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プロローグ 碧い海のどこかに。

 ルードは今、クロケットとキャメリアの三人でシーウェールズの西の空。

 飛龍の姿のキャメリアに乗せられて、青く澄んだ秋晴れの空の下、とある場所を探しながら碧くきらめく大海原の上空を飛んでいる。


 事の始まりは今日の朝。

 ルードは自ら立ち上げた空路輸送の商会『ウォルメルド空路カンパニー』の自室で、執事のイリスにまとめてもらった書類を読みふけっていたのだが。

 母のリーダに見つかってしまい『仕事ばかりにのめり込んでいると、前のように失敗するわよ』と諭され、『クロケットちゃんと海でも見てきたら?』と勧められたのだ。


 以前ルードは、シーウェールズの王太子である、兄のような存在。

 アルスレットから彼の両親の故郷である、海底にある王国の話を聞いていた。

 『海を見に来るついでにその国の手掛かりが見つかれば』と思っていたのだ。


 ルードは前からその国に行ってみたいと思っていた。

 ネレイティールズは、女王が治める国だと聞いている。

 そこにいると聞いていた、ルードと同い年の王女。

 その人に一度、会ってみたいと思っていたのだ。


 ルードは十五歳の誕生日に、曾祖母のフェリスから正式に、ウォルガードの王太子と認められた。

 ただ、ルードはリーダのように学園に通っていた訳ではなく。

 王太子としての帝王学を学んだわけでもない。

 リーダがフェリスと交わした約束、息子であるルードが次期国王になること。

 ルードは二つ返事で了承した。

 だが、王太子として何をすればいいか、何をしなければならないのか。

 全くもってわからないのだ。

 リーダとフェリスは『慌てなくてもいい』と言ってくれてるが。

 ルードは持ち前の性格から、王太子として何もできていないのが不安でならなかった。


 女王が治める国と言うことは、その同い年の王女が次の女王になるということ。

 ならば、ルードと同じ立場ということだ。

 その人が何を考え、何を学んで、どう過ごしているのか。

 話をしてみたかった。

 おまけにルードの周りには、年上の人や、年下の子供たちしかいない。

 丁度同じくらいの歳の人がいないため、できることならその人と友達になりたかったのだ。

 もちろん、その国の人と仲良くしたい。

 国交を結び、交易もしてみたいと思いいたる。

 それよりも強い欲求としては、やはり王女と会ってみたかったのだった。


 目印になると言われていた小島を探しながら、ゆったりと遊覧飛行を楽しんでいたところ。


「ルードちゃん、キャメリアちゃん。あれ。にゃんでしょうか?」


 ──と、目のいいクロケットが小島らしきものを見つけてくれたのだ。


 無事上陸を果たした三人は、島の散策を始めることにした。

 アルスレットの話では、小島がネレイティールズへの入り口に関係してると聞いていたからだった。

 何か目印になるものがないか、散策を楽しみながらのちょっとした冒険。

 この界隈では他にそれらしい小島がなかったことから、まず間違いないとは思っていたのだ。


「お姉ちゃん、気づいてる?」

「ルードちゃんも気づいてましたかにゃ? 匂いがしませんにゃ」


 ルードもクロケットも嗅覚は鋭い。

 この小島には人の匂いがしないのだ。

 広い海に浮かぶ無人島。

 ただ、切り立った船着き場のような場所もあることから違和感を感じ、全くの当て外れとは思えないのだ。

 ゆっくり歩いて回っても、シーウェールズの町を一周とちょっと程度の時間しかかからない。

 それでも手掛かりはさっぱり見つからなかった。


「ルード様、クロケット様。このあたりでお茶にしませんか?」


 キャメリアは気分転換を提示してくれる。


「そうだね。お姉ちゃん、一休みしようか」

「はいですにゃ」


 キャメリアは防風林のある場所で、隠し持っていたテーブルと椅子を取り出す。

 何もない場所から取り出すことができるのは、飛龍たちの種族固有の魔法。

 物を隠しておける魔法があったからだ。

 まるで手品でもするが如く、カップを三つ、茶を淹れるポットと湯を沸かすための銅製のポットを取り出した。

 銅製のポットを両手で挟み込むと、ルードから教わった湯を沸かすための魔法でお湯を沸かしていく。

 キャメリアは炎や火の系統の魔法が得意だったが、このような魔法の使い方は知らなかった。

 本来炎の属性の魔法を展開するのは、翼に作用させて『最速』の飛行を可能にするためだけだった。

 そのため、生活に密接な魔法の利用、そんな発想は飛龍の国メルドラードでは教わることはなかったのだろう。


 銅でできたポットは熱を伝えやすく、お湯を沸かすのが容易なものだ。

 それを両手で持ち、その魔法で熱を伝えていく。

