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第十七話 イリスが静かに怒ってた。

 学園にいた頃、イリスは王女であるリーダに憧れていた。

 姉のように慕い、追いつき追い越そうと努力してきた。

 王女リーダの側近になって傍にいたかった。

 そのリーダが女王にならないと知ったとき、何もかもが崩れ落ちた。

 リーダが自分の兄と一緒になり、ウォルガードを出たと聞いた。

 兄のことは好きではなかったが、家族になれるならそれでもいいと思った。

 そう思っていた矢先に兄が行ったリーダへの謀反ともとれる行為。

 怒り狂った。

 家族も兄を庇った。

 もはや公爵家にイリスの居場所などなかったのだ。

 それでもいつかリーダに贖罪しようと耐えて生活していた。

 年月は過ぎ、リーダが戻ったと聞いた。

 一度は機会を逃したが、再度ウォルガードへ入ったと聞き、イリスはこの機会を逃すわけにいかなかった。

 会って謝りたい。

 自分だけはリーダの味方でありたい。

 そう思ったのだった。

 恥をかかないよう、事前にある程度調べていたときだった。

 リーダの子が亡くなっていたと聞いていたのだが、今は連れてきているというではないか。

 必死に調べた。

 フェムルードという名前だとわかった。

 なんと、リーダの代わりに次期国王となるというではないか。


 リーダと会うことができ、ルードに執事として認めてもらった。

 男性の青でもない、女性の緑でもない、純白の髪を持つ少年。

 そのルードに忠誠を誓うことを許された。

 嬉しかった。

 一度は失った夢が、形は違えども叶ったのである。

 イリスはルードの寝ている間でも、あちこち飛び回って彼のためになればと情報を集めた。

 ルードの属性の力の本質。

 開国の祖と呼ばれた王の持っていた白き『支配』の力。

 物理的な強さであれば彼女自身も嗜み以上のものを身に着けていると自負していた。

 ただルードのそれを目の当たりにしたとき、イリスは恐怖と共に感動を覚えたのだ。

 そしてあのとき、亡くなった彼の弟との邂逅。

 『ふたつの属性を持つ』という事実を目の当たりにした。

 改めて『ルードのためなら身を賭しても構わない』と思えたのだった。

 だからこそ、全力で主に仕える。

 何か求められるであろう事柄について、あらかじめ打てる手を打っておく。

 そうして更に支えるのだ。

 そんなイリスだからこそ、リーダがルードを安心して任せることができたのだろう。


 ▼


 イリスが先導して、向かった先は貴族街にほど近い場所。

 往来の人気は少なく買い物客の姿は見えない。

 本来は夜に盛り場になる場所なのだろうか。

 イリスが足を止めた。

 そこには貴族街ではない地区にしては立派な造りの建物があった。

 看板は見えないが、イリスが言うなら間違いないだろう、ルードはそう思った。

 この短い間、それだけの信頼をイリスは得ていたのである。

 商会という名前らしいのだが、どう見てもそうは見えない。

 物を売っているようには見えないのだ。


「昨日見に来たときにも思ったのですが、エリス様の商会とは全く違うようですね。さて、どういたしましょうか?」

「んー……。裏側に勝手口あるかな?」

「あります」

「ならそっち回ろっか?」

「はい」


