09
朝から変な胸騒ぎがする。胸に何かが突っかかったような感じがするのだ。
変な気持ち悪さと共に私は足早に護衛を撒き、リアンの元に急いだ。
リアンの住処まで行くとなにやら騒がしい。
リアンの住処の前に人だかりが出来ているのだ。
嫌な予感がする…。とても嫌な予感がする。
人だかりの最後尾にいた子供が私に気づき、泣きそうな顔でこちらに駆けてきた。
「ヴィヴィねぇちゃん!!!リアンにぃちゃんが!!!」
その言葉で人だかりに向かって駆け出した。
いやだ、いやだ、いやだ!!
こんな予感当たってほしくない!!!
人だかりは私に気づき住処に入るように道をあける。
なだれ込むように住処へ入り、寝室に駆け込む。
寝室には組織が出来た当初からいた5人のメンバーと町医者が懸命に声を出していた。
そして青ざめた顔のリアンが横たわっている。
寝室になだれて込んできた私に気づいたメンバーは枕元から離れ、早く来いと急かす。
フラフラと枕元に近づくと町医者が現状を教えてくれた。
「今朝方急に病状が悪化したんだ。慌てて、この子たちが俺を呼びに来たが…風邪の合併症みたいでな…」
言葉を濁し、でも確実に伝わった。リアンは死んでしまうのだ。それも今日中に。
今は眠っていると町医者が掠れ掠れに伝える。「間に合ってよかった」その言葉に悲鳴を上げそうになった。
やめて、やめて、やめて!!!まだまだやることはいっぱい、いっぱいあるの!!
叫びたいのに叫べない。声を出したいのに声がでない。
リアンと声を出して呼びたいのに呼べない。
「…り、あん」
振り絞りだした声は掠れ、痞え、音になっているのか、なっていないのか私には分からなかった。
しかし、私が呼んだのが聞こえたのかリアンの瞼がふるふると動いた。
ゆっくりと深緑の瞳が姿を現し、私を捉える。
にこりと口角が少しあがる。だるいのだろう、重いのだろう、ゆっくりと私に向かって手を伸ばすリアン。
伸ばされた手を掴み自身のほうに導く。
「ヴィー…ご、めん。もっと、もっとてつだい、たかったのに…むりそう」
「………」
「ごめ、ん」
「あっやまらないで、よ。やめて…」
リアンの懸命な声。
謝らないで…リアンはがんばった、がんばってる。貴方がいたからこの町が応えてくれたの。
そう伝えたいのに。
「おまえがいたから、この町がかっき付いた…ありがとう」
「おれの愛しい救世主様、大好きだったよ。ヴィーラ」と最後に耳に届く。
やめて、まって、うそだ、いやだ!いやだ!!いやだ!!!
「リアンッ!!!!」
目を閉じかけているリアンに叫ぶ。掴んでいた手を強く握る。
こっちに引き戻すように強く。分かっているけれどそれでも。
しかし、リアンの困ったような顔をみて力が抜けてしまった…
ごめん、そうだよね、あいつからの罰は受けないといけないんだ。
だから伝えなきゃいけない、ありがとうって。口が動かない。でも伝えなきゃ。
「…りあ、ん…ありがとぉ」
リアンに伝わったか分からない。それでも最後に見せた笑顔に伝わったと、そう思いたい。
周りがリアンの名前を呼ぶ、叫ぶ。
町医者が私の掴んでいる反対のほうの腕を取り、首を振った。
それでも周りはリアンを呼ぶ。「戻ってきて」、「いやだ」、「うそだろ」様々な声。
すすり泣く音が伝染するように泣き声が広がっていく。
握っている手はまだ熱が残っている。それなのにもうリアンは起きない。
起きないのだ。
そう思うと、必死にとどめてきた涙が溢れ始めた。
心に空洞が空く感覚とはこんな感じなのだろう。本当にぽっかり穴が空いてしまったみたいだ。
肩に何かが乗る感覚に意識が戻った。
「お嬢様、もう遅い時間です。帰りましょう」
聞きなれた声。でもそれがエーリクの声だと気づくのに大分時間がかかった。
ゆるゆると後ろを向くとエーリクが真剣な顔でこちらを見ていた。
エーリクに気づくと部屋は既に薄暗く、人は町医者とエーリクのみとなっていた。
ひたすら握っていたリアンの手は私の体温が移ってしまっているがきっともう体温は感じられないのだろう。
固まってしまった自身の手をゆっくりはずし、リアンの手をベッドに戻す。
立ち上がり、ベッドに横たわっているリアンを見やる。
眠っているようで起きないなんて信じられなかった。
明日くればまた貧困街を活気付けるためにはなんて話し出しそうだ。
そう思うと止まったと思っていた涙がホロリと頬を伝う感覚がした。
立ったまま動かない私にエーリクは優しく私の背中を擦り、私を抱き上げた。
「帰りましょう、明日また来なければいけません」
「そうだ、今日は一旦帰りなさい」
エーリクと町医者の言葉に緩く頷く。
抱き上げられたまま住処の外に連れ出されるが、下ろしてとはいえなかった。
気づけば外は雨が降っていた。
夜でも活気付くようになった元貧困街は今日は誰も外を歩いていない。
誰もいない道を歩くエーリクに抱かれながら歩く道はすべてリアンに繋がってしまい、涙が溢れそうだ。
それがいやでエーリクの胸に顔をうずめる。
エーリクは何も言わずに途中で馬車を拾い屋敷まで帰った。
私の帰宅が遅く、抱えられたまま帰ったことから屋敷は騒然としたが、説明する気力もなくすべてエーリクに任せ自室に引きこもった。
ベッドに横たわるとリアンを思い出し、滅多刺しにされた以上の痛みが私の心を襲った。
痛くて痛くて叫びだしそうなのに漏れるのは嗚咽で。
窓を叩く雨音にかき消されそうなほど小さな嗚咽を漏らしながら夜が過ぎていった。




