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第二十四話 ジョエルの気持ち、ルードの悪戯。

 レーズシモン空港予定地。

 明日辺りには建設完了となりそうなペースで最終確認が行われている。

 つい先ほど、アルフェル自ら倉庫の受付などの設備の確認も始めたようだ。

 その立ち合いには、ジョエルのレナード商会の番頭頭が任されている。

 ジョエルは全体の総指揮を行っていることもあり、やることが沢山あるそうだ。


 昼になり、ルードの差し入れの弁当を食べている。

 これはエライダとシュミラナが今朝作ってくれたもの。

 かなりの量があって、クロケットとキャメリアとの三人だけでは食べきれないこともあって、ジョエルも誘ってみたのだった。

 アルフェルとアミライルも、ローズが作ってくれた弁当を持ってきて一緒に食べることになっていた。

 食事のあと、キャメリアとアミライルがお茶を入れてくれてくれて、一息ついている。


「いやそれにしても。新規事業は感慨深いものがあるねぇ」

「そうですな。私もルードからの提案がなければ、商会を畳むことは考えられなかったくらいなので。うちはほら、ローズとアミライルの三人でやりくりしてたもので、商会まで見る余裕がなくなってしまったんですよ」

「なるほどねぇ。うちは、幹部が沢山いるから。なんとか回せそうなんだよ」

「それは羨ましい」

「何を言うかね。アミライルさんだったかな。家族に飛龍さんがいるなんて、こっちが羨ましいよ」


 豪快に笑い合う、アルフェルとジョエル。

 そこでルードがひとつ疑問に思っていたことがあった。


「あの、ジョエルさん」

「なんだい?」

「僕、また失敗してしまったかもしれません……。頭からすっかり抜けてしまってたことがあるんです」

「どうしたんだい? 別にこれといって思い当たらないんだけどね」

「あの、こんなに大きな事業を始めるんです。僕、国王様に挨拶した方がいいかなと思うんですが」

「ほら、目の前にいるじゃないかい。アルフェル殿。あんた、教えてなかったのかい?」

「いや、ルードなら知ってるものかと失念していた。ルードすまないね」

「えっ? ということはジョエルさんが国王なんですか?」

「いや、いないよ」

「はい?」

「ここ、レーズシモンは王国でも公国でもないんだよ。ここはひとつの商会みたいものなのさ。あたいが立ち上げた商人のためのね。あたいはここの代表。ただそれだけさ。じゃなければ砂糖の値段を勝手に変えたりはできないだろう?」


 今で言うところの連邦や共和国のようなものなのだろう。

 ルードが一瞬記憶を辿ったときに、そういう結果が出てきた。


「それは共和国みたいなものですか?」

「きょうわこく? さぁ、知らないね。あたいは国王なんて柄じゃない。だから国という概念がめんどくさかっただけなのさ。それにね、シモンはクレアーナの亡くなった父、レーズは母親の名前なのさ。忘れてしまわないように、ね」


