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第56話暴走するミーサ

「お話は終わりましたか?」

 ミサ会場の外でラファエルは待っていた。マリアは「ええ。終わりましたよ」と満足そうに笑った。


「そうですか。なら、行きましょうか?」

 ラファエルはあえてどんな話をしたのか聞こうとはしなかった。いくらなんでも、そこまで足を踏み入れてはいけないと思ったからだ。


 主人であるマリアの大事なところに踏み込むことはまだ、彼にはできなかった。ここにラファエルの優しさがある。ラファエルほどの才覚を持っていれば、強引にマリアに迫って彼女の心を捻じ曲げることもできたはずだ。だが、あえて彼女の気持ちを一番に考えている。


 マリアは今まで自分の気持ちや本心を押し殺して生きなくてはいけない立場だった。だからこそ、その呪縛から解放された今の人生を、彼女の気持ちに正直になって道を選んでほしかった。その気持ちに素直になった結果、自分が彼女に選ばれることがなくても構わない。


 それで彼女が笑って生きることができるのなら……


 ラファエルは覚悟を固めている。


「ねぇ、ラファエル様? あなたは、私のどんなところを良いと思ったんですか?」

 

「えっ」

 マリアの思わぬ言葉に、ラファエルは少しだけ固まり、そして、誠意をこめて答えた。


「そうですね。他の貴族たちとは違って、とても素直なところですね。権力闘争や権謀術数に囚われている貴族たちは、心をすり減らして自暴自棄になったりひねくれたりする人が多いのに、お嬢様はとても素直に話を聞いてくださった。そこに正直に言えば、驚いたんですよ。王太子の婚約者という立場でありながら、ここまで素直に意見に耳を傾けてくれる人には出会えるとは思ってもいませんでした。こんなに器が大きい女性が、将来の国母ならこの国は安泰だと思ったものです」


 もはや、恋の駆け引きなどは不要だと二人は考えていた。そもそも、ふたりは駆け引き的なことはほとんどしていない。なぜなら、ふたりは信用できるパートナーだとお互いに認め合っているのだから。


「ふふ、面と向かって言われると恥ずかしいですね。なら、今度は私の番ですよ」

 彼女はいたずらを思いついた少女の顔をする。


「ラファエル様は、すごい努力家です。平民出身なのに、若くして王宮の中でのし上がっていったのは、本当にすごいです。私なら絶対にできない。そして、いつも努力をしているのに、それを隠しているのが謙虚で向上心が強くて……そして、何より私の気持ちを一番に尊重してくれている。私のことを一番に考えてくれる」


 マリアは一呼吸して、ラファエルを見つめた。雪と魔力によって明るく照らされた彼女は笑っていた。緊張で、少しだけ震えながら。


「そんな、あなたが私は大好きです」

 再び降り出した雪につられて、ふたりはお互いのくちびるを近づけていった。


 ※


―ミーサ視点―


 外では雪が降っている。彼女にとってはこれ以上気温が下がることは、死活問題だった。潜伏している以上は、この家に誰かいることを悟られてはまずい。だからこそ、暖炉は使えず、ただ毛布だけで寒さをしのいでいる。


 ここはどうやらグランドブールの街らしい。なにかの合図とともに、夜の街はまるで昼間のように明るくなった。


 しばらくすると、また雪が降ってきた。


 傷だらけの体は、節々に痛みが走る。さらに、食事も非常食だけで食いつないでいる状態だ。さらに、気温が下がることで、体温は奪われていく。


 極限の状況にあった。 

 辛うじて毛布と屋内であることだけが唯一の救いだ。だが、それでもケガ人が生きていけるような環境ではないことも確かだった。


「あたし、このまま死ぬのかな」

 貴族の家に拾われて、矯正したはずの言葉遣いが元に戻ってしまっていた。もう、彼女には何もなかった。貴族時代に培った教養も権力も金もすべてなくなってしまった。今あるのは自分の命だけ。


「やだ、このまま死にたくない。なんで、なんで。こんなことになるなら、あのままひとりで死にたかった。どうして、こんな風になってしまうの? 私は幸せになれるはずだったのに。貴族の名家に拾われて、この国の王妃様になるために、あの女まで蹴とばした。あとは、国王に認めてもらうだけだった。皆が裏切らなかったら、もうすぐだった。なのに……」


