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プロローグ 大好きの意味の違い。

 エリス商会の初めての交易が今朝の出発になった。

 リーダが交易にこっそりとついて行っているようで、家にはエリスレーゼ、クレアーナとクロケットしかいないのだ。

 夜ちょっと寂しくなったのか、ルードがエリスレーゼの傍に行こうとすると、彼女はクレアーナの膝の上に頭を乗せて、『たまにはクロケットちゃんに甘えなさい』と言ってくれる。

 するとルードはクロケットの膝の上に恥ずかしそうにしながらも顔を埋めて甘えてくれる。

 色々と考えることもあって悩んでいるのだろう。

 ルードの頭を撫でると、喉を鳴らして気持ちよさそうにすると、いつの間にか眠ってしまっている。

 クロケットは飽きるまでルードの頭を撫で終わると、ひょいと抱き上げてエリスレーゼとクレアーナにぺこりと頭を下げて、寝室まで連れて行き静かに寝かせるのだ。


 マイルスたちは護衛で交易に同行しているので、今朝からはルードが一緒に来てくれる。

 朝からルードと一緒に出かけているような気がして、クロケットの機嫌はすこぶるよかった。

 クロケットは毎日ミケーリエル亭でお手伝いが日課である。

 『フェンリルプリン』と『フェンリルアイス』が飛ぶように売れていくのが楽しくて仕方がない。

 それは彼女の大好きなルードが作った、シーウェールズでも話題になっている甘く滑らかな冷たいお菓子。

 昼までにはほぼ売り切れになるほどの人気商品だ。

 ミケーリエル母子とクロケット用に、毎日四つ多く置いていってくれる。

 仕事が一段落すると、ミケーリエル母子たちと一緒にご相伴にあずかる。

 それが毎日の楽しみだった。


 いつものように馬車が横付けされる。

 馬車から降りてきたのは、侍女の服装をしたレアリエール王女だった。

 綺麗な耳飾りに質素だが可愛らしい指輪。

 それだけで『侍女じゃなく王女様でしょ?』とバレバレなのが微笑ましく思える。

 いつものように、慣れた足取りで食堂までわき目も振らずに一直線。

 『いつものお願い』と『フェンリルプリン』と『フェンリルアイス』を三人前ずつ注文する。

 流れるような動作であっという間に完食。

 美しい所作(侍女の恰好してるのに)で口元を拭くと、お代を払って悠然と歩いて食堂を後にする。

 クロケットの尻尾は左右にパタパタと激しく動いている。

 猫の尻尾はこのように動いている場合『イライラしたり怒っている不機嫌な状態』なのである。

 この仕草は猫人の子供でも知っている、自分の意志と違って勝手に出てしまうものなのだ。

 それ故に猫人同士では感情を悟られやすいのだ。

 ミケーリエルはクロケットがイラついているのを知ってしまう。

 思わず苦笑いをしてしまうくらいに、その理由は聞かなくても同じ女だから余計にわかってしまうのだ。


 クロケットはレアリエール王女があまり好きではない。

 嫌いではないのだが、挨拶をされても愛想笑いしかできないのだ。

 その理由は、ルードに対する態度だった。

 その王女様は、全身で喜びを表すことが多い。

 ルードの作る『フェンリルプリン』と『フェンリルアイス』を毎日三人前ずつ食べていくほどの大のファンなのだ。

 王女様だからといって、横柄な態度をとることはない。

 毎日送り迎えする執事のジェールドに聞いたことがあるが、彼女は自分の与えられた小遣いで毎日食べた分を支払っているそうだ。

 そういうところは好感の持てる女性なのだが、そのあとがまずかった。

 ルードを見つけると、文字通り全身で喜びを表す。

 ルードを抱きしめて感謝の言葉をかけるのだ。

 そのときのルードは『仕方ないですね』という苦笑した表情になり、逃げたりはしないのだ。

 相手はこの国の王女様なので失礼にならないようにの気遣いなのだろう。

 ただ、クロケットが抱きしめようとすると、顔を赤くして逃げてしまう。