 気が付くと、ルードの目から涙が流れていた。


「あ……」

「ルードちゃん。はい」


 ハンカチのような、白く綺麗な手拭いを使って、クロケットが目元を拭ってくれる。


「ごめんなさい、お姉ちゃん」

「いいんですにゃ。私も、ぢょっど。にゃげでしまいましだにゃ……」


 お返しにと涙を拭き合う。


「すみません。つい」

「いいんだよ。そんなつもりじゃなかったんだけど。クレアーナには黙っておいておくれよ? あたいがそのうち話すつもりなんだ」

「はいっ。わかりました」


 ▼


 夕方になり、明日の夕方には開港ができるだろうとアルフェルが言っていた。

 ジョエルは商人らしく『式典は簡単でいいから、さっそく輸送をお願いしたいんだよね』とアルフェルにシーウェールズからの塩や魚介類などの買い付けをお願いしたそうだ。

 砂糖の輸送に関しては、ジョエルが直接依頼する形になるらしい。

 各国でジョエルの部下が空港近くでレナード商会の支店を開く予定になっているのだという。

 商人だけあって手配の速さはルードの予想の上をいっていた。


 ウォルガードに戻ったルードは、リューザとエライダ、シュミラナを呼んで、明日の打ち合わせをしている。

 量的にはリューザひとりで間に合いそうなことと、未だ輸送量は増え続けてはいるが、一日に二度の往復で済むくらいだと報告も受けた。

 明日はリューザひとりで夕方に往復をしてもらうことになった。


 エライダとシュミラナの料理の腕は、二人に任せてしまっても普段の献立では問題がないくらいに上達している。

 二人は元々優秀な味覚の持ち主で、多少アレンジしたとしても味が壊れることはない。

 クロケットも『最近料理をする機会がが少にゃくて、困りましたにゃ』と言っているくらいなのだ。


 リューザも空いた時間で庭いじりをしていたのだが、以前のルードの家の様相とは違った綺麗な庭木が揃っていた。

 身体が大きい割に、繊細な感性の持ち主で、芝に至るまで綺麗に刈り込まれているのだ。

 今ではリューザの元に、フェンリル男性の弟子入りを頼まれているくらい優秀な庭師なのだから。


 イリスもキャメリアも、三人の仕事に関してはほぼ口を挟むことはない。

 キャメリアはウォルガードの他の貴族から週に一度ほど、侍女の指導を頼まれている。

 キャメリアだけでは手に負えないときや、ルードについて回るときは、クレアーナが代役を買って出ることがあるそうだ。


 イリスは最近けだまを猫人の町(今では外に家を建て始めたことから、村ではなく町になっている)に連れて行き、猫人の子供の家庭教師みたいなことを始めるようになった。

 フェリスが言うには、ある程度の知識が整ったらけだまと一緒に学園に入学させてはどうだろう、という話が持ち上がっている。

 可愛い小さな子が大好物なイリスは、ウォルガードでルードが就任するまでは手が空いてしまうことが多かったこともあり、今のようなことを提案してみたのだった。


 ▼


 明日の夕刻に簡単な式典が行われることになっているが、ルードは別に出なくてもいいと言われた。

 ジョエルはそれよりも、輸送する物資を確実にお願いしたいと念を押されたのだ。

 そこでルードは少しいたずらを思いついた。


「ママ。明日の夕方から、んーっと。明日いっぱいくらい、もしかしたら明後日までかな。クレアーナを貸してもらえる?」

「私は別にいいけれど、どうしたの? クレアーナは何か予定ある?」

「えぇ、私は構いませんが。どうなさったのですか?」

「あのね。今日、レーズシモンで空港の開港があるんだけどね、そのときにね──」


 ルードはルードなりの可愛らしいいたずらを、二人に説明していく。

 エリスはとても面白そうに、クレアーナは何やらすまなそうな表情になっている。


「ルードちゃん。それいいわ。きっといいお祝いになると思うの」

「あの。ルード様。少々やりすぎではないでしょうか?」

「そんなことないわ。ね、ルード」

「はい。きっと喜んでくれると思うよ」

「だといいのですが……」


 こうしてエリス公認の、ルードのいたずらが決定した。


 翌日、夕方より少し前にルードとクロケットは、クレアーナを連れてリューザの背中でゆったりと飛んできた。

 今日はキャメリアも人の姿のままだ。


