25・害虫駆除
「くっそ! 見失ったデス......」
エントランスから地下フロアへ逃げ込んだエミリアを追って、グローリア所属のヴィザードである"エマ"は、その複雑な構造に辟易していた。
円形状のコロシアムの地下はまるでアリの巣の如く広大で、大小様々な通路でひしめいていた。
本来従業員専用のフロアだが、グローリア首領のアーノルドの買収工作によって立ち入り制限がなされている。
「バカな女デース♪」
よって従業員すらここには今いない、いるのはテロ実行犯の主力、グローリアの構成員たちのみだ。
コロシアム地下全体がテロ組織の温床となっているという事実は、まだ誰も知らない。
壁の受話器を取ったエマは、興奮気味に口開いた。
「同志グローリア構成員の諸君、注目デース!」
地下の一帯に、陽気な声が響き渡った。
音声があちこちのスピーカーから流れる。
「たった今この前線基地に薄汚い白アリが迷い込んだデース! 我らが革命的武装闘争の邪魔立てを企てる、資本主義の愚かな迎合者デース!」
あちこちの鉄扉から、短剣や斧――――魔法杖で武装した男たちが姿を見せた。
当たり前だが、カタギではない。
「同志アーノルドと掛け合った結果、その白軍服女をぶっ殺した同志には将来の人民管理委員長のイスが確約されるデース! 他にも特典は山盛りたくさん! さぁさ同志諸君!」
エマは紅潮した頬を吊り上げた。
「同志アーノルドの名の下、全ての暴力は正当性を帯びマース! このコロシアムを逆十字の墓標にして葬ってやりましょーう!!」
男たちの野太い歓声がこだますと同時、フロア全体のグローリア戦闘員が走り出した。
地響きのような揺れと同時に、エマは勝利を確信する。
いかな白の英雄といえど、こちらのホームグラウンドで数百倍の物量をもって押し潰せば取るに足らない。
一騎当千の兵士などフィクション限りの幻想だ、戦術的な小細工など労力の無駄である。
戦いは戦略的な平押し、これに限るとエマは恍惚な笑みを浮かべた。
「害虫駆除の時間がもったいないデスが、まぁいいデース。たかだか一匹の白アリにこの状況はどうにもなら――――――」
小さな縦揺れと同時に、轟いた爆発音でエマの言葉は遮られた。
遅れて大量の悲鳴が届く。
「何事デス!!」
走ってきた部下は、血まみれだった。
一瞬ビクついたが、それが本人の血ではないとすぐに気づく。
「曲がり角を右折した連中が爆殺されました......! 少なくとも6人!!」
「こんな閉所で炸裂魔法を使われたんデスか!? 敵は!?」
「それが、すぐに角から覗いても誰もいなかったんです!」
「ありえないデース! 炸裂魔法は発動まで術者が拘束されるのは知ってるデスよね!? 40メートルの通路を一瞬で走って逃げたとでも!?」
エマ自身が魔導士なので、部下の証言に憤りを隠せない。
ファイアボールならまだしも、複雑な詠唱を有する炸裂魔法は撃ちっぱなしなどできるわけがなかった。
――――ズンッ、ドドンッ――――!!!
今度は連続して爆発音が鳴った。
スピーカーから男の声が発声される。
『こちら東通路Bエリア! 用具室内で指向性と思しき炸裂魔法が発動! 死傷者10名以上!!! 術者の姿はなし!!』
『南大通路! 両サイドの柱を中心に指向性爆発が発生ッ!! 魔導士8人が死亡!! メデックを要請する!!』
立て続けに入る被害報告に、エマは額から汗を垂らす。
ありえない、敵はたった1人のはず......なのになぜ複数箇所で爆発が起きたのだ。
それも、ただ無闇な爆殺ではない。
室内ということを考慮してか、報告の爆発は全て指向性だった。
だが、ただの低威力な指向性爆発にしては被害が大き過ぎる。
エマが思考の迷宮に囚われた瞬間、目の前が真っ暗になった。
比喩ではない、灯っていた明かりが残さず消え去ったのだ。
「今度はなんデス!?」
「おそらく、魔力供給ブレーカーがやられた可能性が高いです! 非常用も含めて機能していません!!」
「ッ......!!!」
コロシアム内の明かりは、最新の魔導具設備によって灯されていた。
先進的な投資により明瞭な視界を得ていた代償として、供給元を断たれればこの有様だった。
立て続けに爆発音と悲鳴が発生する。
暗闇と、見えない敵との恐怖にいつしかエマは捕らえられていた。




