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unspell  作者: 久保田千景
本編
45/98

42


「重たくないですか?」

「重たくはないが歩きにくい」

 真顔で答えるレイはロルフを肩車し、ルディを背負いヴェルファを前に抱えて歩いている。サラは「そうでしょうね」と苦笑した。

 すっかり懐かれてしまったレイは三つ子の道案内で集落を進んでいる。突然現れた三つ子のキメラを身体にくっつけた長身の魔族は嫌でも目に付く。目を丸くしている通行人や知り合いにサラは頭を下げながらその後を追った。


「お帰り、サラ」

 声を掛けられ、振り返ると後ろに笑顔の母が立っていた。

「――ただいま。久しぶりだね」

 エレナは「本当に久しぶりよね」と苦笑した。毎年言われるこの台詞は、何を言っても一年に一回しか帰ってこない娘に対するささやかな苦言だ。サラはその意味に気付いていても聞き流すことに決めている。

「仕事?」

 背中まである長い金の髪を頭の後ろで団子状にまとめ上げる髪型は仕事の時だけだ。

「ドレーゼさんの息子さんが怪我をしたから、その手当にね」

 治癒術士であるエレナは集落で重宝されている。週に一回はどこかの家に呼ばれるのは今も変わらないらしい。

「そちらの方は?」

 エレナは三つ子にたかられているレイに気付いた。

「あ、あの――」

「「「レイだよー」」」

 口ごもった姉に代わり、弟妹たちが声を揃えて紹介した。

「この子等の母でエレナと申します。お世話になっております」

 エレナは色々なことを全く気にせず頭を下げた。この子等、という言葉の中にはサラはもちろん、今レイから降りてきた三つ子も含まれている。

 そんなエレナにレイは少し驚いた表情になった。

「いや、世話になっているのは俺のほうだ」

 顔を上げたエレナは目を瞠り、何故かサラを見ると頬を赤らめた。

「あら、いつの間に?」

「え?」

「お付き合いされている方がいたなんて、知らなかったから」

「違う、違う! そういうことじゃなくて」

 真っ赤な顔の前で手をぶんぶんと振って必死に訴える。当然レイがふて腐れていたことには気付かない。

「どういうこと?」

 エレナは首を傾げた。

「――仕事で」

 少し不自然な間が空いたが母はそれに気付かなかったのかそれとも気付かない振りをしたのか、笑い出した。

「あらそうなの。ごめんなさい。お母さん、勝手に盛り上がっちゃった」

 誤解が解けたところで、安堵と残念な気持ちが溜息となって漏れた。 

「それはそうと、お父さんは?」

「いつもの場所よ」

 母は少しだけ視線を落とし微笑んだ。



 父アリストは家の裏にあるサラの父の墓の前にいた。黒銀の毛を靡かせ、小高い丘の上の古びた墓の前で座る狼族の獣人はまるで墓守のようだ。義父は父の命日になると必ずここにいる。

「何をしているんだ?」

 レイが独り言のように口を開いた。

「あれは父の儀式のようなものです」

 以前にサラが同じことを尋ねると、アリストは「エレナとサラを貰った者としての礼儀だ」とだけ言って笑った。サラの父親テオとアリストは面識がない。アリストとエレナが知り合ったのはテオが死んで二年が過ぎてからだ。けれど同じ女性を愛した男同士が語り合うように、アリストは毎年この日にここにいる。


「お父ーさーん!」

 三つ子が駆けだした。アリストは振り返り立ち上がると、カイやレイにも劣らぬ大きな身体で駆け寄る幼い我が子たちを抱き留めた。

 アリストはサラの隣にいるレイを紫の瞳で認めると一瞬警戒したように耳をピンと立てたが、すぐに緊張を解いた。

「珍しい連れだな。彼氏か?」

「なっ!」

 揃って同じことを言う夫婦にサラは言葉を詰まらせる。

 瞬間で顔を赤くした娘に目を細め、アリストは大きな口でにっと笑った。


「――カイより話は通じそうだな」

 レイの呟きにアリストが反応した。

「お、うちの馬鹿息子とはもう会ったのか」

 レイは顎をあげて大きく息を吐いた。

「何度か。あまり良い思い出はないけど」

 不躾な言葉にもアリストは怒るどころか声を上げて笑いだした。

「あいつ、サラのことになると途端にヘタレになるからな」

 こんなに楽しそうなアリストをサラは久しぶりに見た。若い頃に傭兵をやっていたアリストが豪胆ごうたんだとはわかっていたが、まさかレイと気が合うとは思わなかった。


 確かにアリストとレイはどこか似ている気がする。


「お父さんは嬉しいぞ」

 急に話を振られサラは我に返った。

「何で?」

「娘は父親に似た男を好きになるらしいからな」

「な、な、な――」

 陸に打ち上げられた魚のように口をパクパクさせるしかできないサラに、アリストとレイは口の端をつり上げ、それは楽しそうに笑っていた。



 しばらくして騎士服のカイが転移術を使ってやってきた。獣人族は魔術が使えないので騎士団員が所持している魔道具を使って転移してきたようだ。

 カイはサラを見つけて表情を崩したが、その隣に当たり前のようにいるレイの存在に気付くと顔を曇らせた。

「やっぱりいるのか」

 レイは嫌味を聞き流し、まだ残る転移術の魔法陣を不服そうに見つめていた。

「何故お前は馬車に乗らない?」

「転移術が使えればわざわざ馬車に乗る必要ないだろ」


「すみませんね、使えなくて」

 サラは破魔の魔力のせいで転移術を利用できない。だからレイは転移術ではなくサラと一緒に乗合馬車に乗ったのだ。

「あ、いや――そういう意味じゃなくて」

 カイがむくれるサラに気を取られている内にレイは三つ子たちにこっそり耳打ちした。

 三つ子は顔を見合わせ、楽しそうに笑いながらカイに駆け寄った。

「「「お兄ちゃんは人でなしですね」」」

 声を揃えて長兄を責める。

「な、お、お前ら――」

「来年からはおひとりでどうぞ。私はのんびり馬車で来ますから」

 可愛い弟妹にそっぽを向かれたカイは涙目で項垂れた。


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