 自分だってそんなに長い時間、ルードを抱きしめることができないというのに、王女様はずるい。

 そう思ってしまうことがたたあるのだ。

 集落の長の娘である自分と比べるのは間違っているのかもしれない。

 でもそこは女性同士。

 もし王女様が王子様であれば、こんな感情は湧かないのだろう。


 王女様は毎日のようにミケーリエル亭でルードのお菓子を食べるのが習慣になっているようだ。

 ルードがウォルガードにいるとき、ミケーリエル亭で『フェンリルプリン』と『フェンリルアイス』が売り切れになったときがあった。

 ルードがいない間。来てもないとわかっているのに、毎日来ては残念な顔をして帰っていく。

 そのうち帰りに馬車に乗らず、そのまま生気を失ってしまったかのような残念な表情でルードを探すように町中をさ迷い歩く王女様の姿が噂されるところまでいった。

 もはや中毒に近いのかもしれない。


 販売を再開したとき、クロケットも手伝いに来ていたから知っている。

 ルードが戻ってきて、また毎日食べられるようになると王女様は元気を取り戻したのだ。

 いつもの侍女の恰好で現れると、いつものように三人分食べて笑顔で支払いを済ませて席を立った。

 いつものようにルードに抱き着いている。

 ただその日だけは違っていた。


「ルード様、美味しかったですわ。これは感謝の印です」


 なんと、王女様はルードの頬にキスをしたではないか。

 それなのに、ルードはいつものように苦笑をするだけだった。

 クロケットの尻尾はぶわっと膨れ上がり、今にも毛が飛び出さんばかりに逆立ってしまう。

 顔の表情は笑顔のままなのだが、明らかにそれに反応していた。


「あらら……」


 見ていたミケーリエルもこれはまずいと思った。

 猫の尻尾はこのような状態のとき『驚きや恐怖を感じたり、相手を威嚇したり、攻撃態勢である』という精神状態なのだ。

 表情に出していないのは、クロケットの優しい性格なのだろう。

 だが、尻尾だけは隠しようがない。

 間違いなく、怒っている。

 すぐに気持ちを抑え込んで膨れ上がった尻尾は元の状態に戻ったのだが、左右にせわしなく動いてしまっている。

 気持ちが収まったわけではないのだろう。

 王女様が馬車に乗り、窓から手を振ってルードに挨拶をしている。

 ルードも愛想よく挨拶を返していた。

 王女様が見えなくなるとルードは苦笑しながら『ほんと困っちゃうよね』とクロケットの気持ちを知らないような言葉をかけてくる。

 クロケットの尻尾はスカートを巻き込むように、足の間に入り込んでいた。

 これは弱気になっていたり、落ち込んでいたりするときの動きなのだ。

 それでも健気に『そうですにゃね……』と笑顔を絶やさない。

 大好きなルードにはこんな気持ちを知られたくないのだ。


 その日、クロケットは家に帰る前にエリス商会に寄り道をしていた。

 ルードは鍛錬のために森に行っているのだろう。

 ルードの匂いが感じられないのがわかると、エリスレーゼに抱き着いた。


「あら? どうしたの?」


 椅子に座って作業をしていたエリスレーゼ。

 クロケットは床に膝をついてしまい、彼女のお腹、そのまま項垂れるように太ももに顔を埋めた。

 エリスレーゼはクロケットの後頭部あたり、髪をゆっくりと撫でている。

 するとクロケットは声を押し殺しながら嗚咽を漏らし始めるのだった。

 肩を震わせながら、凄く辛そうな泣き方。

 声にならないクロケットの喉の奥から漏れる泣き声。

 普段明るく、元気なクロケットしか見ていなかった。

 たまに苦笑する程度でいつも頑張っている子。

 こんなクロケットを見るのはエリスレーゼは初めてだった。

 隣にいたクレアーナも驚きを隠せないでいる。

 クレアーナの目を見たエリスレーゼは『黙って泣かせてあげましょう』という、そんな目をしていたのだ。

