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第41話王子は逃走者

「どうしてこうなったんだ……」

 王太子とミーサのふたりはなんとか歩いてシーセイルの街にたどり着いた。

 王都を脱出するために、数多くの困難を乗り越えた。


 自分の護衛の排除、関門を通らないルートでの逃走。船業者を買収し、王都からシーセイルまでの移動手段を確保するまでは完璧だった。だが、そこから少しずつ歯車が狂っていった。


 まず、違法操業している船業者しか王太子たちに船を融通しなかったせいで、彼らはだまされたのだ。見た目は立派な船だったが、それはあくまで外見だけで中身はボロボロだった。辛うじて浮いているのが奇跡というレベルで、少し動かしたらそこから水があふれてきた。


 違法業者は、完全に二人よりも上手だった。


「いいですよ。私たちは金さえもらえれば、あなたたちの素性なんて気にしません。それよりも急いでいるのでしょう? さあさあ、こちらを使ってください。ねっ? とてもきれいな船でしょう。あなたたちのように美しい人たちにはこちらがお似合いですよ」


 業者は、完全にわかっていた。こいつらには時間がないことを。そして、船のことは完全にシロウトだということも。さらに、こんな急に自分たちのような違法操業している者たちを使うのは絶対に訳ありだ。


 つまり、王太子たちにボロボロの船を貸しても、こちらに戻って何かを要求されることもないのだ。彼らは、どこかに逃げださなくてはいけないのだから。おそらく、罪人だろうと業者は確信していた。ならば、ありったけの金をむしり取って、ただ見送ればいい。船頭たちには、「頃合いを見て逃げ出せ、持っている財宝をいくらかくすねてな」と申しつけておいた。


 完全に王太子たちはカモにされたのだ。


 数時間程度、船を進めると、船底からは水が入ってきた。船頭たちの工作である。彼らは客をパニックにさせて、いくらかの宝石などを盗み出すと水の中に消えてしまった。取り残された王太子たちは、なんとかしようとするも、船のことなどわからない。結局、船は沈没し、彼らが王宮から持ち出した亡命資金や貴金属のほとんどは水の底へと消えていった。


 少なからぬ護衛たちもおぼれてしまい、王太子たちはなんとか岸へとたどり着くと徒歩でシーセイルに向かうしかなかった。


「どうしてこんなことになるのよ! 全部、なくなちゃったっ!!」


 ミーサは、業者を自分で手配したことなど忘れて悪態をついている。結局のところ、彼女の計画には無理があった。1対1で精神的に有利な状況を作り出すならば、彼女の右に出る者はそうそういないだろう。だが、今回のような計画を遂行するには不適当な人間だった。


「大丈夫だよ、ミーサ。シーセイルの街までたどり着けば、ピエール提督が絶対に助けてくれる。大丈夫だ」

 王太子は何とか彼女を勇気づけて、歩き続けた。途中で旅人の馬車を実力で奪い、必死に前に進みついにシーセイルの街までたどり着いたのだ。


 そして、破滅の時は近づいていく。


 ※


 ふたりの服は破れて、体のいたるところに傷ができている。だが、なんとかシーセイルの街までたどり着いたのだ。


 王都を出るまでは10人いたはずの一団は、4人にまで数を減らしていた。

 脱落した者たちは悲惨な最期を遂げている。悪徳業者の船頭によって口封じのために殺された者。船が沈んだ際に溺死した者。なんとか岸までたどり着いたものの、そこで力尽きた者。大貴族や一流の近衛騎士団のメンバーだったはずの者が因果応報でこんなに悲惨な人生の破滅を味わっていた。


「殿下、本当に大丈夫なのですよね? 私たち助かるんですよね?」

 自分を上回る悪によってプライドが粉々にされたミーサは弱気になっていた。


「大丈夫だ。絶対に……」

 王太子はそう言うしかなかった。


 そして、奪った馬車は約束していた倉庫にたどり着いたのだ。王都を出る前にピエール提督には密書を送付していた。使者は提督から二つ返事をもらっていた。だから、大丈夫だ。そう信じるしかない。


 その倉庫は何もなかった。入り口は二つあり、彼らは北の入口からそこに入った。おかしいと思う。たしか、ここは食糧庫だ。なのに、なにもない。


 そして、定刻になった。


 反対の南の入口から提督が入ってきた。護衛の兵士2人と共に。


「ああ、ピエール提督!!」

 王太子は、心の底から彼の姿を見て安心する。


「殿下、ご無事ですか?」


「はい、殿下。しかし、追手から逃れるために、ほとんどの物資を失ってしまいました。お恥ずかしい限りですが、なにか食べるものと防寒着などをいただけると嬉しいのですが?」


 すでに、季節は秋だ。かなり、肌寒い。

 ふたりの着替えは川の底に沈み、来ている服ももうボロボロだ。


「……」

 だが、提督は王太子の言葉に何も返事をしない。


「提督どうなされたのですか?」

 嫌な予感がして王太子は提督にすがるようににじり寄る。


「殿下、残念ながら罪人であるあなたたちに国家の持ち物を提供することなどできません」


 罪人という言葉に反応してミーサは激高した。

「何を言っているの!? 私たちはこの国の次期後継者よ」


「残念ながら、殿下はもう王太子ではありません。あなたは本日をもって廃嫡されました。あなたは国家を転覆する計画を企てて失敗し、逃亡した犯罪者です」


「は、んざい、しゃ?」


「私は国家に仕える者としてこれ以上、あなたを助けることはできなくなりました。申し訳ございません。せめて、あなたの命だけは保障されるように国王陛下にお願いするつもりです」


「裏切ったな、ピエールっ!!」

 すぐに、残っていた二人の護衛は南の入口を開き逃亡ルートを確保しようとしたが……


「「うわっ」」


 護衛の側近たちは、姿を見せた瞬間に矢で射抜かれて絶命する。


「なっ……」


「すでに、この倉庫は包囲されています。あの二人のようになりたくなかったら降伏してください」


 怒りに震える王子は、剣を抜いた。


「ならば、せめてお前だけは殺してやる、ピエールっ!!」


 しかし、その攻撃は簡単に弾かれてしまう。脇に控えていた護衛の兵士によって。

 深くかぶっていたフードを取ると、そこには……


「なんで、お前たちがここに……ラファエル、そして、マリア……」


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