闇に堕ちる
ベッドの上で小さく身体を縮ませ震える彼女に引き寄せられる。助けた時も震えていた。
今、近寄ってはダメだ。
わかっている。でも身体は勝手に動く。
結界を無理矢理吹き飛ばして部屋に入った時、彼女は連れ去られそうだった。木偶人形が肌を傷つけ、汚い手で唇を塞いでいた。
彼女を傷つけるものは許さない。
彼女を奪うものは許さない。
今までに感じたことのない激しい怒りが沸き上がる。
気が付いた時には人形共は塵と化していた。
気配に顔を上げた彼女の瞳は涙で潤んでいる。
無意識に唇を重ねていた。柔らかく温かい感触に我に返り、驚いてすぐに離した。
震えを止めたかった。恐怖を取り払いたかった。弱っている心につけ込んだ、と思われても仕方のない行為に後悔の念が募る。拒絶されても自業自得だ。
けれど見上げる彼女は驚いているものの真っ直ぐに見つめ返してくる。その瞳に拒絶や嫌悪の影がないと思うのは、自分勝手な解釈かも知れない。
ベッドの上で指先が触れた瞬間、箍が外れた。
細い彼女の腕を掴み強引に引き寄せた。腕の中に捕らえた身体を抱きしめ、僅かに開いた小さな唇を塞ぐ。
彼女の口から漏れた、吐息のようなあえかな声が耳を撫でる。もっと聞きたくて、唇の隙間から舌をねじ込み蹂躙した。
暴れるそれに小さな舌先が優しく触れる。ぎこちなく戸惑いながらも応えてくれる彼女が愛おしい。背中に回された小さな掌と、恐る恐るでも応じる柔らかい舌に、受け入れてくれたことへの喜びが沸き上がった。同時にこのまま彼女の全てを手に入れたい欲望が抑えられなくなる。
『壊してしまえ』
誰かが低く囁く。
『誰かに盗られるくらいならその手で壊してしまえ。そうすれば彼女は永遠にお前のものだぞ』
聞き覚えのある声に抗えない。
自分以外の誰かに盗られる前に全てを奪ってしまえばいい。
自分以外の誰かを愛する前に自分の証を刻み込んでおけばいい。
だから、このまま――。
『レクスさん』
何かに支配される寸前、名を呼ぶ彼女の声が頭に響いた。
温かく優しい、凜としたその声のおかげで、言うことをきかなかった身体をようやく彼女から離した。
守りたいのか壊したいのか、その境界が日を追う毎にあやふやになる。これ以上一緒にいてはいけないのかも知れない。彼女を傷つけてしまう前に離れたほうが良いのかも知れない。
けれど、もう少し傍にいたい。
そう思うこの気持ちが愛情なのか執着なのか、今はわからなかった。