 クレアーナも膝をついてクロケットの背中あたりに手をあてる。

 本当は抱きしめてあげたいが、そっとしてあげようとエリスレーゼが決めたのだ。

 今はこんなことしかしてあげられない。

 クレアーナもこんなクロケットの姿を見たことはなかった。

 クロケットは獣人としては立派に成人した女性だ。

 そんな彼女が、少女のように泣いているのだ。

 余程のことがあったとしか思えない。

 クロケットは、普段から喜怒哀楽がクルクルと変わるくらいに表情豊かな娘なのだ。

 そんな娘が、こんなに辛そうに声を押し殺して泣くなんて思いもしなかった。

 エリスレーゼもクレアーナも、思い当たる節はひとつしかかなった。

 もちろん、ルードのことだろう。


 暫くすると、クロケットは泣き止んでいた。

 無理をして笑顔を作ろうとしているが、目は腫れていてとても痛々しかった。


「クロケットちゃん。大丈夫?」

「はい、ですにゃ。みっともにゃい姿を見せてしまいましたにゃ」

「いいのよ。あなたは私の娘みたいなものなのだから」

「お母様……」

「まだ早いわよっ」


 こつんと軽くクロケットの頭を小突いた。


「ですにゃね。フェルリーダ様にも言われましたにゃ。ルード坊ちゃまが大人になってから言いにゃさいって」

「そうね。そのときは私も、そう呼んでくれて構わないわよ」

「はいですにゃ。ありがとうございますにゃっ」

「でも、こんなに目を腫らして、ルードのことでしょう?」

「いいえ。ルード坊ちゃまは悪くないのですにゃ。私が我慢すれば、いいだけのはにゃしにゃんですにゃ……。ちょっと、頭を冷やしてきますにゃ」


 クロケットは立ち上がって踵を返すと、外へ走って行ってしまった。


「あの子も困ったものね」

「そうですね。坊ちゃまにも困ったものです……」


 ▼


 夕方ルードが家に帰ってくると、いつものごはんの匂いがしないことに気づいた。

 リビングには、雨戸の方を向いて座っていたエリスレーゼと傍に座っているクレアーナの姿が見えた。

 ルードは不思議に思いながらも二人に近づいていく。

 エリスレーゼがルードの姿を見つける。

 その目は今まで見たことのない厳しい目だった。

 クレアーナを見る。

 彼女も何やらルードを憐れんでいるような目をしている。

 さすがのルードも何かあったのかと口を開こうとしたとき。


「フェムルード」


 おかしい。

 エリスレーゼの声はいつもよりもトーンが低い。

 それにルードのことはいつも『ルードちゃん』と呼んでいるはずだ。


「どうしたの、ママ?」

「ここに来て座りなさい」

「……はい」


 ルードは怖かった。

 エリスレーゼの厳しい目の中に、情けないものを見るような感じがしたからだった。

 ルードは言われたままに座ると、エリスレーゼは目を閉じて、ひとつ深く呼吸をする。


「……フェムルード」

「はい」

「私はあなたを育てたわけじゃないから、強くは言えません」

「はい」

「ですが、あまりにも情けないです。あなたは本当に私のルードちゃんなのですか?」

「…………」

「返事は?」

「はい」

「あのね、気づいているでしょう? 何がおかしいか」

「はい……」

「あなたは……、あの『豚』のように、無神経な男になりたいのですか?」


 ルードは実感した。

 今、生まれて初めて、エリスレーゼに叱られているのだ。

 それがわかると、自分自身が情けなくなってくる。


「いいえ」

「ならば、この様子。おかしいと思うでしょう?」

「はい。クロケットお姉さんがいません」

「そうね。クロケットちゃんが、帰ってこない理由(わけ)はあなたの態度が原因なのです。彼女は家族であっても、女の子なんです。彼女がここにいる理由。あなたに尽くす理由を考えなさい。もっと女性の気持ちに気づける男になりなさい。もっと女性に優しくできる男になりさない。甘えているだけではいつまでも大人になれませんよ?」

