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第49話ミーサ復活

「起きていますよ」

 ラファエルは優しくそう返した。


「ごめんなさい、ビックリしましたよね」

 何がとは聞かなくてもわかる。マリアにとっては相当勇気が必要なことだろう。ラファエルを呼び止めたことは……


「大丈夫ですよ。むしろ、嬉しかったです」


「えっ!?」


「だって、お嬢様は私の体調を心配してくれたから呼び止めてくれたんでしょう? その優しさが嬉しかったです」


 そう反応されるとは思わなかったのか、マリアの顔は真っ赤になった。だが、暗闇ではその様子は、ラファエルには伝わらない。それがマリアにとっては幸運なのかもしれないが、ふたりの距離を縮めるためには不幸なのかもしれない。


「そっか。勇気を出してよかったわ」

 えへへと、彼には見えないように布団に隠れて笑う。マリアは、この暗闇の中では身に着けていた鎧を脱ぎ捨てて、年相応の女性になっていた。ラファエルがもっと見たいと思っていた本当の彼女がすぐそこにいるのに、ラファエルには伝わらない。


「お嬢様は、本当に良く笑うようになりましたね。王宮にいた時とは、もう別人ですよ」


「そうね。私も毎日が明るく見えるわ。それはきっと……」

 それ以上先の言葉は飲み込んでしまった。


 恥ずかしすぎて何も言えなかったのだ。「あなたがずっとそばにいてくれるから。世界が美しく見える」なんて、気高くあれと教育された彼女にはハードルが高すぎた。その一歩が踏み出せないことが、ふたりの身分差などの障壁を表しているのかもしれない。


「よかったです。お嬢様が本当に笑える日を一緒に向かえてみたいです」


「本当に笑える日?」


「ええ、本当に笑える日です」


 ラファエルは静かに笑った。

 ラファエルは、夢を見ていた。彼女が貴族や公爵家の当主としてではなく、ひとりの女性として、ひとりの人間として自分とは接してほしい。そういう気持ちを込めた本心だった。


 賢いマリアだが、そう生きることしかできない環境で育ったため、ラファエルの真意を理解することができなかったのだ。


 だから、曖昧な言葉になってしまう。


「寒いですね、外は雪も降っているし」


「明日は、白い世界かもしれませんね」


 第3者から見れば、お互いを大切に思っているふたり。

 だが、当人同士の間には、外の雪のように伝えられない言葉が積もっていく。


 ※


―ミーサ視点―


 マリアとラファエルが、一歩踏み出せない夜を過ごしている間に、彼女は現実に絶望していた。


 ここは古いボロボロの小屋だ。子爵家の持ち物だったはずなのに、こんな隠れ家しか用意できなかったのは、政府に知られないようにするためだ。子爵家の主要な不動産の位置は、政府にほとんど知られている。だからこそ、ノーマークなはずの物はここくらいしかなかった。


「寒い。また、すべてを失ったのね。小さいころと一緒。お母さんは、私を残して死んじゃって……何もなくてひとりで物乞いをしながら生きていた」


 ミーサは自分の幼少期を思い出していた。自分でも凄惨な生い立ちだと思う。

 貴族の隠し子として、父親に捨てられて……

 母は必死に自分を育てようとしたけど、無理がたたって病気になってしまい自分を残して死んでしまった。

 頼る者がいない彼女は、ストリートチルドレンとして1年過ごした。子供同士で食べ物を奪い合うような地獄。商店から食べ物を盗み損ねた友達が、店主に捕まって隠れ家に帰ってこなかったことなんて何度もある。


「私はずっと地獄に生きてきた。大丈夫、またやりなおせばいいわ。あのころに比べたら、今は天国よ。私は文字も読めるようになった。女としての武器だって自覚した。そして、復讐してやるわ。あいつらに……私のすべてを奪ったあいつらに……」


 彼女はなんとか毛布で寒さをしのぐ。父親の手によって転移して約半日。ここはどこかの街のようだが、どこに追手がいるのかわからない。だからこそ、今日一日はここで隠れて過ごしていた。執事もメイドも誰もいないボロボロの家屋。床下には、保存食と水だけが辛うじて用意されていた。


 あの父親には、親の愛なんて感じたこともなかった。子爵家を継ぐはずだった息子が死んだせいで、自分を代わりにした男だ。


「私を引き取っても話という話をせずに、最後だけ父親気取り。ムカつく」


 あの状況で逃げきれるわけがない。自分の最後の肉親は死んだと諦めている。もともと、あってないようなものだ。


「子爵家に引き取られて、何でも持っている貴族の子供たちが憎たらしかった。あいつらは何でも持っている。食べられない世界なんて知らない。なのに、あいつらは文句ばかり」


 そんな貴族を彼女は内心バカにしていた。だが、すべてを持っている女がいたのだ。さらに、彼女は周囲の尊敬を集めていて、次期国母という地位まで兼ね備えていた。


「あいつが、私と同じようにすべてを失ったらどんな顔をするんだろうな」

 そう思って王太子にちょっかいをかけた。だが、あの女は少しもダメージを受けなかった。それによって、彼女は復讐の心がふつふつと湧き出てくる。


「なら、ラファエルを失えば、どうかしらね?」

 


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