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第三話 お姉ちゃんが倒れた

第三話 お姉ちゃんが倒れた。


 ベッドに横たわるクロケットを診ているのはリーダの母であり、ルードの祖母であるこの国の現女王、フェリシア・ウォルガード。

 彼女はフェリスやリーダのような攻撃に特化した力を持っておらず、どちらかというとルードと同じような力の発現をしていた。

 フェリシアの力は治癒。

 ルードのように力を解放して無理やり治癒してしまうのとは少し違う。

 フェリシアはまず、クロケットの額に手をやる。

 目を閉じ、力を解放していく。

 彼女の力の色、空色に近い色の光がクロケットを包んでいく。

 若干だが、クロケットの表情が和らいでいくように見えた。


 クロケットはこちらに来てから、身体の調子が悪いように思っていた。

 シーウェールズよりも北に位置する場所にあることから、身体を冷やしてしまったのかと思っていた。

 だが、つい昨日のことだった。

 皆が夕食を終えた後、片付けをキャメリアに任せて一息つこうとしたとき。

 ルードの隣に座った瞬間、身体に力が入らなくなり、ルードの膝の上に倒れてしまったのだ。

 慌てて抱きとめたルードは、クロケットの物凄く高い体温を感じ取り、彼女を部屋のベッドに寝かせることにした。

 『疲れが出たのかもですにゃ』とクロケットはルードに心配させまいと笑顔を作ったが、その瞬間意識を失ってしまった。

 この世界の病気にはルードは疎い。

 ルードは自分の記憶の奥底にあるだろう知識を総動員させて、症状を探したがどれも該当するものがない。

 この世界には体温計も血圧計もない。

 手のひらをあてて体温の違いを計るくらいしかできなかったのだ。

 ルードはもちろん、魔法を使って治癒を試みた。

 エリスのあのときの症状を改善させたルードの魔法だ。

 瞬時に症状は改善した、ようにみえた。

 ただ、暫くすると元の高熱を出している状況に戻ってしまう。

 イリスに相談すると、彼女は急いでフェリシアを呼んでくると言ってくれた。

 そうして、今の状況になっていたのだった。


 フェリシアは目を開けた。

 心配そうに見ているルードたち。

「フェルリーダが生まれたばかりのときと同じですね」

 フェリシアはフェリスを見てそう言う。

「やっぱりねー。私もそうだと思ったのよ」

 フェリスも同じ予想だったようだ。

 ルードには二人が何を言っているのか見当がつかない。

 フェリスはクロケットの髪を撫でていた。

 フェリシアは手を握って力をゆっくりと注いでいてくれている。

「あのね、ルードちゃん。あ、クロケットちゃんも気が付いたみたいね」

「ごめんなさいですにゃ……」

「いいのよ。あのね、ルードちゃん」

「はい」

「わかりやすく言うとね、魔力を取り込んで解放できない状態。『魔力酔い』って言ってね、私たちフェンリラもね、生まれたばかりのときに必ずこうなるのよ」

「そうですね。力の解放ができない子供がなりやすい症状です。ある程度の年になると徐々に力の使い方を教えるんですよ。そうすると、このような状態にならなくなるんです」

 フェリスもフェリシアも実に丁寧に教えてくれる。


 確かにルードやリーダ。

 タバサを含むの工房の助手たちも魔法が使えると言っていた。

 クレアーナは身体能力を向上させるために魔力を使うと。

 エリスは耳と尻尾のおかげか、めいっぱい魔力を使っていると聞く。

 なるほど。

 けだまが羽で浮かぶことができるのは、魔力を無意識に使っているからだとルードも気づいていた。

 それはキャメリアがそうだったことからだ。

 魔法を使えないのはクロケットだけだったということになる。

 彼女は昔からルードが魔法を使えるのを羨ましがっていた。

 もう少しクロケットのことに早く気づいていなければならないのは、ルードの方だったのだ。


 フェリスはクロケットの傍で椅子に座って困り果てていたルードを、後ろからそっと抱きしめた。

「あのね、ルードちゃん」

「……はい」

「そんなに考え込む必要はないのよ。あなたがね、クロケットちゃんに魔法を教えて魔力を使わせればいいの。クロケットちゃん」

「……はい、ですにゃ」

「ルードから教えてもらいなさいね。この子は私と同じ天才よ。きっとなんとかしてくれるわ。あなたも私の娘みたいなものなんだから、これくらいでくじけちゃだめよ?」

「……わ、わかりましたにゃ。フェリス、お母さま」

「嬉しいわ。あなたもそう呼んでくれるのね」

 フェリスとフェリシアが屋敷に戻ることにした。

 帰り際にフェリスがクロケットになにやら話をしていた。

「あのね。クロケットちゃん……」

「……えっ? そんにゃ、無理ですにゃ……」

 ルードはフェリシアから症状を詳しく教えてもらっていた。

 夢遊病のように、高熱の状態で歩いてしまう場合があるらしい。

「暫くは大丈夫だと思いますけどね、クロケットちゃんは私たちとは違います。ルードちゃんの治癒も一時凌ぎにはなるはずですから、どうにもならないときは使いなさいね」

「はい、フェリシアお母さん」

 ルードは二人を見送りに、イリスは御者席に。

 フェリスはルードの手を借りて嬉しそうにタラップを上がろうとした。

 そのとき。


「ルードちゃん。もし、今日中に魔法を使えなかったときのために、応急処置を教えておくわね」

「はい」

「あのね、ルードちゃんがクロケットちゃんのね」

「はい」

「口から魔力を吸いだしてあげればいいわ」

「……えっ? ええええええっ!」


 真っ赤になっているルードを見て、ニヤニヤしているフェリス。

 そんなフェリスを見て、苦笑しながらもフェリシアも頷いた。


「そうですね。私たちは呼吸で体内に魔力を取り込んでいるところまでは証明されているのです。私もね、フェルリーダが苦しんでいるときにね、そうしてあげたの。呼吸するようにね、魔力を吸収するだけでいいのよ」