「はいっ」

「坊ちゃま」

「はい」


 横にいるクレアーナが口を開いた。


「僭越ながら私からも言わせていただきます。私は何をするにも、助けていただいたエリスレーゼ様を一番に考えています。ですが、クロケット様は、坊ちゃまのことを一番に考えているのです。彼女はただ坊ちゃまに助けられたから一緒にいるのではないのですよ? 坊ちゃまが大好きだから一緒にいるのです。私も坊ちゃまは大好きですよ。ただ、私と彼女の『大好き』意味は違います。彼女の気持ちに気づいてあげる努力をしてあげてください。彼女は坊ちゃまを一人の男の子として、大好きなのですから」

「大好きの意味の違い……。考えたこともなかった」

「そんなことは後から考えればいいのです。ほら、クロケット様が待っていますよ。いってらっしゃいませ」

「はい。ママ、クレアーナ。僕、クロケットお姉さんを探してくるよ」

「えぇ。急ぎなさい。必ず見つけてあげるのですよ?」

「はいっ」


 ルードはそのまま走って家を出ていく。


「私、言い過ぎたかしら?」

「いいえ、そんなことはないと思いますよ。私も出すぎた真似をしてしまって、申し訳ありません」

「いいのよ。でもほんと、身体は大きくなっているのにまだまだ子供よねぇ……」


 エリスレーゼも、生まれて初めて息子を叱りつけたのだ。

 それはとても辛く、それでも大事なことだと思った。

 クレアーナはエリスレーゼが落ち込んでいたときによくしていたこと。

 エリスレーゼを背中からそっと抱きしめたのだった。

 いつまでも変わらない忠誠心でもあり、姉のような優しさでもあったのだろう。

 エリスレーゼはクレアーナの手にそっと自分の手を添えるのだった。


 ▼


 ルードは家を出て、クロケットの匂いを探した。

 忘れるわけもない、あのときと同じ。

 クロケットが攫われたときと同じように、匂いを頼りに探し始めたのだった。

 あのときはクロケットの持ち物から匂いを辿った。

 だが今は、毎日優しくしてくれる彼女の匂いは間違うはずもない。

 家を出ると、シーウェールズにある様々な匂いを感じることができる。

 温泉の匂いから始まり、海から香る潮風。

 観光目的でやってきているであろう人間や、ここで商いやそれに携わる人間や獣人たちの匂いの違い。

 もちろん、エリスレーゼとクレアーナの匂いも嗅ぎ分けることはできている。

 そんな混ざりあっていながらも、それでいて各々少しずつ違う匂いの中からクロケットの匂いが僅かに潮風に乗って認識はできていた。

 間違いなく、海沿いの方角から感じる。

 その匂いは動いてはいない。

 ルードは町を抜けて浜辺に出ていた。

 このシーウェールズには温泉地とは別に夏場は海水浴も観光の目玉として集客を行っている。

 それ故に、まるで管理されているビーチのようにこの砂浜も綺麗に整備されているのだ。

 ルードはクロケットの匂いを頼りに砂浜を進んでいく。

 夏場ということもあり、砂浜は人々の裸足の足跡が多数確認できる。

 そんな足跡の中から、ひとつだけ違和感のあるものを見つけ出せた。

 クロケットが履いているサンダル状の靴の足跡。

 それはビーチの波打ち際から外れて、防風林の方へと向かっているように続いていた。

 徐々に少なくなる観光客であろう人々がつけた足跡。

 そのうち防風林の方角には、その靴跡だけが続いていた。

 その方角からは、大切な家族であるクロケットの匂いが感じ取れる。

 間違いなくそこにいるのだろう。

 周りは暗く、星明りに照らされているだけ。

 人間の目では認識しにくいだろうが、今のルードには鮮明ではないが形ははっきりと見える。


