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閑話 フェルリーダ家の人々。

 リーダとルードがウォルガードに行っているとき、こんなことがあった。

 留守番になったエリスレーゼ、クレアーナ、クロケットの三人。

 クレアーナがエリスレーゼの世話をし、クロケットが家の仕事を淡々とこなしていく。


「あの、クロケット様」

「うにゃぁ! びっくりするのにゃ……」

「どうかされましたか?」

「いえ、クロケット様って、びっくりしてしまいましたにゃ」

「おかしかったでしょうか?」

「いえ、あの、にゃんでしょうかにゃ?」

「はい。エリスレーゼ様がお話をしたいと言ってまして」

「はいですにゃ。これが終わったらすぐにいきますにゃ」

「ありがとうございます」


 慣れなかった。

 クロケット様と言われて、困ってしまう。

 生まれ育った集落であっても、いくら長の娘であっても。

 様をつけられたことなどなかったのだから。


「エリスレーゼ様。にゃんでしょうか?」

「エリスでいいわよ、クロケットちゃん。聞きたいことがあったの」

「うにゃ?」

「クロケットちゃん、ルードちゃんのお嫁さんになるんでしょ?」

「うにゃぁああああっ! それをどこできかれましたにゃ?」

「リーダ姉さんとヘンルーダさんからだけど?」

「うにゃぁ、お母さんまで……。あのですね、ルード坊ちゃまが成人したらという話ににゃってますにゃ。でもルード坊ちゃまは気づいていないのですにゃ。にゃので言わにゃいでほしいのですにゃ……」

「ルードのどこが好きなの? あの可愛らしいところかしら?」

「それはですにゃ。私が人買いに捕まってしまって、助けてもらったのですにゃ。物語の王子様みたいに見えたのですにゃ。でも、あのとき十二歳だったにゃんて……。でも、いつかそうにゃりたいって」

「そんなことがあったのね。でも、よかったわね。本当に王子様なっちゃったじゃない」


 クスクスとエリスレーゼが生暖かい目で微笑んでいた。

 クレアーナはとても辛そうに笑いを堪えているようにも見える。


「そうですにゃ。王子様にゃんですにゃ。でも私にゃんて、釣りあわにゃいかもしれにゃいのですにゃ……」

「そんなことないわ。ルードちゃん、あなたのこと大事に思ってると思うわよ」

「そ、それは本当ですかにゃ?」

「えぇ。あの子ね、昔から嘘は言わないの。嫌なことは嫌だって。あの豚にも『ぶひぃと鳴いて謝るのです』って。私も言えなかったから、思い出すだけで笑ってしまいそうになるのよね」

「それはまた、すごいですにゃね……」

「(あれは本当に傑作でした。『ぶひぃ』ですよ。笑ってしまうところでしたよ。本当に)」


 クレアーナは思い出し笑いを一生懸命、涙を目に溜めて堪えている。


「ルードちゃんにこの間聞いたのね。クロケットちゃんをどう思う? って。そうしたらあの子、顔を真っ赤にして『大好き』って言ってたわ」

「うにゃぁあああああっ!」

「『クロケットお姉さんには言わないで』って言ってたわ。可愛くて仕方なかったわね」


「ぷっ……」


 クレアーナの堤防が決壊してしまったようだ。


「エリスレーゼ様、それは可愛そうですよ。言わないでって……、ぶぶぶぶ」

「あら? 大丈夫よ、ルードちゃんいないんだし」


 クロケットは顔を床に突っ伏して、しっぽを左右に振りながら悶絶している。

 それを見たエリスレーゼは嬉しくて仕方がないようだ。

 もちろんクレアーナは笑いを堪えていた。


「(これは笑っちゃ駄目。クロケット様が……。可愛すぎますっ)」


 結局、毎日のようにクロケットはエリスレーゼにいじられることになったのだ。

 妹のように見えたクロケットが自分の娘になるのだ。

 エリスレーゼから見たら、それは可愛くて仕方がなかっただろう。

 クレアーナから見ても、妹のような存在。

 クロケットはクレアーナに色々と教わりながら、自分のできることを模索している。

 料理ではルードにかなわない。

 クロケットから見たら、リーダもエリスレーゼも美しい。

 クレアーナも物静かな美人だと思っている。

 自分がかなうわけがない。

 ルードに気に入ってもらうためにはどうしたらいいか。

 自分にまったく自信が持てないクロケットは、ひたすら悩み続けているのだった。

 クロケットは気づいていなかった。

 リーダもエリスレーゼも、クレアーナもクロケットの胸を見てはため息をついていたこともある。


「シーウェールズに来てから太ってしまいましたにゃ。ルード坊ちゃまも近寄ると後ろを向いてしまうくらいみっともなくなってしまったのですにゃ……。ほんと邪魔ですにゃ。魔法で小さくしてもらいたいですにゃ……。これも『フェンリルプリン』が美味しすぎるからですにゃ」


