26・【殲滅の爆撃王】
「さーてと、これで連中は通信手段と視界を奪われたかな」
ブレーカールームの内側から扉に近づいたエミリアは、かぶったヘルメットの上部に手を当てる。
マウントされていたNVゴーグルを下ろすと、真っ暗な視界が昼のごとく映し出された。
見渡せば、ブレーカーの管理人たちがナイフを片手に床で血溜まりを作って倒れている。
部屋で待ち伏せしていたグローリア構成員の彼らを、エミリアは爆発の音に紛れてサプレッサー付きSCAR-Lで射殺していた。
コントロールパネルも、フルオートの掃射で粉砕されている。
「爆発音は6回、っとなると敵はエントランス方面に寄り始めるころやな」
ホロサイトのNVモードを起動、同時に上部レールに装着されたAN-PEQレーザーサイトモジュールのスイッチを押した。
不可視のIRレーザーが、射線代わりとして飛び出す。
「さーてと、フィオや少佐が頑張ってるんやからウチもお仕事しますかぁ」
乾いた靴音を聞いたエミリアは、勢いよく飛び出すと同時に銃口を通路へ向けた。
銃口に同期して、レーザー照準器が数人の武装した男たちへ向けられ――――――
「アガッ!?」
「ウアァッ!!?」
抑制された銃声と同時に、5.56ミリ弾がグローリア戦闘員を撃ち抜いた。
いずれも喉や頭を貫かれての即死だった。
明かりが消えたことで、連中の統制は乱れきっている。
超高性能夜戦装備というチートもいいところな武装で固めたエミリアにとっては――――
「ワンマンアーミータイムや」
死体に近づいた彼女は、イグニスから教わった方法で『クラフト』の画面を広げた。
錬成した手榴弾数個にワイヤー等を施し、死体を動かした途端に起爆されるよう仕掛けた。
たちの悪いブービートラップである。
その間も、フロアのあちこちから爆発音と断末魔が鳴り渡っていた。
直前の放送で敵はそれらが指向性爆発であると気づいていたが、もっと大事なことを見落としている事実にエミリアは笑みを隠せない。
「この世界には"地雷"の概念がないんやな。こりゃいいわ」
アーノルドとアリシアの会話を盗聴したエミリアは、ここがグローリアの巣窟と断定して行動に移していた。
フロアのあちこちに、『クレイモア対人指向性地雷』を設置して周っていたのだ。
これは、レーザーやワイヤー式の感知システムによって起爆され、任意の方向へ向け数百個のボールベアリング弾を発射する。
下手な大爆発は起きないので倒壊もしない、だが入り組んだ通路では跳弾も相まってショットガンを超える破壊力を持っていた。
「『クラフト』!」
消費した手榴弾を、再び錬成した。
足音を最大限消しながら駆けたエミリアは、接敵したグローリア戦闘員を片っ端から射殺する。
そろそろ裸眼が闇に慣れる頃合いではあるが、NVを用いた彼女の接近を男たちはほとんど気づくことなどできはしない。
空のマガジンを捨てて、新品を差し込む。
通路の奥手側から、光源が近づいてきた。
どうやら松明を持ってきたらしい。
「エントランスへの撤退を支援するぞ! 敵の接近に注意! 炸裂魔法に気をつけろっ!!」
わざわざ自身の居場所を喧伝するような行為に、彼女は暗所の厳しさを教えてやることにした。
鉄製の照準器を立ち上げ、光源目掛けてアサルトライフル下部のM203グレネードランチャーを発射した。
ポンッっというマヌケな音は、殺戮の警告音。
「グアァッ!??」
40ミリグレネードを食らい、男たちは爆散する。
ランチャーを前部にスライドして排莢、次弾を押し込むと元に戻した。
今度は後ろから爆発音が聞こえた。
どうやら、敵がさっき仕掛けたブービートラップに引っ掛かったらしい。
「松明持ちの殿が2、西エリアへのこれ以上の兵力派遣は逐次投入になる。っとなると後退がベスト、エントランスへの完全撤退まで72秒ってとこか......」
静まり返ったフロアを歩き、エミリアは地上への階段を目指した。
これまでのクレイモア、グレネードランチャーによる爆殺。
魔力供給の寸断は決して闇雲な行動ではない。
「一般観客を建物外に押し退けるまでは早くて45秒、東西南北全ての地下エントリー階段を制圧して、わたしならガン待ちする」
全てが計算づくの爆発だった。
東エリアに集中していた敵の侵攻進路をクレイモアで塞ぎ、北側のブービートラップ、およびグレネードランチャー攻撃で見えない敵の恐怖を煽り撤退を促す。
「あぁ~~聴きたい、もっと、もっと爆発が聴きたい......見たい、味わいたい」
スカートのポケットから取り出したのは、起爆装置。
超凄腕マークスマンのスカッドが【サテライト・アイ】の異名を持つように、彼女――――エミリアにもそれは存在する。
かつて中央アジア地域の紛争地帯、その市街戦で現地のゲリラ兵は悪夢を見た。
彼らは行く先々のルートを、まるで最初からわかっていたかのように配置された地雷で次々吹き飛ばされた。
建物内に入れば、窓の穴を狙い済ましたグレネードランチャー攻撃で追い出される。
そして逃げるうち、散兵していた全ての部隊が一箇所に集められてしまった。
そう、まさしく今現在のグローリアのように......。
「3、2――――――1」
ほとんど地上というところまで上がったエミリアは、惚れてきた男に絶対見せてはいけない、幸福に満ちた恍惚な笑顔を闇から覗かせる。
「エクスプロージョン」
手に握っていた起爆装置を発動、高性能爆薬『C4』を遠隔で起爆した。
彼女の目論見どおりエントランスに展開していたグローリアは、柱や装飾品に隠されていた爆弾の一斉爆破によって吹っ飛ばされた。
その中には、あのふざけた喋り方の少女指揮官が当然混じっている。
一瞬の悲鳴の後、支柱が消えたことと上に広がった爆風の相乗で天井が崩落した。
大量の瓦礫が彼らを押しつぶす。
誘導爆弾も真っ青な正確さで、エミリアはコロシアムのグローリア戦闘員を1人の市民の犠牲なくたった1人で――――殲滅してしまった。
この戦いぶりに恐怖したかつてのゲリラ兵たちは、その軒並みが「ジェット爆撃機による爆撃を受けたかと思った......」と一様に語る。
悪夢のような狂人爆弾魔――――――そんな彼女に付いた異名は、
【殲滅の爆撃王】エミリア・ナスタチウム。
「ほんま......、口ずさむだけで恥ずかしい厨二ネームやわ。ってか......ちょいやり過ぎたかな、少佐たち無事だといいけど」
ゴーグルを上げ、顔を太陽に当てた彼女は爆心地を尻目に瓦礫を踏み越えた。