 だが、そこで一つのことに気がついた。


「そっかぁ。あたしって、王太子様のこと、好きじゃなかったんだ」

 そして、絶望する。


「あたしって、誰にも恋をすることなく死んでいくんだ」

 その言葉を自分で発しただけで、涙が止まらなくなってしまう。止めようと思っても止まらない。涙が傷口にしみる。


 結局、幸せになるチャンスがあったのに、自分はそれをかなぐり捨てて政争に明け暮れてしまった。そして、すべてを失ってここで今、誰にも看取られずに死のうとしている。


 彼女は、暴れるように手を振ると、薬草箱が地面に落ちてしまう。そこには、父からのもう1枚の手紙が隠されていた。さらに、上げ底には赤と青の小箱が入っている。


「なに、これ?」


 彼女は手紙を読む。


『仮に、追手に追い詰められた場合や、私に助けられたくなかったかもしれない。お前には、私のエゴを押し付け過ぎた。苦しまずに死を迎えたいなら、この赤い箱の中身の薬を飲むと良い。苦しまずに眠るように死ぬことができる。だが、逆にどうしても死にたくない場合は、この青い箱の中にある薬を飲むといい。副反応が強く、猛烈な痛みがともなうが、一時的に大きな力が手に入る』


 ミーサは、青い箱に手を伸ばした。


 ※


 彼女はゆっくりと薬を口に含んだ。

 青い箱から取り出された薬は、禍々しい色をしている。


 実際、口に含んでも、あまりの苦さに口から逆流するのを必死にこらえた。


「(いやだ、なにも残さない人生なんてあんまりだ。せめて、せめて……)」


 幸せな家族の声が外から聞こえた。外では年に一度のお祭りをしているようだ。窓の外で、家族や恋人たちが幸せそうに笑っている。すべてを失った自分と、なにかを作り上げた人たち。それに対する醜い嫉妬心がふつふつと沸き上がっていく。


「(そうか、私は幸せになりたかったんだ。どうして、権力に向かってしまったんだろう。そうすれば、私はすべてを失うこともなかった。路上生活や今の生活と比べれば、あの生活を維持できるだけでも天国だったのに……私は幸せになりたいだけだったのに。どうして、道を間違えたんだろう。でも、もうどうすることもできない。私は幸せになることもできないし、永遠に追われるだけの生活。なら、ここで終わってしまっても構わない)」


 子爵としては、娘を魔導士たちが自治権を持っていて、王国の力が及びにくいグランドブールに匿ったつもりだったのだろう。だが、それが完全に裏目に出てしまっていた。寒冷なグランドブールでは、彼女の弱った体は限界を迎えて精神の消耗も激しかった。だが、そもそも貴族の娘ひとりだけで王国をすべて敵に回して逃げるという計画自体に無理があった。


 体が熱くなる。焼けるように熱い。灼熱の溶岩の中にでも落とされたかのように苦しみながら、彼女は必死に耐えていた。


「せめて一人でも、私と同じ絶望を味あわせてやる。私一人では死ねない」


 熱にうなされながらも、自暴自棄となった復讐心は燃え上っていた。


「はぁはぁ、体が動く。すごい、自分の体じゃないみたい」

 彼女は力に満ちていた。体の感覚が研ぎ澄まされている。彼女はそこまで魔力の才能には恵まれていなかったが、ドーピングをすることでそれが限界まで高められていた。


「この匂い、知っている。マリアとラファエルがここにいる。あいつら、殺してやる。まずは、ラファエルを殺して、あの女が絶望する顔を見れたらどんなに幸せだろう。そうか、それが私の幸せなんだ」


 ゆがんだ感覚はついに崩壊を始めた。


 ※

 それはキスをしようとした瞬間だった。

 ラファエルは何かを察して、彼女を抱きかかえて守る。


 ラファエルが気づかなかったら、危なかっただろう。ふたりに2発の魔力が放たれていた。


「ラファエル様!?」

 マリアは、急にはじまった魔力攻撃に驚きつつ体を張って守ってくれたラファエルを支える。


「大丈夫です。かすっただけですから」

 謎の攻撃は、ラファエルの肩をかすめていた。その部分だけ服を溶かし、肩にわずかに血が付着していた。


「あはははは」と聖堂の周囲に狂ったような笑い声が響いた。


 ふたりはその声を聴いたことがあった。


「ミーサ子爵令嬢?」

 マリアは聖堂の上に足を組みながら高笑いしている女をにらみつけた。


「お久しぶりね、ふたりとも? あれそうでもなかったっけ?」

 すでに、薬物の効果と消耗で記憶に障害が生まれていた。


「どうしてここに。あなたは逮捕されて、王都に連行されたはずなのに」


「ふふ、そんなことどうだっていいじゃない。だって、あなたたちはここで死ぬのよ?」


 ミーサはすでに異形の表情に変わっていた。目は限界まで見開かれて、青い血管が浮かび上がっている。


 異常な姿だ。

 