 ほぼ瞬時に湯が沸いてしまうので、これほど便利な方法があると知ったときは唖然としてしまったことがあったのだ。

 優雅な所作でポットに茶葉を入れ、湯を注いで暫し待つ。

 絶妙の時間でカップに注いでいく。

 皿を取り出し、硬く焼いたクッキーのような焼き菓子を置いていく。

 これはルードの生みの母、エリスの祖母であるフォルクスの大公、イエッタが知っていた『かたやきせんべい』の焼き方を真似たもの。

 シーウェールズで取れた天然の粗塩で味付けをされた、ちょっとしょっぱいものもあったりするのだ。


「ルード様、クロケット様。お茶が入りましたよ」

「ありがとう、キャメリア」

「ありがとうですにゃ」


 ルードとクロケットはお茶に呼ばれることにした。

 当たり前のように、用意された椅子に座る。

 クロケットも、もう慣れたもので驚いたりはしない。

 なにせキャメリアたちは、馬車の客車などを簡単に格納してしまうくらいの魔法を持っているからだ。

 その魔法を使ってもらって物資の輸送をしているのが『ウォルメルド空路カンパニー』。

 フェンリルの国ウォルガードから、湯と海の国シーウェールズ。

 飛龍の国メルドラード、ルードの伯父が治めるエランズリルド、砂糖のレーズシモン。

 雪と狐人の国フォルクスを空の道で繋いでいるのだ。


「いただきます。うん、おいし」

「ポリポリしてて、美味しいですにゃ」

「ありがとうございます」


 キャメリアは座ってはいないが、立ったまま器用にお茶を飲んでいる。

 一緒に飲まないと『家族なんだから駄目だよ』と、ルードに怒られてしまうからだろう。

 彼女はクロケットと同い年で、ルードより五つ年上。

 二人を主と仰ぎ、侍女長を屋敷で勤めているのだが。

 ルードはキャメリアを姉のように思っていたりするのだ。

 同様にルードの母リーダからも、クロケット同様に娘のように扱われている。


 暖かな日差しと美味しいお茶。

 歯ごたえの良い焼き菓子をつまみながら過ごす、なんとも贅沢なティータイム。

 海の水面を見ながらふと思い出すように、ルードの記憶の奥底にある知識と照らし合わせてどうでもいいことまで照合してしまう。

 風が少々強いせいか、水面には白波がたっている。

 そんなとき、ルードの記憶の奥にある知識から『ウサギが飛ぶ』という言葉が頭に浮かんでくる。

 それは、碧い海にたっている白波のことをウサギに例えた表現らしいのだ。

 白波をゆったりと眺めていると、確かに白い山ウサギが跳ねているように見えなくもない。


「ウサギ……」

「ど、どこですかにゃ?」

「ううん、違うよ。あの白い波がね、白い山ウサギに見えるなーって」

「えぇ、確かにそう見えなくもないですね」


 キャメリアがルードの感想に答えてくれる。

 するとクロケットも。


「た、たしかにそう見えなくもにゃいですにゃっ」


 彼女が『わかってるつもりで、話を無理やり合わせようとしている』と気づいたキャメリアとルードは、目を見合わせてくすっと笑ってしまう。


「クロケット様。ルード様が言われているのは、あの碧い水面にたつ白い波。あの部分が山ウサギが跳ねているような形をしている。そう言っているのですよ」

「にゃ、にゃるほど……。そう言ってもらえると本当にそう見えてきますにゃっ」


 優しくそう教えてもらうと、クロケットもやっと納得してくれたようだ。

 キャメリアは曲がったことが嫌いで、それでいて凄く優しい。

 クロケットとも姉妹のように仲が良く、同い年なのだが、姉のようにも見えなくもない。

 ルードの家の家事の全てを統括している、しっかりものなのだ。

 燃えるような赤髪のキャメリアと、艶のある漆黒の髪のクロケット。

 顔の造りも違うのだが、それだけ仲がいいということ。

 ちょっと天然気味な妹の心配をするしっかりものの姉のように見える。

 そういうことなのだ。


 ルードも久しぶりにゆったりとした時間を過ごすことができている。

 何かしていないと手持ち無沙汰になってしまって落ち着かない性格のルードは、リーダが心配して送りださなかったら、こうしてゆっくりしていることもなかっただろう。

 クロケットは常にルードのことを心配しているが、今はルードから教わっている魔法の鍛錬のことで頭がいっぱいだったりする。

 キャメリアは執事のイリスと情報交換を欠かさず、ルードの体調面や精神面を常に気を配っている。

 ただ、二人ともルードにやりたいことをやらせてあげたいという共通した考えがあるため、滅多なことではルードのしている仕事に口を挟むことはないのだ。

 そんなルードに唯一ツッコミを入れられるのが、今回ここへ送りだしたリーダだけだったのである。


「海底王国ってさ、どこにあるんだろうね」

「海底王国、ですかにゃ?」

「うん。アルスレットお兄さんから聞いたことがあるんだ。ネレイドとネプラスが住む国なんだってさ。ここみたいな小島がその国に繋がる目印だって、聞いてたんだけどね……」