「お疲れ様です。どうです?」

「あぁ。これが今日あちらさんからの注文の品だよ」

「うわぁ。結構ありますね」

「そりゃそうだよ。あれからエランズリルドの開港から結構経ってるし、それ以来輸送はしてないからなぁ」

「では、リューザさん。お願いしますね」

「はい。ルード様」


 リューザは木枠でできたコンテナ状のものを、手慣れた感じに隠していく。


「しかし、これ全部積んでいけるんだよね」

「いえ。ルード様」

「どうしたの? キャメリア」

「これくらいなら大したことはないかと。前に聞いたことがあるのですが、最初にエランズリルドから運んだ量なら、数倍は運べるかもしれない、と」

「えぇっ?」

「実は、限界を試したことがないそうです。メルドラードでも、そういう機会がなかったそうなので」


 キャメリアは苦笑しつつ、ルードに説明してくれる。


「よくよく考えたら、この他に。私たちも運んでくれるんですにゃよね?」

「あ、そうだった。ヒュージドラグナって凄いんだね」

「実は私もあれくらいなら、運べる気がするんです。私も、限界を試したことがありませんので」

「キャメリアもなんだ」

「はい。お恥ずかしいのですが」


 飛龍の隠す術は、それこそ底が知れないとルードは思った。


 荷物の積み込みも終わり、リューザは既に飛龍の姿になっていた。


「お待たせしました。どうぞお乗りください」

「はい、クレアーナ」

「……ありがとうございます。ですが、私の身体能力、ご存知ですよね?」

「駄目だよ。そんなに綺麗なドレス、着てるんだから」

「そうですにゃ。お似合いですにゃよ」

「クロケットさんまで……」


 ルードの手を借り、クレアーナは龍車に乗る。


「はい。お姉ちゃんも」

「ありがとうですにゃ」

「キャメリア」

「いえ、私は」

「駄目」

「はい……」


 クロケットとクレアーナは二人を見てくすくす笑っていた。

 ルードも乗り込み、準備は整う。


「じゃ、リューザさん。お願いします」

「はい。では、多少揺れるかと思いますので、ご注意ください」


 ゆっくりと羽ばたくリューザ。

 少しの浮遊感と共に、上昇を始める。

 キャメリアのような急激な上昇とは違い、風に乗るようなそんな感じだ。


「うんうん。これなら一般の人が乗っても大丈夫だね」

「ですにゃ」


 レーズシモンへ向けて飛び始めたとき。


「そういえば、キャメリア」

「はい。何でしょうか?」

「夜って飛べるの?」

「はい。大丈夫でございます。私たちドラグリーナ、ドラグナは夜目が利きます。それと、街の明かりを頼りに飛べば、そんなに間違うこともないのですよ」

「へぇ。そうだったんだね。実は僕たちも。ね、お姉ちゃん。クレアーナ」

「はいですにゃ」

「はい。私たちも夜目は聞きますね」

「もちろん、僕もね」

「そうだったんですね。メルドラードを出てから、本当に、学ぶことが多いです」


 ゆっくり飛んでいるように見えて、リューザの飛ぶ速度は実は遅くはない。

 キャメリアや彼女の母、シルヴィネのようなフレアドラグリーナが速すぎるだけなのだ。

 地上最速と思われるイリスの、倍以上で飛んでいるのだという。


 そろそろレーズシモンが見えてくる。

 陽が落ち始めて、綺麗に照らされていた。

 リューザはゆっくりと高度を下げていく。


「あ、あそこが空港だね。沢山の人が見てるねー」

「ですにゃね」

「凄い、ですね」

「キャメリア、着地したら『あれ』お願いね」

「はい。かしこまりました」

「ルード様。本当にやるのですか?」

「いいじゃない。お祝いなんだからね」

「はい……。こんなこと初めてなので、少々恥ずかしいです」

「クレアーナ姉さん。とても綺麗ですにゃ」

「からかわないでくださいっ」


 クレアーナは横を向いて照れてしまった。


 リューザは空港にゆっくりと降りていく。

 レーズシモンには、こんなにも人がいたのかと思うくらいに多数の人々が見守ってくれている。

 倉庫の目の前には、いつもの商人らしい服装とは違い、女性らしい小奇麗な服装をしたジョエルが待っていた。


「お待たせしました、ジョエルさん」

「ルード君。待ってたよ」


 ルードが先に降りて、龍車に右手を伸ばす。


「はい。クレアーナ」

