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第52話雪だるま

 ふたりはひたすら雪を転がし続けた。

 マリアが頭の部分を担当し、ラファエルが体の部分を担当する。


「持ってきた防寒着セットに手袋が入っていてよかったですね」

 さすがにこれを素手でやってしまうとしもやけになってしまうと、ラファエルは苦笑した。


「ええ、思った以上に長い旅になってしまいましたが、準備は大事ですね」


 マリアは公爵家の当主だが、学園の卒業パーティーの後は特に予定が入っていなかった。王太子と結婚するための準備の期間だったため、いろんな行事の予定は入っていたのだが、彼女がその地位ではなくなってしまったため、すべてキャンセルになってしまった。


 だからこそ、こんなに長い期間、旅行できるのだ。


「ラファエル様、頭ができましたよ!!」


「こちらもできました。では、くっつけますか」


「はい!」

 元気な返事をしたマリアだったが、自分が作った頭を持ち上げようとするが、なかなか重くなってしまっているうえに、雪で滑って持ち上げにくくなってしまい苦戦する。


 少しバランスを崩し、凍結した足元のせいで転びそうになる。


「危ない」


 ラファエルは転びそうになったマリアの元に駆けより彼女の左手と背中をもって支える。力強く彼女を引き寄せようとしたことで、勢い余って二人の体は密着してしまう。マリアの柔らかい体の感触がラファエルに伝わる。逆に、ラファエルの鍛えられた体の力強さを直接感じてしまう。


 ふたりは思わぬ密着により、体温が上がり赤面する。その場は凍てつく寒さにもかかわらず、二人の体温は上がっていく。


「だ、大丈夫ですか、お嬢様?」


「え、ええ……ありがとう、ございます」


 ふたりは、あわてて体を離す。しかし、両者はこの時間が永遠に続けばいいのにと思っていた。名残惜しそうに、マリアはうつむいた。


「女性には重いものですからね、私がお持ちしますよ」

 ラファエルはそう言うと、頭の部分を壊さないように丁寧に持ち上げた。


「すごい」

 マリアは思わずそうつぶやく。過去の旅行でも何度も目の前で見ているはずの彼の力強さだが、彼の体に直接触れて感じる力強さはまた別の意味で別格だった。


 学問を追求し、体を鍛え上げた。王国最高の賢者でありながら、武術においても達人と言われるレベルまで鍛え上げたラファエルの人には見せない努力を考えると、鳥肌までたってしまう。


 そして、その絶大な力があっても、彼は理性を保ち続けている。他者には優しさをもって接することができる。


 そんなところに、自分は憧れたのだと、彼女は理解した。


 ※


―ミーサ視点―


「ここは……」

 朝、目が覚めたら、昨日の出来事は全部夢だったらいいのにと思っていた彼女の願望は打ち砕かれる。床で寝ていた彼女の目の前には、やはり抜けそうな木の床しかない。みすぼらしい場所で、ボロボロの毛布だけを頼りに痛み止めだけを飲んで無理やり寝たようだ。


 痛み止めが切れた体には、鈍痛が走っている。彼女は、振るえた手で水を飲み干す。表に出ることもできない現状では、井戸まで水を取りに行くこともできない。事前に用意されていた地下室の水が頼りない生命線だ。体が回復すれば、夜に井戸まで隠れていくこともできるかもしれないが……


 今のように傷だらけで体の至る所が痛い状況で、そんなリスクを取ることもできない。


 非常食セットの箱を開ける。何日も前に焼かれただろうカチカチの黒パンと、チーズと塩漬け肉を取り出して、なんとか口に含んだ。


 味なんて考えられるわけもない粗末な食事を食べる。本来ならば豪華な朝食を食べて、今日の予定を確認していたであろうはずの時刻に、こんなにみすぼらしい家で、ボロボロの床に転がりながら、生きるためだけの食事をする。


「なんでこんなことになってしまったの……」

 こんな生活は抜け出すことができたはずだったのに……


 堅いパンをなんとか水でふやかして食べるしかない。そんな状況を実感すると、自然と涙がでてきてしまう。味は素材そのままの味と塩漬け肉のしょっぱい味しかない。自分は何のために生きているのかもわからなくなるほどの状況だ。昨夜は復讐を誓ったが、そんなことは夢物語で自分はただ父親からの慈悲によってのみ、辛うじて生かされているだけだ。


 実際、内務卿たちがミーサを無事に王都まで護送できていたら、すべての責任は彼女が担うことになっていた。さすがに、自分の近親者を殺すことは王自身の評価にも関わることであり、そこまでのリスクを取ることはしなかった。実際に王子は時計塔で死ぬまで飼い殺しになる運命にある。


 だが、それでは民衆や貴族の不満は解消されない。すべての責任を背負う者が必要であり、それがミーサだった。


 彼女は本当であれば今ごろは裁判にかけられるための事情聴取をされていたことだろう。世紀の悪女としてレッテルを張られて、13階段(死刑台)に登ることが運命づけられていたはずだ。


 だが、ある意味では現状の生活も、普通の死刑よりも苦しいものになってしまったと言えるだろう。父親の愛は、彼女の尊厳を破壊してしまった。


「いやだ、いやだ、いやだ……もう、いやだあああぁぁぁぁぁあああああ」

 悲痛な後悔の声が家屋に反響する。

 神が与えた罰は、あまりにも残酷に彼女に突き刺さっていた。


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