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第40話潜伏

「潜伏とはまた、物騒なことを……仮に王太子殿下が誘拐されていたらどうするのです?」


「誘拐? ありえませんわ。この国で一番警備が厳重である王宮で誘拐なんてリスクが高すぎます。私なら、そんなことはしない。それに王太子殿下を誘拐したとしても、犯人グループから何の声明もないのはおかしいではないですか。さらに、普通であれば戒厳令が敷かれるほどの緊急事態です。しかし、中央はそんな様子もない。つまり、殿下は犯罪に巻き込まれたわけではなく、自分から王宮を抜け出したということでしょう」


 マリアの探偵のような冷静な分析に提督は圧倒されていた。


「(優秀だとは聞いていたが、まさかここまでとは……脇にいるラファエル執事の入れ知恵か?)」


 提督は、主導権を失って防戦一方だ。


「そして、あなたは私たちにこう言い訳するでしょう。殿下がここに来るなんてありえない。王都からシーセイルの街までは遠すぎる。違いますか?」


「……」


 自分の言い訳すらも当てられてしまい、ピエールは真っ青になった。


「ですが、王太子殿下がここに来るのは必然なんですよ。殿下たちが国境を越境するなら、陸路か海路です。ですが、こんな大騒ぎになってしまった以上、陸路からの脱出は不可能でしょう。なので、選択肢は海路に限定されます」


 マリアは一息ついた。これも彼女たちの作戦だ。相手に一度、猶予を与えて自分の立ち位置を把握させる。完全にこちらが有利だから、ピエールは動揺して自滅へと向かうだろう。それを狙っていた。


「さらに、王都付近の港はすでに国王陛下が封鎖しているはずです。よって、防備が手薄な王都とは反対方向の港を狙うのが一番でしょう。そして、ピエール提督が指揮権を持っているこちらのシーセイルが一番有力な場所です。あなたは、王太子殿下の実の父上とも仲が良かったですからね」


「はっ……」

 すでに、完全に情報を掌握されたことで提督は背中から冷や汗をかき始めていた。

 逆に、マリアとラファエルは船長から確定的な情報を教えてもらっているのを隠していた。そちらのほうがより得体の知れない恐怖を相手に与えることができる。


「ですので、もう一度聞きます、提督。あなたは、殿下たちをかくまっているのではないですか? 今ならまだ引き返せますよ」


 提督は焦って対策を講じ始めた。いっそのこと、このままふたりを殺してしまい、自分は海外に逃亡してしまえば……


 そういう短絡的な考えが頭によぎっていた。二人が使っていた馬車も公爵家所有のものではなく一般的なものだった。つまり、兵力は連れていない。


 ふたりをここで殺してしまって、海にでも遺体を捨ててしまえば……


 王太子を連れて逃げる時間的な余裕は作り出せる。提督はゆっくりと腰にかけた剣に手を伸ばした……


 ※


 提督は、二人に気づかれないようにゆっくりと剣に手を伸ばす。


「(この小娘がぁ、言わせておけばっ!!)」

 さすがに、海軍の司令長官まで昇進した男だ。身分では上だが、二回り以上年下のマリアにここまで論破されてしまえば、プライドが傷つき暴走する。


 だが、それすらもマリア達にとっては想定内だった。あえて、提督を論破し逃げ場がないところまで追い詰めて暴発させている。


 そうすれば、すべてをしゃべってくれるからだ。怒りに狂った人間の口は最も軽くなることをふたりは理解していた。


「死ね、小娘っ!!」


 マリアに向かって剣を振るう提督であったが、彼の剣先はラファエルの剣によって簡単に止められてしまった。


 奇襲が成功することを確信していた提督は、「なっ」という驚きの声と共に固まってしまう。まさか、止められるとは思っていなかったのだ。


「閣下、どういうおつもりですか? 4大公爵家の当主に向かって、剣を振るうなど……錯乱なさいましたかな?」

 ラファエルは余裕の笑みで、マリアを守りきり提督のみぞおちを左手で強打する。


「ぐぁ」

 短い悲鳴と共に、提督はうずくまり手から落下した剣はラファエルによって回収された。


「提督、残念ながらあなたの行動は読めていました。あなたを追い詰めれば、無言の自供をしてくれると……私に剣を振ったことで、あなたは私の問いに『イエス』と答えたことになります」


「はぁはぁ」


 ラファエルは提督がこれ以上動かないように剣を向けた。そして、ラファエルはマリアに続けて彼を追い詰める。


「提督、あなたは完全に読み間違えました。私とマリア様が一緒に行動していることに、疑問を持たなかったことが最大のミスです」


「なんだと」


「そもそも、おかしいとは思いませんでしたか? 私とマリア様が一緒に殿下の元を追放されたことも……その直後に、王太子様は自分の立場を失い坂を転げ落ちるように転落したことも……そして、殿下が行方をくらませた時に、私たちが都合よくここにいることも……」


 完全にブラフだったが、ここまで偶然の要素がそろえば、他人から見れば必然に変わる。あとは、勝手に提督の頭の中で補完してくれる。


「まさか、この状況はお前たちが作り出したのか……そうか、王太子殿下の婚約者と側近という立場は、あくまでも隠れみの。対立する国王陛下から派遣された殿下を監視するスパイだと。たしかに、そう言われれば、平民出身のラファエルが異例の出世をしたことも納得がいく」


 ふたりの狙いは、完璧だった。ここまで思い込んでくれれば、提督は完全に観念してくれる。


「提督、最後のチャンスです。正直に言ってくれれば、私に剣を向けたことは水に流します。辞職していただきますが、あなたの身の安全だけは保障します。まだ、引き返せますよ。王太子殿下の居場所を教えてください」


 マリアは慈愛をこめて最後のチャンスを作り出す。精神的にも肉体的にも敗北した提督は、その慈悲にすがるしかなくなった。


 圧倒的な敗北を味わった人間は、もろくなる。そんなところに勝者から優しさを向けられた堕ちるしかない。


「今日の21時に軍港の倉庫で落ち合うことになっています」

 提督は観念しすべてを白状した。


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