「すみません。助かります」


 そこには大きな花束を抱えた、白い春物のドレスに身を包んだクレアーナの姿が。

 少しだけエリスに化粧をされ、少し恥ずかしそうにジョエルの前に降り立った。

 順番にクロケットとキャメリアも降りる。

 リューザはキャメリアが降りたのを確認すると、龍車を隠した。


「クレアーナ。その姿」

「エリス様とルード様がどうしてもというので。その、似合ってませんよね?」

「そんな、ことないよ。とても似合ってる。綺麗だよ。クレアーナ」

「よかったです。これ、おめでとうございます」


 クレアーナからジョエルに大きな花束が贈られた。

 もう、意地や体裁なんて構っていられない。

 ジョエルの涙腺はあっさりと決壊した。

 花束を左に抱え、クレアーナを右腕で抱く。


「ありがとう。レーズ義姉さん、そっくりになったね」

「では、やはり。ここの名前は」

「あぁ。兄さんと義姉さんの名前さ。忘れたりはしないけど、戒めの意味もあったのかもしれないね」


 ルードたちと同じ方向をリューザが向く。

 その瞬間、盛大な拍手が浴びせられた。


 ジョエルが右手を上げると、歓声と拍手が鳴り止む。


「改めて、レーズシモンの代表。ジョエル・レナードがレーズシモン空港、開港を宣言するよ。ウォルガードを始め。エランズリルド、シーウェールズの関係者の方々には御礼を申し上げるよ。……さぁ、最初の荷物が届いたよ。鮮魚も沢山入ってる。酒を飲みながら、皆で騒ごうじゃないか」


 再度歓声が上がる。


「クレアーナ。これが、あたいが作ったレーズシモンだよ。どうだい。立派なもんだろう?」

「はい。亡くなった父さんと母さんも、喜んでいるかと」

「やっぱり聞いてたんだね。はねっ返りの妹が、商人になるって出ていったって」

「はい。とても頭のいい人だと言ってました」

「これはね。あんたに全部ゆずるつもりなんだ」

「嫌ですよ。私は死ぬまでエリス様、ルード様に仕えると誓ってしまったんですから」

「あらら。振られちまったね」


 ちょっと拗ねたようなクレアーナ。

 姪に断られたジョエルの表情は、何故かとても嬉しそうだった。


 レーズシモンでは雅よりも実を選んだようだ。

 開港のセレモニーはさっさと終わらせて、業務を回すことを考えていた。

 さすがは商人が興した国だけはある。


 ヒュージドラグリーナのリューザは、新しく積み込みの終わった荷を持ち、エランズリルド経由でシーウェールズへ飛び立っていった。


「さぁ。ルード君たちも、って。もしかして。あー。ルード君は未成年か」

「はい。十五になったところです」

「そうかい。あと三年だね……」


 ジョエルの基準でも成人は十八歳だったようだ。


「クロケットさんも、まさか」

「いえ。私は二十ににゃりましたけれど」

「そうかい。それはよかった。これから盛大に祝いがあるんだけれど」

「あ、それなんですが。僕、レーズシモンの荷の説明。忘れちゃったんです。どれがエランズリルドか。どれがシーウェールズのものなのか」

「……ルード君。あんた、わざとだね?」

「わかります? ですから、クレアーナに代わりに残ってもらいますので。クレアーナいいよね?」

「はい。……叔母様。私なんかでよろしいですか?」

「やめておくれ。おばさんでいいんだよ。あんたはルード君が言うところの家族、なんだからね」

「はい。ジョエル叔母さん」


 キャメリアはお辞儀をすると、その場で真紅の飛龍へと姿を変えた。

 ルードの手をとり、クロケットが先に乗る。

 ルードが後ろに乗るか、前に乗るか揉めた結果、ルードがクロケットに抱かれる形で前に乗ることになった。


「じゃ。僕たちそろそろ行きます。これからもよろしくお願いします」

「では、失礼いたしますにゃ」


 キャメリアは頭を少し下げて、その場から一気に飛び立っていった。


「あの子ったら。最初からそのつもりだったんだねぇ」

「はい。ルード様はいたずらだと言ってました」

「本当に。フェンリルは親子共々、末恐ろしいねぇ」

「でも、凄く可愛いんですよ」


 ジョエルとクレアーナは、空高く消えていくキャメリアの翼から出る赤い光を見上げていた。


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