 ルードは最近クロケットをまっすぐ見てくれないときがあった。

 それがクロケットの最近の悩みだったのだ。

 猫人の集落にいたときはクロケットも栄養失調気味だったのだろう。

 栄養状態が改善されて、クロケットの身体も少しふっくらとして女性らしく丸みを帯びてきたのだ。

 シーウェールズに来てからは、前のようにルードの後ろを走って買い物に行くこともなくなった。

 それ故にクロケットは、運動不足で『太った』と勘違いしていたのだろう。


 ▼


「エリス商会の一日」


 エリス商会を立ち上げて、ひと月が経っていた。

 エリスレーゼは朝から商会の一階の奥の部屋で唸っている。


「リーダ姉さんの書いてくれた紋章はこの国でも知らない人はいないみたいだけど。お父さん、絶対に夜は移動しちゃ駄目よ?」

「あ、あぁ。わかってるって」

「いくらマイルスさんたちがいるからって、絶対に襲われないって言いきれないんだからね」

「あのな、私はお前が生まれる前は、これでも名の知れた──」

「でも久しぶりなんでしょ?」

「……ごめんなさい」


 どこの家も、父は娘には弱いのだった。


 マイルスたちは商会としては初めての交易となる今回の旅の準備を始めている。

 馬車二台に分けて積んだシーウェールズの海産物の乾物を中心とした特産品。

 かなりの量になっているが、重量は乾物が多いためそれほどでもないようだ。

 明日の朝出発することになっているため、積み込みが終わったら早めに三人を帰宅させるつもりらしい。


「アルフェル殿、積み込み完了しました」

「こちらも終わりです」

「終わりです。これで大丈夫だと思います」


 アルフェルが『お疲れ様』と労い、エランローズは三人にお茶を入れて持ってきてくれた。


「はいはい。お茶飲んだらご家族とゆっくりしてくださいね」

「すみません。助かります」

「はい。娘も待ってるようなので、甘えさせていただきます」

「いただきます」

「とにかく、明日は朝が早い。あなたたちも初めての仕事になるから、あまり気負わずにお願いするよ」

「はい」

「大丈夫です」

「自分も頑張ります」


 エリスレーゼが遅れてゆっくりとひとりで歩いてくる。


「エリス、大丈夫なのか?」

「馬鹿ね。商会長が何も言わないで返すわけにいかないでしょう? 皆さん、明日からよろしくお願いしますね」


「「「はい、かしこまりました」」」


 三人は揃って片膝をついて頭を下げてしまう。

 習慣というか、反射的というか。

 三人からしたら、元とはいえエリスレーゼは王族だったのだ。

 宮仕えだった彼らにはあたりまえの反応だったのだろう。


「だからそれはいいってば」

「いえ、自分にとっても主であるルード様のお母様でもありますので」

「あのねぇ、そんなことばかり言ってると、ミケーリエルさんにあることないこと言っちゃうわよ?」

「そ、それはやめてください……」


 アルフェルとエランローズ、シモンズとリカルドまで生暖かい笑みを浮かべている。

 それはそうだろう。

 最近のマイルスを見ていれば、ミケーリエルにベタ惚れだとわかりきっているのだ。

 マイルスはお茶を一気飲みすると、勢いよく立ち上がる。


「で、では失礼いたしますっ」


 脱兎のように走って逃げてしまった。

 皆が手を振って見送っていることなど気づいてはいなかっただろう。


 マイルスが逃げ込んだ場所は、通りひとつ離れたミケーリエル亭。

 すでにクロケットが手伝いにきているようだった。


「マイルスさん、お疲れ様ですにゃ」

「あ、おじちゃん。こんばんは」

「おじちゃん、お帰りー」

「馬鹿、違うでしょ。こんばんはでしょ?」

「あ、こんばんは」


 マイルスはその場にしゃがんで、二人の頭を撫でる。


「ミケーラちゃん、ミケル君。こんばんは」

「うんっ」

「こら、はいでしょ」

「はいっ」

「ミケーリエルさん、愛しのマイルスさんが来ましたにゃよーっ?」

「やめてって、そんな。あの、お帰りなさい」

「お母さん、こんばんはじゃないの?」

「あははは、お母さんもまちがってる」

「そうだったわね。こんばんは。マイルスさん」

「はい」


 夕方の忙しい時間も終わり、クロケットは気を利かせて帰り支度をしている。


「それではお疲れ様ですにゃ。また明日来ますにゃねー」

「クロケットお姉ちゃん、またねー」

「クロケットお姉ちゃん、バイバイー」

「いつもすみません」

「いえいえ、仲良くしてくださいにゃね?」

「そ、そんな……」


 ▼


 夕食も済み、ミケーラとミケルはお風呂に入っている。

 マイルスは今しかないと思った。


「あの、ミケーリエルさん」

「は、はい」

「これ、受け取ってください」

「な、なんでしょう?」


 小さな小箱に入っていたもの、それは質素な作りだが、可愛らしい金の彫金が施された指輪だった。


「こんな高価なものを……」

「あの。帰ってきたらでいいんです。この前の返事を聞かせてください」

「あの、私。猫人ですよ? それに夫を亡くしていますし、子供もいますし」

「いいんです。自分だってただの人間です。猫人の、可愛らしいお子さんがいるミケーリエルさんがいいんです。これで駄目なら自分は……」

「馬鹿ね。誰も駄目だなんて言ってないじゃないですか。私、あなたより年上なんですよ?」

「自分は、年上の女性がいいんです」

「帰ってきたらで、いいんですか?」


 ミケーリエルはちょっとだけいたずらっ子っぽい表情をする。

 そうしてこの晩、シーウェールズに新しい夫婦が生まれた、のだろうか。


この話で閑話は終わりになります。

準備(次話)ができ次第、二章開始となる予定です。

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