 ルードの大切な家族。

 いつも笑顔を絶やさない黒い綺麗な毛並みの耳と尻尾を持つ。

 優しいいい匂いのするお姉さん。

 まるで暗視装置を使ったかのように、はっきりとその姿を捕らえることができている。

 彼女は砂地のその場所に直に膝を抱えて座っていた。

 ルードの姿に気づいたのか、それとも匂いに気づいたのか。

 びくっと身体を動かし、こっちを見ている。

 猫人も暗い場所が僅かな明かりで見ることができるらしい。

 その化粧っ気のない、年上なのに可愛らしい口が開く。


「……うにゃぁ。見つかってしまいましたにゃ」

「クロケット、お姉さん」

「にゃははは。ルード坊ちゃまにはわかってしまうのですにゃね。あのとき助けてくれたみたいに、私の匂いだけで」

「うん。間違うわけがないよ」


 クロケットの目元はもう腫れていない。

 ルードを見上げたその瞳。

 猫人特有の縦に長い瞳孔は淡い光を放っているように見える。

 綺麗な瞳だった。

 その瞳はルードだけを見ていた。


「あのね、クロケットお姉さん」

「にゃんですかにゃ?」

「僕、生まれて初めてママに叱られちゃったんだ」

「うにゃ、それは私のことで怒られちゃったんですにゃね?」

「うん。帰ったらクロケットお姉さんがいなかったんだ。ママは見たことがないくらい、厳しい目をしてた。僕が情けないから怒ったんだと思う。だから、その、ごめなさい……」


 ルードは素直に頭を下げた。

 エリス商会で大泣きしてしまったことが恥ずかしくなり、家に帰れずに頭を冷やしていたのだが、まさかルードが来てくれるとは思っていなかったからだ。

 そんな自分に謝ってくれる、そんなルードの姿にクロケットは驚いていた。


「そ、そんにゃっ! ルード坊ちゃまは悪くないんですにゃ」

「僕が何かしちゃったから、ママが怒ってたんだと思う。でもね、何をしちゃったのか、わからないんだ。だからクロケットお姉さんに聞かないと駄目だと思って……。横、座ってもいい?」

「あ、はいですにゃ……」


 ルードは一人分の間を置いてクロケットの横に座る。


「あのさ、僕、クロケットお姉さんに何かしたんだよね?」


 ルードは真っすぐにクロケットの目を見つめる。

 心配そうな気持が伝わってくるのだが、クロケットにはそれが痛かった。

 ルードは純粋で、真っすぐな性格で、決して嘘をつかない。

 そんな真っすぐな気持ちがとても痛かったのだ。


「ルード坊ちゃまは悪いないんですにゃ。悪くないんですけど、悪いのかもしれにゃいのですにゃね」

「よくわからないよ……」


 ルードは凄く複雑そうな顔をしていた。

 クロケットはちょっとだけ嬉しくなってしまう。

 だが、自分が思っていることがルードには伝わっていないことにも気づいてしまう。

 ルードは正直、鈍いところがあるのだ。

 それは言わないと気づいてもらえないだろう。

 だから変化球なしで、ストレートに言わなければならない。

 クロケットは夜空を見上げてぽつりと口を開いた。


「……私ね、生まれて初めて嫉妬しちゃったんですにゃ」

「嫉妬って?」

「ルード坊ちゃまは、私が抱きしめたりすると逃げちゃいますよね?」

「……うん」

「でもね、王女様が抱きしめたり、それも、キスまでしちゃったのに。逃げにゃかったんですにゃ……」

「あー、……うん」

「私、王女様はあまりすきじゃありませんにゃ。ルード坊ちゃまにベタベタしすぎにゃんですにゃ。今日、あのとき、悔しくて悔しくて。でも、ルード坊ちゃまは『困っちゃうよね』って……、嫌がってにゃいように思えたんですにゃ」


