22・完璧なシナリオ
足元を氷で覆われ、両手を未知の力で拘束されたフィオーレは身動きが全くできずにいた。
完全に術中にはまってしまったのだと悟る。
原因はあの氷の柱か、はたまた自分の知らない魔法か。
どちらにせよ非常にマズい状況だった。
「なによ......! こんな、ものッ!!」
全身の魔力をたぎらせ、高熱で周囲の氷群を溶かそうと試みる。
読みが正しければ、あの氷柱のせいで結界ができている可能性が高い。
それさえ破壊できればと思ったフィオーレは、腹部に強烈な痛みと衝撃を受けた。
「ガッ......!?」
見下ろせば、地面から飛び出した氷の塊が柔らかい彼女のお腹へブレザー越しにめり込んでいた。
放とうとした炎が四散し、突き刺さっていた氷が砕けると同時にフィオーレも脱力する。
「させるわけないでしょ、ギブアップっておりこうに言うまで絶対に離さないから」
まだ立った状態で拘束されたフィオーレの前に歩を進めたアリシアは、狂気地味た笑みを浮かべながら右腕を振りかぶった。
魔法陣が一瞬浮かぶと、アリシアの右手にグローブを彷彿とさせる氷塊が纏わりついた。
「ぐはっ....あぁッ!!?」
超硬質の氷グローブを、またもフィオーレの腹部にめり込ませた。
呼吸が詰まり、嗚咽が漏れ出す。
彼女の手から持っていた剣が離れ、床へ落ちた。
「ほーら紅髪〜、ギブアップって言葉ちゃんと言える〜?」
「がはっ、ぐふッ!? あっ!! .........ぁ」
「あれー? もしかしてわからない? じゃあ上手に言えるまで続けよっか!」
両手の氷塊グローブを、無抵抗のフィオーレへ何度も叩きつける。
ダウンすら許されない彼女は、ほとんどサンドバッグ同然の状態となり、腹部やみぞおちを執拗に――――間断なく殴られた。
アリシアの顔に、吐き出された血混じりの唾液が飛び散る。
それでも、攻撃は一切緩まなかった――――――
◆
「見えるかスカッド?」
『はい見えます! フィールドの気温がグチャグチャでわかり辛いですが確かに確認できます!』
フィオーレが不自然に動けなくなり、一方的に殴られ始めてから1分。
最初こそ正体不明の魔法に汗をかいたが、持ってきていた『サーモグラフィースコープ』には全てが映っていた。
「なるほど......アイシクル・プリズンなんていう変な技名も、直前のセリフも、全ては俺たち全員の意識を背けるためのハッタリだったということか」
数多の観客やフィオーレ、司会を騙せたとしても、近代科学の粋を集めたアイテムは"真っ赤な嘘"をクッキリと映し出していた。
コロシアムは参加者が1対1のタイマンで戦うことがルール。
しかしサーモグラフィースコープを通して見るとあら不思議、フィールドに10人はくだらない数の熱源――――すなわち人間がいたのだ。
『なるほど......! さんざんハッタリかましておいて、蓋を開ければトリックでも結界でもない。"透明化魔法"を使った外野がフィオーレさんを動けなくしていたわけですか......、クソ女めっ!』
冷静沈着なスカッドが、苛立たしげに悪態をつく。
「そちらの準備はどうだ、いつでも撃てるな?」
俺はガンケースを開くと、中から長身の銃を取り出した。
真っ黒で流線的なボディが露わになり、ストックにはシェルホルダーが巻き付いていた。
名を――――『レミントンM870』。
前世界の、超有名ベストセラーショットガンだ。
『いつでも撃てます。ッ......! フィールドの気温が一気に下がり始めました。さっきまで入り乱れていた熱がもうほとんどありません』
「フィオーレの力が尽きかかってるな......、よく聞けスカッド」
フォアエンドを往復させ、初弾を送り込む。
観客は試合に釘付けで俺を見向きもしない。
「予定どおり行動を開始する、俺の合図後――――――発砲を許可」
『了解』
「よし、――――――行くぞ」
俺はスリングを肩に回し、席間の下り通路を全速力で一気に突っ走る。
階段を離れた足裏が、観覧席とフィールドを区切る手すりを踏みつけた。
◆
「がっ! あ......、っ.......ぅっ」
もう何発目かもわからない打撃が打ち込まれる。
いまだ倒れることすらできないフィオーレは、とうとうガックリとうなだれてしまった。
鮮やかな紅色だった髪が、ゆっくりと金髪へ戻る。
受けすぎたダメージにより変身が解けてしまった。
「あっははは! とうとう紅髪じゃなくなっちゃったわね。呼吸ももうほとんどしてないし虫の息かしら。でもギブアップっていう簡単な言葉も言えない悪い子は――――――」
絶対的優位に興奮し、顔を赤らめたアリシアは再び右手を振りかぶった。
「もっともっと躾けなくちゃね♪」
故にアリシアを含めたコロシアムの全員が、突然の光景に事後となるまで気づかなかった。
「がっはっ!??」
真っ白な軍服を纏った男が、観客席から一直線にアリシアへ飛び蹴りをくらわした事実を。
吹っ飛んだ彼女は、氷塊に頭から突っ込んだ。
「茶番はおしまいだ、完璧なシナリオだったぞ――――フィオーレ」
特殊作戦群中隊長にして、白の英雄――――――イグニス・ハルバードはアルストロメリア・コロシアムの中央に降り立った。
「あとは任せろ」




