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第47話眠れない夜

 夕食を終えたふたりは、レストランの店主がおススメしてくれた宿に向かう。祭りの前の日のせいでほとんどの宿はいっぱいだった。だから、地元の人だけが知っている隠れ家的な宿しか空いていない。


 ふたりは、ある程度宿賃が高いところを紹介してもらった。そちらのほうが空いていることが多いからだ。


「あの二人泊まれるでしょうか?」

 ラファエルは宿の受付でそう聞く。


「ええ、大丈夫ですよ。あなたたちは運がいいですね。《《最後の一部屋》》が残ってますよ」


「ええ、ではそちらでお願いします。よろしいですか、お嬢様?」

 ラファエルは、即断した。


「えっ、ええ」

 彼女は少しだけ油断を突かれたのだ。普通なら動揺して何も言えなかったはずなのだから。


「では、受付票を書きます」

 ラファエルは得意の事務手続きを素早く終えていく。


 その背中を見ながら、彼女はやっと重要なことに気がついた。

 先ほどの店主はこう言ったのだ。


「運がいいですね。最後の一部屋が残っている」と。


 いつもなら寝る部屋だけは分けていた。だが、この宿に残った空き部屋はひとつだけ。つまり、いつもなら2つ取れている部屋がひとつだけになっているということに……


 これは、つまり何を意味するのか。


「(まさか、私、ラファエル様と同じ部屋で眠るの?)」

 ラファエルの手続きを見ながら、彼女は変な汗を背中にかいていた。

 心の準備ができていない。そもそも、彼は部屋が一つだけしか取れていないことに気づいていないのかもしれない。


 それとも、向こうはもうすでに決心を固めているの? いや、きっとそうなのだ。ここに来るまでの馬車での言葉がその証拠。


 ※


「ええ、もちろんですよ。お嬢様が許して下さるなら、私はあなたと一緒に過ごしていきたいです」


「大丈夫ですよ。すぐに、言葉が欲しいわけではありません。そもそも、昨夜にあんなに大変なことが起きたばかりなのに、私がこの言葉を言うべきではなかったのかもしれませんからね。お嬢様が言葉を発したいと思えるまで、私は待ち続けますから」



 ※


 つい、数時間前の言葉は、間違いなく愛の告白だった。

 もしかしたら……その言葉がトリガーなのかもしれないと彼女は頭の中を整理する。


 だが、不思議と嫌な気分はなかった。むしろ、彼だからこそ許せるという面もある。


「では、行きましょうか、お嬢様」

 手続きが完了し、彼女はエスコートされながら緊張しながら部屋に向かった。

 ラファエルはいつものように優しい笑顔で彼女の手を優しく引いていった。


 ※


 そして、ふたりは今夜泊まる部屋に入った。


 マリアは落ち着きがなくきょろきょろしている。いろんな感情が入り乱れていて落ち着かないのだ。心臓は、隣にいるラファエルまで聞こえてしまうのではないかと不安になるくらい高鳴っていた。


「荷物は、この椅子のところに置いておきますね」

 

「えっ?」


 普通の話をしているはずなのに、マリアの声は上ずってしまう。その様子に彼は怪訝そうな顔をしていた。


「大丈夫ですか、お嬢様?」


「ええ、ごめんなさい。少しボーっとしていただけだから。何?」


「ですから、手荷物はここに置いておきますよと」


「ああ、手荷物ね。ありがとう」


「大丈夫ですか。もしかして、この前の体調不良がぶり返してきたのでは?」

 どれどれとラファエルは、すぐに彼女の額に手をかざした。マリアは緊張しながら聞こえないように声にならない悲鳴を上げる。


「大丈夫、だいじょうぶよ」


「うん、そうですね。熱はなさそうだ。でも、頬が真っ赤です。もしかして、寒いのですか? 暖炉の火をもう少し強めましょうか?」


「大丈夫、すぐに治るわ。気にしないで」

 まさか、ラファエルと同じ部屋で寝ることに緊張しているなど言えるわけもなく……マリアはひとりで体温を上げていた。


「なら、いいのですが……」


 彼は、心配そうに彼女の顔を見つめた。

 彼の顔が近くなったことで、彼女はますます緊張する。美しく優し気な彼の表情が、さらに彼女の心音を早めていく。


「では、また明日の朝に」

 ラファエルはそう言って部屋を出て行こうとする。


「えっ!?」

 彼女は驚いた。まさか、ラファエルの口からそんなことを言われるとは思っていない。


「さすがに、お嬢様と同じ部屋で眠ることはできませんよ。私は別の宿かもし空いていないようなら馬車で寝ますので、ご心配なく。ここは2人部屋しか用意できないと言っていたので……」


 自分の一人相撲だったと気づいた彼女は、さらに顔を真っ赤にした。


 自分のことを大事にしてくれている彼の優しさとほんの少し残念に思う気持ちが同居する。


「ああ、そうなんだ」


 外では今年初めての雪が舞っていた。明るく輝く街と神秘的な空から舞う雪のコントラストがとても印象的な夜だ。


 彼は優しく笑うと廊下へと向かう。


 そして、次の言葉は刹那せつな的に出たものだった。

 彼女はもう自分の気持ちを制御できそうになかった。


「待って、ラファエル様?」

 彼女は、ラファエルの右腕の袖を頼りなくつねる。


「えっ?」

 驚いたラファエルが振りむいた。


「こんなに寒い日に外で寝たら、風邪ひいちゃうよ」

 おびえた小動物のように震えながら、彼女はラファエルを引き止めた。


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