 ウサギの飛ぶ海面をぼうっと見ながら、ルードはぼそっと呟いた。


「この界隈にはそれらしい感じのところはありませんでしたね。ただ気になるのが」

「──どこか見つけたの?」

「いえ、些細なことなのです。海面の色が若干違うところが、この小島の近くにあったのです。碧い色に混ざって、大きく深い青黒いというか……」


 そのときだった。

 クロケットの二股に分かれた尻尾がぶわっと広がる。


「うにゃっ! 大きい魔力が、あそこに──」


 彼女は魔法の鍛錬を重ねたことによって、感覚的になんとなくだが、魔力の流れを感じることができるようになってきていた。

 そのため、クロケットが指差した海の方には、違和感どころではない現象が起きていた。

 それはこの小島を軽く飲み込んでしまうような高波。

 避けることは無理だと判断したルードはクロケットを庇って抱きしめる。

 そんな二人を守ろうとキャメリアは手を伸ばしたところで、高波にのみ込まれてしまった。


 波が引いていき、小島は海水で洗い流されたような感じになっている。

 ルードたちがいたはずの場所には、何も残ってはいなかった。


 ▼▼


 最初に意識を回復したのはキャメリアだった。

 彼女は人の姿のときは、決して身体が大きい方ではない。

 クロケットとそんなに変わらないくらいだ。

 我が愛しき主様たちを胸に抱いたまま離さぬよう、意識を失っていたようだ。

 おかしい。

 意識を失う前は、浜辺だったはずなのに、今は間違いなく『落下』している。

 ルードもクロケットも、自分もずぶ濡れの状態だった。

 二人はまだ意識は覚醒していないようだ。


 あのとき高波に襲われたのは間違いではなかったようだ。

 正直今の状況はわけがわからない。

 だが、そんな悠長なことを考えている暇はなかった。

 目下に迫っているのは、見覚えのない景色。

 防風林があったはずなのに、浜辺しか見えない。

 その先には、町のようなものが、城のようなものまで見えるのだから。


 とにかくキャメリアは、慌てず飛龍の姿になるべく左手の小指に光る指輪に魔力を注ごうとした。

 おかしい。

 飛龍の姿になれない。

 この指輪を作ったフェリスと、キャメリアの母シルヴィネに聞いたことがあった。

 『この指輪は魔力を消費して化身の効果を発動させている』と。

 それなら、飛龍の姿に戻るためにも魔力が必要なはずだ。

 いつもこうして、魔力を注いで化身を解いている。

 おかしいどころではない。

 何らかの原因で魔力が足りなくなっているということだ。


 まずい。

 このままだと浜辺とはいえ地面に激突してしまう。

 せめて自分の身を盾に、衝撃を和らげようと反転してみたが。

 これでも二人の身は無事ではないだろう。

 そこで思い出したのが、自分の元の主の娘。

 マリアーヌこと、けだまの姿。

 彼女は人の姿のまま、背中に白く綺麗な翼を顕現させている。


「(もしかしたら、私にだって。お願いっ!)」


 キャメリアは背中の肩甲骨あたりに意識を集中した。


 背中の皮膚を割って出るように、『バサァ』と音を立てて、真紅の翼が顕現してくれた。

 キャメリアは成功した嬉しさよりも、今は自分にできることしか考えていない。

 翼にありったけの魔力を注ぐ。

 彼女が最高速で空を飛ぶ時のように、炎の魔法を逆噴射の要領で展開する。

 しかし、それは遅すぎた。

 落下速度を多少減速できただけで。

 キャメリアは主様たちを守れたかもしれない満足感と共に、背中に受ける尋常ではない衝撃激痛で、意識を手放してしまった。


 ▼▼


「ルードちゃ……」


 ルードの意識は半ば覚醒していたようだ。


「ルードちゃん! 生きてるよね? しんじゃ──」

「──生きてるってば。お姉ちゃん」