「そ、そんなぁ……」


 確かにルードは大気中と食物から魔力を取り入れている説を自分で気づいていた。

 かといって、その方法は進んでできないのである。


「あら? ルードちゃん。クロケットちゃんが嫌いなの?」

「そそそ、そういうわけじゃないけど」

「あら、まだキスしたことないのね。くくくく、あはははは」

「酷いよ、フェリスお母さん……」

「あははは。あのね、クロケットちゃんにはもう言ってあるわ。彼女も顔を真っ赤にしてたわね。じゃ、イリスエーラちゃん。出してちょうだい」

「はい。では行ってまいります。ルード様」


 イリスもちょっとだけ笑いを堪えているようだった。

 きっと彼女もその話を知っていたのだろう。


「う、うん……」


 もちろん、残されたルードは困ってしまっていた。


 ▼


 フェリスにある程度の処置をしてもらったのだが、その夜ルードはクロケットが心配になって様子を見ようと思っていた。

 ルードはクロケットを起さないよう、そっとドアを開ける。

 部屋は明かりが消えて真っ暗だ。

 明るいときの部屋の造り、ベッドの位置などは憶えている。

 クロケット様子だけ見れたらいい、ルードはそう思っていたのだ。


 クロケットは熱でうなされていた。

 身体の奥から気持ち悪いほどの熱。

 それが頭まで届いてしまうと意識が朦朧としてくるのだ。

 ベッドの横にある背の低い棚に水差しが置いてある。

 喉が渇いたから水差しから直接水を喉に流した。

 普段であればこんなはしたないことはしないのだろうが、今はそんなことを言ってられない。

 喉を潤すと、力なくクロケットはベッドに倒れる。

 それと同時にドアが開く音が聞こえた。

 明かりはついていないが、薄っすらと漏れる光でクロケットには十分な明るさだった。

 入ってきたのはルードだった。

 自分のことを心配して来てくれたのだろう。


 ルードはクロケットの側に座り、彼女の額に手を当てていた。

 さっきよりも熱が上がっているかもしれない。

 ルードはクロケットの左手を握った。

 治癒の魔力を彼女の左手から流した。

 徐々に淡い光が全身を包み始めているのと同時に、彼女の表情が和らいでいるのを見てルードは安心した。

 今のクロケットは、呼吸をするだけでも大気中の魔力を取り入れてしまうのだろうか。

 治癒の魔法で状態が落ち着いたと思ったのに、また熱が上がり始めている。


 途端に、クロケットの目が開いた。

 煌々と青白く光る彼女の瞳。

 その瞳はルードにはとても美しく見えた。

 普段抑えていたルードを求める気持ちが熱により爆発したのか。

 彼女は本能的にルードを求めたのだろう。

 クロケットは身体を起してルードに手を伸ばした。

 ルードはクロケットが辛くなって抱き着いてきたのかと思っただろう。

 抱きしめてあげようとしたとき、クロケットの近寄る速度はルードの予想を超えていた。

 偶然だったのだろう。

 クロケットの右手の手のひら。

 親指の付け根あたりがルードの顎先をかすめてしまった。

 一瞬にしてルードの脳は揺さぶられ、意識を失ってしまった。


 ルードは先ほどの一撃で気絶してしまっているのだろう。

 今の状況は、もし明るければクロケットがルードを襲っているように見えるかもしれない。

 クロケットはルードに口づけをしてしまっている。

 偶然だったが、フェリスとフェリシアが言っていた方法と同じだったのだろう。


 魔力の熱に囚われる状態から解消されたのか。

 クロケットの意識が戻りつつあったようだ。


「……いい匂いですにゃぁ(うにゃ? 私、にゃにを? ……うにゃっ! ルードちゃんに、き、き、き、ききききき。キスしちゃってるじゃないですかっ!)」


 自分がルードを押し倒してしまっていることに気づいたようだ。

 だが、理性が本能に勝つことができていないのかもしれない。


「ルードちゃん、ルードちゃん、ルードちゃん……(にゃ、にゃにゃにゃにゃ。私、こんにゃ……。うにゃぁ!)」


 もはや、脳がパンクしそうなくらいな状況だっただろう。


「うにゃ、うにゃっ!(……ルードちゃん、可愛い……。うにゃ、それどころじゃにゃいですにゃ。どうにかして身体を……、でもこんなこともういつあるかわからにゃいし)」


 初めてルードを見たあの小さいころ、正直クロケットはルードに一目ぼれしていた。

 可愛らしいだけでなく、料理も上手でなんでもできる。

 優しい弟のような可愛い男の子なのだから。


「うにゃぁあああああああっ!(こ、こんにゃことしてはいけにゃいのにゃ。でも、ずっとこうしたかったんですにゃ……。でも、ルードちゃんを困らせるようにゃことはしてはいけにゃいのですにゃ。でも、いつこんにゃことできるかわからにゃいのですにゃ……)」