 ルードはやっと自分がしてしまったことに気づいた。

 素直に聞いてよかったと思った。

 そして、それはルードが無神経だったということでもあったのだ。

 これがエリスレーゼに叱られた理由だったのだろう。


「あのね、クロケットお姉さん」

「はいですにゃ」

「僕が勘違いさせちゃったんだね。ごめんなさい……。レアリエール王女様はね、僕のお客さんなんだよ」

「……うにゃ?」

「綺麗なお姉さんだけど、僕にとっては『フェンリルプリン』を食べてくれるお得意さんで、お客さんなんだ」

「……さっぱりわかりませんにゃ?」


 言葉の通り、クロケットには意味がわかっていない。


「んっとね、お菓子を作って食べてもらうのはね。家の外では僕の仕事なんだよ。仕事だから、恥ずかしいとかそういうのはないんだ」

「……よくわかりませんにゃ」

「こうして外にいてもさ、クロケットお姉さんは、僕の家族だよね?」

「はいですにゃ」

「家族だからね、恥ずかしいって。言えるんだ……」


 暗くてもクロケットにはよく見えてしまった。

 ルードが顔を真っ赤にして俯いてしまったのが。

 そこでようやく、クロケットの中にすとんと落ちるものがあった。

 ルードは仕事だから嫌がらない。

 レアリエールに抱き着かれていても笑顔を絶やさなかったが、ルードから抱き返すことはしていなかった。

 その反面、クロケットには素直な反応を見せてくれていたのだ。

 クロケットの顔も赤くなっていく。

 そのとき。


「んー、……えいっ」


 ルードが抱き着いてきたのだ。

 何が起きているのか理解できなかった。

 ルードの手の力がクロケットの背中にちょっと強めに力が入っている。

 ルードの髪のいい匂いがクロケットの鼻に入ってきた。


「ごめんなさい。心配させちゃって」


 クロケットもルードをきゅっと抱きしめた。


「うにゃぁあああ……」


 嬉しい。

 初めてだろう、ルードから抱き着いてくれたのは。

 これが不器用なルードの精いっぱいの意思表示なのだろう。

 『大切な家族なんだよ』という。


 空気を読まない音が二人に聞こえる。

 『きゅるるる』とクロケットのお腹が鳴ったのだ。


「あ」

「うにゃっ!」

「……おなかすいたね」

「おにゃかすきましたにゃね」

「帰ろっか」

「はいですにゃ」


 背中に回っていたルードの手が離れていく。

 ちょっとだけ残念に思ってしまう。

 そんなとき、先に立ち上がったルードが手を差し伸べてくれた。


「はい、クロケットお姉さん」

「あ、ありがとうですにゃ……」


 ルードは手を引いて立たせてくれる。

 そのまま手を離さないで先を歩いてくれるのだ。

 二人の足跡が並んで砂浜に軌跡を刻んでいく。

 『きゅるる』とルードのお腹も鳴ってしまう。


「あはは。変なおそろい」

「そうですにゃ」


 星の光に照らされた砂浜を歩いていく二人。

 クロケットの足取りは、ここに来たときよりも軽かった。

 もちろん心は羽が生えて羽ばたいてしまうくらいに軽くなっていたのだ。

 クロケットが手に力を入れると、ルードが握り返してくれる。

 それだけで今は満足しようと、クロケットは思ったのだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 女の子の気持ちを考えなさい!って、じゃあルードの気持ちは? 恥ずかしいのに一緒にお風呂入らしたり、家族として好きなのかもしれないけど、それって女の子として?勝手に周りから外堀埋めて、ルードの…
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