 ルードたち二人はミーシェリア商会であるはずの建物の裏手に回った。

 そこには赤茶けた建物の壁と同じ色の目立たない扉。

 ルードの目線の高さより少し高い位置に、覗き窓になるようなものが見える。


「どう? 気配感じる? 僕には三人ほどいるように思えるんだけど」

「はい。三人で間違いないと思います」

「うん。じゃ、やりましょっか」


 イリスは見てしまった。

 ルードの口調は柔らかいが、扉の向こうを見ているだろう目は決して笑っていない。

 半周したおかげで建物の大きさはだいたいわかった。

 裏手に回ったことで、人の往来も見えない。

 ルードは辺りの様子をうかがう。

 ルードたちを注視している目はないように感じた。


「よし」


 ルードはこの屋敷がウォルフェルドの屋敷よりも断然小さいことから、一気にやってしまおうと思った。

 目を閉じ左目の裏に力を込める。

 ウォルフェルドの屋敷のときよりは少なめの力を込めた。

 ルードはいつも通り右目に手を当て左目を開ける。

 見開かれた赤く煌々と光るルードの瞳。

 ルードの足元から霧が発生すると、あっという間に商会を包んでいた。


『裏の扉を開け、我々を中に招き入れろ』


 『がちゃり』と金物の音が聞こえる。

 扉の裏にある鍵の開いた音だろう。

 内開きになっていた扉が開くと、驚きの表情になっていた男が立っていた。

 おそらく、自分が扉を開けてこうしているのが信じられないのだろう。

 無言で中に入るルードとイリス。

 イリスは中に入ると、扉を閉めて鍵をかけた。


 中には初老の男と、従事のような男、扉を開けた男の三人。

 ここには犬人の匂いが残っている。

 最近あの村にいた男が連れてきたものだろう。

 イリスが椅子を引き、ルードはそこに座った。


「商会主は誰ですか?」


 ルードが聞いた。


「わ、我々に何をした?」

「聞いているのは僕です。答えなさい」

「お前みたいな小僧に言うことはない」


 前に出ようとしていたイリスを左手で制し、ルードは質問を続ける。


「ならば仕方ないですね。そこの人。そう髪の長いあなたです」


 ルードは長い髪を後ろで襟足で束ねた男を見る。


『その初老の髪を数本抜きなさい』


 男は自分の意志に反して初老の男の髪を抜いていく。


「ちょっと待ってくれ。何で手が勝手に……」

「──ぐぅっ。な、何をする? やめるん、だ……」


『一本一本抜けるか抜けないかの力加減で抜き続けなさい』


 ルードの言葉で男は髪を抜き続けている。

 初老の男の目には涙が溢れそうになっていた。

 ただでさえ少なく見える髪を抜かれているのだ。

 精神的にもきついのだろう。

 ルードは笑顔で男を見た。

 イリスの目に映ったルードの目は、まるで虫でもみるような目をしていた。

 その反面、イリスは笑いそうになるのを一生懸命堪えていた。


「『手をとめなさい』もう一度聞きますよ。ここの主は誰ですか?」


 男二人は初老の男を仕方なく見た。

 今の出来事を見てしまえばこうする方法しかないのだろう。

 初老の男の表情には焦りが見えていた。


「そうですか。答えるつもりはない、と? ならば仕方ありませんね」


 ルードは肩をすくめた。

 その仕草は少年の姿のルードには似合わない大人の雰囲気のあるものだった。

 だからこそ、ある意味余計に不気味に見える。