 クロケットの中で葛藤が起きていた。

 まるでクロケットの中の天使と悪魔が争うみたいに。


「うにゃっ……(いけませんにゃ、でも、でもでもでも……)」


 クロケットの身体の奥にあった熱は、ほぼ消えかかっていた。


「うにゃぁ、大好きですにゃ(うにゃぁ、大好きですにゃ)。……あにゃ? 私、にゃにをしてたんですにゃ?」


 やっと心の中の叫びと言動が一致する。

 同時にクロケットの意識ははっきりとしていたことで、恥ずかしくなってしまったのだろう。

 フェリスは、クロケットをからかっていたわけではなかったのだ。

 ルードやフェリシアに治癒をしてもらっているときよりも、身体の調子は良くなってきている感じがする。

 身体は羽のように軽く、何年も心の中でくすぶっていた思いも。

 ちょっとだけすっきりしていたかもしれない。


 そんなことより、ルードをそのままにしておけなかったのだろう。

 クロケットは、ルードを抱き上げるとベッドの上に下ろした。

 これ程までルードを軽々と抱き上げることができただろうか。

 それくらい、彼女の今の体調はいいのだろう。

 クロケットは壁に背をもたれて、ルードの頭を自分の太ももの上に優しく置く。


「(もう、これくらいにゃら、いいですにゃよね?)」


 クロケットはルードの唇に再度、触れるだけのキスをするのだった。


 ルードは目を覚ました。

 目を開けたルードの視界に最初に入ってきたのは。

 申し訳なさそうな表情をしていたクロケットの顔。

 ルードが部屋に入ってきたあと、何があったのか。

 かくかくしかじかという形でクロケットは知っている限りのことを懺悔する。

 クロケットはとにかく謝った。

 ひたすら謝った。


「お姉ちゃん。体の具合は?」

「今のところ大丈夫ですにゃ。ルードちゃんのおかげですにゃ」

「僕のおかげって言われてもねぇ……」


 説明を聞いたルードは怒るに怒れない状態だった。

 ルードは暫く膝枕をしてもらうことで、今回の件は許してあげることにしたのだった。


 ▼


「えっとね。人差し指を立ててね。指先から魔力を練りだすように思って。『炎よ、我が内なる魔力を使って顕現せよ』だったかな?」


 案外いい加減な使い方をしているものだから、ルードも若干あやふやな部分があったりするのだ。

 もちろんルードの指先には炎が灯っていた。

 クロケットはベッドから身体を起して、背中にクッションのようなものを置いてそれにもたれかかっていた。

 指先を伸ばして、ルードに言われるようにする。


「うにゃ。『炎よ、我が内なる魔力を使って顕現せよ』」

「……あれ?」

「……うにゃ?」


 ドアの外からクスクスと笑い声が聞こえてくる。


「ルード、そこはね。『炎よ、我が内なる魔力をもって姿を現せ』よ」

「か、母さん。あれれ? 間違ってた? 僕はこれで出るんだけど」

「それはルードだからよ。はい。これ持ってきてあげたわ」


 リーダから手渡されたのは、彼女が学園に通っていたときに書き留めていたノートのようなもの。