「よかった。本当に、よかったっ……」


 体中が痛い。

 あちこちぶつけたような痛みだ。


「ルードちゃん、大変なの。キャメリアちゃんが。何が起きたのかわからなくてっ!」


 クロケットの語尾からいつもの『にゃ』がないのに気づく。

 間違いなく緊急事態だ。

 あちこち痛みの走る身体を起すと、そこには涙をぼろぼろに溢したクロケットの顔が。

 そして、クロケットの膝の上でぐったりとしていたキャメリア。

 彼女の表情はなにやら満足げな感じにも見えなくもないのだが、背中から伸びている真紅の翼は曲がってはいけない方向に折れているのだ。


「キャメリアっ! ──っつ!」


 ルードはキャメリアに手を伸ばそうとしたのだが、それを拒むかのような体中を走る痛みに負けそうになる。

 それでも這いずるように身体を動かし、キャメリアの頬に手を寄せた。

 キャメリアの胸のあたりが上下に動いている。

 呼吸も荒いが生きているのがわかった。


「よくわからないけど、キャメリアが僕たちを守って、こんなに、なっちゃったんだね」

「……たぶん」


 間違いなく予断を許さない状況であることは、ルードにも理解できた。

 ルードはそのままキャメリアの右手を握ると。


『癒せ。万物に宿る白き癒しの力よ。我の願いを顕現せよ。我の命の源を……、すべて残らず食らい尽くせっ……』


 ルードが両手で握ったキャメリアの手。

 詠唱が終わると、その場所から全身へと優しい光が包んでいく。

 ルードが全力全開で魔法を行使するのを見たのはこれが彼女にとって初めてだっただろう。

 半ば混乱していた状況のクロケットも、膨大な魔力の放出を感じたせいか。

 ルードの魔力のその流れが『美しい』とも思えてしまっていた。

 その幻想的な光景のおかげで、クロケットも若干だったが落ち着きを取り戻したように見えなくもないが。

 同時に、ルードの魔力も尽きたようで、キャメリアのおなか辺りに倒れ込んでしまった。


 重さに驚いたのか、それともルードの治癒の魔法が効いたのか。

 キャメリアは翼はあっという間に治っていき、彼女はゆっくりと目を開けていく。


「きゃ」

「きゃ? ですか?」

「キャメリアちゃんっ! ……よかった。本当によかった」


 今はとても変な状況下にあるようだ。

 クロケットの膝に頭を乗せてもらっていて、ルードがキャメリアのお腹にもたれかかってる。

 おまけにそんな状態でクロケットがキャメリアの頭を抱いているものだから、クロケットのたわわな胸の圧力が鬱陶しい。

 でも、お腹に感じる優しい重みと、顔を包む落ち着ける匂い。

 キャメリア自身は、何が起きていたのかさっぱりわかっていないが。

 ぽつりぽつりと口から紡がれる、クロケットの支離滅裂な話を聞いて、敏いキャメリアはやっと状況が掴めてきたのだろう。


 暫くすると、ルードは目開いた。


「──ルード様っ!」

「……あ、キャメリア。よかった。目を覚ましたんだね」

「よかったではありません。私なんかにそんな、貴重な魔力を──」


 クロケットが横で見守る中、ルードはキャメリアの膝枕で目を覚ましたようだ。


「いいんだよ。キャメリアは家族なんだし。僕の大切なお姉ちゃんのひとりなんだから、さ」


 よこで微笑むクロケットもそれに同意して『はいですにゃ』と、当たり前のように言う。

 呆れたような、それでいてとても嬉しそうに苦笑するキャメリア。


「ほ、……本当に仕方のないお二人ですね」


 三人ともまだ、生乾きの服を着た状態。

 だが、あの小島と違い、ここは不思議と暖かい。

 ルードは反射的に鼻を鳴らす。

 おかしい。

 クロケットも気づいていただろう。


「ルードちゃん、ここ。獣人の匂いも、人間の匂いもしますにゃね」

「うん、おかしいよね。あの小島じゃ感じられなかったのに……」