「わ、私がここの主だ。それがどうかしたのか?」

「そうですか。そこの二人はこの屋敷にある『従属の魔道具』を全部持ってきてください。もちろん鍵もですよ?」


 商会主の表情が真っ青になる。


「お前たちやめろ。そんなことをしたら……」


 商会主の静止は効かない。

 男たちが持ってきたその数は軽く十を超えている。


「これ、ひとつだけ残して壊せる?」

「かしこまりました」


 イリスは男たちの目の前でひとつ、またひとつと『隷属の魔道具』を軽々と引きちぎっていく。

 鍵もぐにゃりと折り曲げ、使い物にならなくなっていく。

 金属でできているはずのそれが、まるで草花で編んだ首輪でもあるかのように脆く壊れていった。


「首につけてからここにある鍵で施錠すればいいんだっけ?」


 ルードは商会主の首に『隷属の魔道具』をつけようとした。


「えぇ、そのように聞いていますね」


 淡々とイリスが答える。

 男の顔は更に青ざめていく。

 それはそうだろう。

 今まで獣人にしてきたことが、まさか自分の身に起こるとは思っていないのだから。


「さて、このままこれで言うこときかせてもいいんだけど、どうします? 素直に話すならこれはやめておきますが」


 商会主はここで折れるしかないと思ったのだろう。

 両の肩をがっくりと落としていった。


 ▼


 イリスが荷物に持ってきた水筒からお茶を入れてもらって、ルードは一息ついた。

 男たちはルードの前に大人しく座っている。

 商会主の頭は、生え際が少しだけ赤くなっていた。

 先ほど魔道具を引きちぎったイリスがルードの後ろで睨みを利かせているのだ。

 下手な動きはできないだろう。


「さて、この国に獣人を何人売ったんですか?」

「……獣人など弱い家畜ではないか。人の言葉すら話せない家畜の数を数えて何の意味がある?」


 獣人を弱い家畜と呼んだ男にカチンときたルード。

 普段温厚なルードでもさすがに殴ってしまいそうになる。

 そんな気持ちを察したか、イリスが肩を押さえてぼそっと呟く。


『祖の衣よ闇へと姿を変えよ』


 イリスの姿を黒い霧が覆う。

 その霧の隙間から光が漏れ、目の前が真っ白になるほど眩しくなった。

 光りが収束したそこには、緑がかった美しい毛を持つフェンリルの姿が現れたのだ。

 イリスは頭を低くして男たちを一瞥する。

 口を少し広げ、隙間から鋭い牙を見せた。


「僕の執事は、獣人です。獣人は弱いと誰が決めたのですか? 言葉を話せないだなんて誰が言ったのですか? 今あなた方が目にしているのが、一瞬で国を滅ぼしたという、あのフェンリルです」


 イリスが口をゆっくりと動かしながらルードにわざと確認をする。


「この輩たちは獣人を舐めすぎです。いっそどちらかを見せしめに噛み殺しでもしましょうか?」


 イリスは初老の男の両側にいた若い男をじろりと見た。


「あー、殺しちゃ駄目だよ。でも、返答次第では死なない程度に好きにやってもいいからね。さて、どうしますか? 死ぬことはないでしょうけど、腕の一本や二本では収まりませんよ?」


 ルードは既に支配の力を解いていた。

 もう必要ないと思ったからだ。

 完全に目の前の男たちは呑まれている。

 フェンリルなど目にした人間は少ないのだ。

 人からその姿になるなども聞いたことはないだろう。

 

