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 それから、ダンジョンの外、主に森で、たくさんの魔物を襲った。動物を襲った。こっそり冒険者も襲った。うっかり一般人を巻き込んでしまうこともあったけれど、そういう時には仕方がないからそれも糧にした。

 正直なところを言うと、一番効率がいいのは、小さな村を丸ごと襲ってしまうことだ。小さな村にはろくな戦力が常駐していない。事前にきちんと相手の戦力を確認して、せいぜい数人しかいない厄介なやつを不意打ちでしとめれば、後は食べ放題。一般人は冒険者よりは質が低いが、それでも数がいればある程度の魔力にはなる。殺害にリスクが伴う冒険者より、絶対に安全なぶん割がいい。襲撃をかけて食い荒らして速やかに遠くに撤退すれば、ギルドや国がそれに気付く頃にはもぬけの殻だ。

 それをしないのは、まだかろうじて残っている倫理観によるものだ。倫理観とはいっても、私のものではない。彼の倫理観だ。生前に聞いた彼の考えを私はまだ覚えていて、一般の村の襲撃はそれに反するのだ。だからやらない。もしかしたらセシリアでいられなくなっているかもしれない私はまだ、自分ではセシリアのつもりだから。

 彼は強い冒険者だったけれど、英雄ではなかった。例えば、準備不足や実力不足でヘマをした冒険者がいたら、彼は容赦なく見捨てた。同じ職についていても、別に仲間ではないから。恩を売り、対価を受け取ることにより助けることはあっても、無条件で手を差し伸べたりはしなかった。例え、冒険者がヘマをするということが、命を落とすという意味であっても。

 でも一方で彼は、魔物に襲われる一般人は守ろうとする傾向にあった。それが依頼主でない限りは、こちらが危なくない程度に余裕を持って守れる場合に限るけれど。

 何故か、と聞いたことがある。彼は言った。自分たちのように荒事で食っている人種と、その他のことをして生計を立てている人種は、自分の中では別物なのだと。

 冒険者とか兵士とか、そういう戦うことが職業のやつは、戦って負ける弱さが悪い。たとえこっちに余裕があったとしても、得がないなら助ける義理はない。一方、その他のことで生計を立てている人達は、戦えなくても別のことで立派に生きている。弱さが罪とは思えない。だから自分の手の届く範囲で、余裕がある限りは、助けるのだと。

 その理論でいくと、冒険者を襲うのはそこまで悪いことじゃない……と、思う。私に負ける方が悪い。でも、一般の村を襲うのはだめだ。だから私は冒険者はせっせと殺して糧にしているけれど、一般人を襲ったことはない。ゴブリンに捕まっていた食堂の娘のように巻き込んでしまうことはあるけれど、わざとは一度もやっていない。

 ちなみに私が死んだのも私が弱かったのが悪いということになるけれど、それもそうだと納得している。冒険者なんてやっていたのだから、死ぬ方が悪いのだ。あの時は即席で組んだパーティの一人がトラップを踏んだせいで一人になって、相性最悪のめちゃくちゃ速い魔物にやられて死んだのだけれど、それも仲間を見極める目がなかったのが悪いし、一人でも生き残れるだけの力がなかったのも悪い。恨んでいないと言えるほど清廉なわけもないが、仕方ないとは思うのだ。




 ……それが「来た」のは、コボルトという犬系の魔物の群れを魔法でプチプチと潰している時だった。

 胸のあたりに得体の知れない、でも不快ではない感覚が溢れて、私は動きを止めた。しばし考えて、痛みとも違うそれが熱いという感覚であると思い出した。その時点で、逃げるコボルトを追いかけて殺していた私は逆にその場から逃げ出した。熱なんて久々の感覚すぎて、どうしていいのかわからない。うろうろと手をさ迷わせて、結局自らの体を抱きしめた。

「これは……」

 なんとなくわかる。ついに、来た。進化だ。一定以上の魔力をため込んだ魔物に訪れる、ひとつ上の世界への階段。

「セシリア。私は、セシリア」

 必死で自分の生前の姿を思い浮かべる。進化で強くなったって、受肉出来なければ頑張ってきた意味がないのだ。想像しろ。想像しろ。完璧に。生きていた頃の姿を、見てくれだけであっても取り戻す。胸のあたりの熱をコントロールする。骨の体ではなく、肉と肌を。実体を。

 熱が膨れ上がって、ゆっくりと収まっていった。私はゆっくりと息を吐きながら、自らの手を視界に写す。

「ああ……」

 安堵の声が漏れる。記憶の中にある、生前の自分の手と同じだった。ちゃんと肉があって肌があって、爪がある。その手を頭に持っていくと、慣れた手触りの、泣くほど懐かしい金髪に触れた。元々浮遊しているところを意識して地面に降り立つと、草のがさがさした感触がする。素足だから変な感じだ。人間の形をしているだけであって中身は全くの別物のため、このまま歩いても怪我もしないだろうとは思うけれど。

 膝に力が入らなくなって、静かに崩れ落ちた。

「戻ってきた、戻ってきたよ私、ねえ……」

 未だに彼の名前は思い出せないから、一番呼びかけたい相手の名前を呼ぶことが出来ないけれど。生前と何が違うのか、感極まっても涙が落ちてくることもなかったけれど。私はちゃんと、確かに、戻ってきた。


 纏っていた黒いもやは、練習したら色はそのまま服のような形にできた。これだけだと不安なので、進化した時のために森の片隅に隠していた、殺した冒険者達の荷物からローブを初めとした必要なものをいくつか拝借する。その中には、遺品を漁っていて見つけた手鏡もある。見られる範囲だけでもしっかりと確認したところ、姿かたちは完璧に生前のものを取り戻しているように思えた。進化したことにより魔物としての気配を隠すすべにもさらに長けたし、元より魔力コントロールは得意分野だ。少なくとも魔法を使わない限りにおいては、町に入っても人ではないとバレることはないと思う。

「……よし、行こう」

 町へ。人間のテリトリーへ。

 そして……彼のところへ。

 これでやっと、胸を張って彼に会いに行ける。

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