 びっしりと要点を綺麗にまとめられた、それこそ魔導書のようなものだったのだ。


「うわ。これ凄いね。あ、ほんとだ。間違ってる……」

「頑張ってね、ルード先生」

「ば、馬鹿なこと言わないでよ……」

「お願いしますにゃ。ルードちゃん先生」

「お姉ちゃんまで……」


 気を取り直してクロケットはもう一度呪文を詠唱してみる。


「うにゃ。『炎よ、我が内なる魔力をもって姿を現せ』」


 すると今度はクロケットの指先から小さいけれど炎が灯っていた。


「うにゃにゃ。成功しましたにゃ。熱くないんですにゃね」

「やった。うん。熱くないんだ。じゃないと、僕。大火傷しまくってるよ」

「そうですにゃね。これどうやったら消えてくれるんですにゃ?」

「心の中でね、魔力を止める感じで念じるんだよ」

「うにゃぁ……。あ、消えましたにゃ」


 ルードの拳以上に分厚いそのリーダ謹製の魔導書。

 そこには学園で学ぶ順番に魔法に関することが書かれている。

 それは丁寧に、とてもわかりやすい。

 リーダが学園を首席で卒業したのも頷ける。

 と同時に、彼女は魔法が苦手だったのもよくわかるのだ。

 それは最重要と思われる部分に『ここは重要』などの文字や、赤い線が引っ張ってあったのだ。

 『詠唱を間違えると恥をかいていしまう』などの走り書きもある。

 リーダは実は努力家だったのだろう。


「これでわたしも魔法使いですかにゃ?」

「あのね。一応、学園で初日に習うものらしいよ。今の」

「それは残念ですにゃ……」

「でもほら、普通の人は魔法なんて使えないんだからさ。間違いじゃないと思うよ」

「そうですにゃ。これも魔法使いへの第一歩にゃんですにゃっ!」


 クロケットは両手を上に突き上げて喜んだ。


「うにゃ? にゃんか、お尻のあたりがむずむずするのですにゃ……」

「どうしたんだろうね」

「よくわかりませんにゃ。さて、もう一度やってみますにゃ」

「うん。練習あるのみだからね」


 その後、クロケットは一日ぶりに風呂に入ったのだが。


「うにゃぁあああっ!」


 突然、風呂場からクロケットの叫び声が聞こえてくる。


「母さん。僕じゃ駄目だから様子見てきてくれる?」

「わかったわ」


 やっと落ち着いたクロケットをリーダがなだめながら連れてきてくれた。


「どうしたの? お姉ちゃん」

「尻尾が」

「うん」

「二本ににゃってしまったのですにゃっ!」


 それはタバサの話で理由が判明したのだ。


「昔聞いたことがありますね。大魔導士と言われた人の中に猫人の人がいて、その人は尻尾を二本持っていたと」

「にゃるほど。わたしは大魔導士にゃんですにゃね?」

「クロケットちゃんは、ひとつしかまだ使えないってルード君に聞いたけど?」

「うにゃぁ……」


書き直しの書き直しの……でやっと更新できました。

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