「……仕方ないですね。やってしまってもいいで──」

「わかりましたっ! すべてお話いたします。ですから……」

「もう元に戻ってもいいよ」

「はい、かしこまりました」


 イリスの全身が光った。

 元の明るさに戻ると、イリスは元の姿に戻っていた。

 これでイリスが獣人であり、フェンリルでもある。

 弱いと思っていた獣人はそうではなかったと刷り込むことができただろう。


「それで、話の続きですが」

「……はい。少なくとも五十人以上は」

「そうですか。ならば仕方がないですね。魔道具を」

「はい。ここに」


 ルードはイリスから魔道具を受け取る。

 受け取った魔道具を商会主の目の前に出した。


「これの出どころを教えてください」

「……それは」

「教えなさい。先ほど『助けた』意味がなくなりますよ?」


 ルードは、イリスに何もさせなかったことを『助けた』という表現を使った。

 いつでも襲わせることができるという意思表示と受け取っただろう。


「……グルツ共和国という国から仕入れました」

「なるほど。後で調べておいてくれる?」


 ルードはイリスを見てそうお願いする。


「かしこまりました」


 イリスはルードに応えた。


 ルードは商会主の首に魔道具をつけ、鍵をしめた。

 それと同時に、力の行使をやめた。


「さて、この状態で逆らうとどうなるんでしたっけ?」


 髪の短い方の男が答える。


「はい。全身を激しい痛みが襲います。それは我慢できないほどらしいです」

「『らしい』ね。それはそうでしょう。つけたことなどないでしょうからね。では質問します。名前は?」


 ルードは商会主に向かって問う。

 商会主はルードの問いに答えないと魔道具が作用するので、自分の意志で答えるしかなかった。


「……グラメ、です」

「正直でよろしいですね。ではグラメさん。僕はこの国にいるすべての獣人たちを解放します」

「……それは」

「僕は普通の人と違って、匂いで人を追うことができます。香水を使ったとしても無駄ですね。どこまでも追いかけることができるのです。言ってることがわかりますか?」

「……はい」

「ちなみにあなたたち二人の匂いも憶えました。逃げられませんからね」


 二人の男もがっくりと肩を落とした。

 あれだけの力を見たのだ。

 今力を発動させていないとはいえ、逃げるようなことはしないだろう。


「そういえば、この魔道具は主人の命令に背いたら発動するんですよね? それは主人がそこにいなくても?」

「……はい」

「では、グラメさん。あなたはこの商会から出ることを禁じます。外の誰とも連絡を取ることも禁じます」

「……はい」

「この鍵はどの魔道具でも開けられるんですか?」

「……いいえ、かけた鍵でしか開けられないように」

「そうですか。あと、あなたの全財産は没収します。その財産で、解放した獣人たちへせめてもの償いをしてください。事が終われば解放しますからそれまでは、言いつけを守ってください」

「……わかりました」

「あなたたち二人は僕のことを他の人に話すことを禁じます。いいですね」

「「はい」」


 ルードは別にバレてもいいとは思っている。

 それが抑止力になるのなら、ルードは甘んじて受けるのだろう。


 ルードは立ち上がった。


「では僕はこれで。暫くは商会を開けないようにしてください」

「はい」

「「わかりました」」


 グラメは渋々従っているようにみえるが、二人は素直に従うことだろう。

 ルードとイリスは商会から出た。


 ルードは貴族街を目指して歩き始める。

 よく買いものに来ていたから道は知っていた。

 ここはあえて正面から行くことにする。

 貴族街への入り口。

 そこには衛兵が立っている。

 ひとりふたりであれば、今のルードなら誘導は容易い。

 ルードは歩きながら軽く左目に力を込めた。

 衛兵を見てあまり大きな声にならないようにして笑顔を向ける。


『行商にきたのです。通してもらえますよね?』


 衛兵はルードの説得力に負けた。


「あ、あぁ。通っても構いませんよ」


 ルードたちはあっさりと通ることができてしまった。


「ルード様、あのような使い方もできるのですね」

「初めてだけど案外いけるもんだね」

「行き当たりばったりですか……」


 イリスはルードの大胆さに呆れてしまった。

 貴族街に入ると、ルードは力を解いた。

 衛兵には何があったのかわからないようだ。

 昼間の貴族街は、思ったよりも人がいる。

 すれ違う人々は皆いい身なりをしている。

 城下町もそうだったが、困窮している感じはしない。

 この貴族街にはミーシェリア商会から獣人を買った家がある。

 余裕があるからこそ、悪いことを考えてしまうのか。

 それとも、悪いと思わないから平気でやってしまうのか。


「とりあえず宿を取ろうか。五十人以上いるみたいだから長期戦になるかもしれないからね」

「はい。かしこまりました」


 イリスが下調べしたときに確認済みだが、貴族街にも宿はある。

 城下町よりも高級で、料金は高いだろう。

 そういうところに宿泊するだけでも怪しまれないで動けるはずなのだ。

 ただ、そのような宿だと身元が怪しまれる可能性もある。

 だが、先ほどのルードの力の使い方があれば、それは容易いことかもしれないのだ。

 適当に良さそうな宿を探すと、ルードは受付に近寄っていく。

 もちろん力をいつでも解放できるように準備をしてある。


「すみません」

「おや? 見ない顔──」

『警戒しないでください』

「……すみませんね。最近物騒で仕方ないのです。いらっしゃいませ。お二人でよろしいでしょうか?」

「はい。一緒の部屋でいいです。そうですね。とりあえず一週間ほどお願いできますか?」

「はい。前金になりますがよろしいでしょうか?」

「構いませんよ。これで足りますか?」


 ルードは金貨を出した。

 もちろん、銀貨も銅貨も持っているのだがここはこうした方がいいと思ったからだ。


「いえ、十分でございます。お預かりしておいて、精算時にお返しする形でよろしいでしょうか?」

「はい」

「では、お部屋に案内いたします」


 ルードたちはこうして宿の確保に成功したのだった。


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