「それは本当ですか?」


 キャメリアも違和感は感じていたのだろう。

 だが、それよりもずぶ濡れの状態を何とかしなくてはならない。

 キャメリアは『隠してある荷物』を取り出そうとしたのだが、魔力が枯渇しているのか。


「……すみません、ルード様、クロケット様。魔力が、枯渇しているようで。荷物が……」

「いいんだよ。酷い怪我をしてたんだから。無理させちゃったね。ごめんねキャメリア」

「いえ。お二人をお守りできただけでも……」

「ほらほら、そんな顔してちゃ駄目ですにゃ。私、薪を集めてきますにゃ。キャメリアちゃん、ルードちゃんをお願いしますにゃね?」

「はい、申し訳ございません。少し休めばきっと……」


 クロケットはあの光景、小島からは違う背の低い防風林と思われる場所から、薪になりそうな乾いた小枝をいっぱい抱えて戻ってくる。


『炎よ、我が内なる魔力をもって姿を現せ』


 クロケットは炎を発生させる魔法を使い、焚き火を準備した。

 ルードの服を脱がせて、炎の前で乾かす。

 クロケットもキャメリアも気にせず脱ぎ始めたものだから、ルードは慌ててぎゅっと目を瞑った。

 ほぼ乾いたあたりで、二人が着替え終わったのを聞いて、ルードは服を着せてもらう。

 そんなとき。

 遠くから声が聞こえてくる。


「──様、お忍びなのですから……」

「いいんです。どうせ皆にもバレているじゃないですか。そんなことよりも、こちらから大きな音が聞こえました。今回も間違いなく『巻き込まれた』可能性が高いんですっ」


 ルードたちも聞こえただろう。

 こちらに近づいてくる二人のシルエット。

 巻き込まれた、とはどういう意味だろう。


 お忍びというからには、貴族などの位の高い人かもしれない。

 一人は見るからに兵士の姿をした女性。

 砂浜という悪い足場をものともせず、その前を力強く歩く、金髪の女性。

 クロケットとキャメリアくらいの年齢だろうか。


「──ほら、言ったじゃないですか。お怪我はされていませんか?」


 碧い瞳の可愛らしい少女だった。

 後ろの兵士の女性は『仕方ない』という苦虫を嚙み潰したような表情をしていた。


「……怪我は大丈夫、だと思います。すみません、何やら落ちてしまったらしいです」

「申し訳ございません。やはり巻き込まれてしまったのですね……」


 その女性は悲痛な表情に変わってしまった。

 ルードはこんな表情にさせてしまったことを心苦しく思ってしまう。

 そんなルードを気遣って。


「ご心配おかけしましたにゃ。私たちは大丈夫ですにゃ」


 そう、笑顔で応えてくれるクロケット。

 ただ、その少女も空を見上げ、この高さから落ちて無事なわけがないと思っていただろう。


「そうでしたか。ティリシア。とにかく詰所へ案内してください」

「はい、かしこまりました」


 どうやっていくか、軽く相談して。

 キャメリアはクロケットの肩を借りて。

 なんとルードはそのティリシアという女性に抱きかかえられて行くことになってしまった。

 恥ずかしいが、かといって文句も言えない複雑な心境。

 そんな苦悶の表情をしているルードを見て、クロケットとキャメリアは笑いを堪えていた。


 可愛らしい少女は皆の前を歩いて行こうとしたのだが、ふと振り返って笑顔でこう言った。


「申し遅れました。こんな状況で大変申し訳ないと思いますが。ようこそ、ネレイティールズへ。わたくし、レラマリンと申します。ご挨拶が遅れてしまって、ごめんなさいね」


 これこそ、ルードが『生涯の友』と信頼関係を結んだ、少女との出会いだったのである。


ゆっくりですが、再開いたします。


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