「ラファエル様、ミーサさんの様子がおかしいです」


「ええ、そしてさっきの攻撃は完全に私たちを殺そうとする意志がありました。彼女がここまで魔力の使い手だとは思いませんでしたが……相手はとても危険です。私から離れないでください」


「ええ、わかったわ」


 ミーサは高笑いを続けている。


「ちなみに逃げようと思っても無駄よ。あんたたちが逃げたら、他の人間が犠牲になるわ。こんな風にね」


 ミーサはそう言うと、ためらいもなくぼう然とその様子を見ていた名も知らない少女に照準を定めて魔力を放つ。


「なっ!」

 ラファエルは素早く剣を抜き、少女の前に立った。剣を振るって、魔力を真っ二つに切断する。マリアが女の子の元に駆け寄り、彼女を保護するとその場からすぐに離れるようにうながす。少女の両親が慌てて近づいてきたので、マリアは両親に少女を託した。


「さすがね。よほどの剣の使い手ではなければ、できない魔力の切断ができるなんて。でもね、このままいけばあなたたちはじり貧になるでしょう。いつまで耐えることができるのかしらね」

 力に酔っていてまるで虫でも倒すかのような口調だった。


 ラファエルは何度も敵の攻撃を跳ね返す。しかし、それだけでは徐々に疲弊しているのがわかった。


 このままではまずいと思いつつもマリアは何もすることができない自分を恨めしく思った。


 そこに救いの声が届く。


「なめられたものだな。この街に狼藉するやつがいるとは?」


 ※

「くっ、スタンが出てくるなんて最悪。でもね、あんたの時代はもう終わっている。引退した元・最強が私を止められるわけがないっ!!」


 さすがに、王国最強の魔導士のことは忘れることができなかったようだ。ミーサはほんの少しだけ恐怖を感じていた。虚勢を張ることで、その恐怖を押しとどめようとする。


「そうかい。なら、やってみろ?」


「わたしをばかにするなぁぁああああぁぁっぁっぁああ」


 ミーサの攻撃は、長老に襲いかかる。だが、長老はすぐにその攻撃を分析し、最適の対処をおこなった。わずかに放たれた長老の魔力が、ミーサの攻撃を相殺した。


「なんだ口ほどにもないな」

 

「えっ! 嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だあああぁぁぁぁぁぁあああああ」


 自分の寿命を縮めて放った攻撃が簡単に防がれて、慌てて無差別攻撃を仕掛けた。だが……


「やらせるわけがないだろう?」


 長老は、いとも簡単に複数の魔力を制御しすべての攻撃を無効化した。


「なんで、なんで、なんで」


「おそらく、神水じんすいを服用したんだろう。追手から逃れるためか、それとも限界だった体をごまかすためか……どちらにしても、その様子ではこれ以上戦えば、命はないはずだ。降伏しろ」


「降伏? なんでぇ。私はこんなに強くなったのに。才能があるのよ。才能がない人間が嫉妬してるんじゃないわよぉ」


 ミーサは単調な攻撃を仕掛けることしかできない。だが、最強の魔導士にはそんな攻撃は通用しなかった。命を懸けての攻撃が無効化されることで絶望は深くなる。


「どうやら、限界だな。ラファエル君、後は任せたよ」


 降伏には応じなかったミーサを諦めてスタン長老はラファエルに合図を出す。


「えっ!?」

 スタン長老に気を取られていて、ラファエルの方を確認する余裕がなかったミーサは、いつの間にか飛び掛かってきたラファエルに対して反応が遅れる。そして、その油断を逃すほどラファエルは甘くない。


 これ以上の攻撃を許せば一般市民にまで犠牲が出るような状況であれば、ラファエルは躊躇しなかった。ラファエルの剣は、ミーサの体をとらえていた。


 みねうちではあったが、強烈な一撃を耐えることができるほど彼女には余裕がなかった。


「……っ」

 声も出ないほどの悲鳴を上げて彼女は崩れ落ちる。体勢を崩して、ミーサは屋根からゆっくりと落下する。落下した衝撃で彼女の体は鈍い音を立てた。


 息も絶え絶えながら苦しむミーサは、マリアを見つけた。


「せめ……て、お……え……だけ」

 ミーサは最後の力を振り絞り、マリアに攻撃しようと力をこめた。




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