第39話公爵家の重み
―シーセイル海軍基地―
マリア達が船上パーティーを楽しんだ翌日。
シーセイルの海軍基地では50代の老将軍が、執務室で悩み続けていた。これは自分の運命を分けるものだと理解していた。だからこそ、どの選択をすればよいのかわからなかったのだ。
「どうすればいい……」
ピエール艦隊司令は悩んでいた。王太子がこちらに向かっているという連絡があった。彼らは、シーセイル艦隊に自分たちの保護を依頼してきた。王太子が王都から姿を消したという報告を聞いて、彼らがこちらに向かってくることかもしれないと思っていた。
だが、国王陛下の命令では彼らを探し出して確保しなくてはいけない。
匿ってしまえば、国王陛下に対する背信行為である。おそらく、王太子たちはシーセイル艦隊の軍艦を使って国外に亡命を図ろうとするだろう。それに加担すれば、自分も反逆者だ。
本来の軍人としての正義を取るなら、彼らを逮捕し国王陛下に差し出すべきだろう。だが……
王太子からの手紙にはこう書かれていた。
『仮に、俺たちを政府に差し出しても無駄だ。俺の派閥は徹底的に粛清される。お前も、すぐに司令官を解任されて、幽閉されるだろう。ならば、一緒に国外に亡命して情報を売った金で楽しく暮らそう』と……
それに心が動かされていないとは言えなかった。
これ以上の出世だけでなく、自分の人生すべてを賭けたものが壊されようとしている。それも、自分が信じた国によってそれを取り上げられようとしている。
自暴自棄になっていた。
「こうなったやるしかないのか……」
今なら自分と副官以外は手紙の存在を知らない。大丈夫だ。チャンスは今しかない。
そう決心したところで、副官が息を切らして部屋に入ってきた。
「閣下、大変です。入口に……」
※
―海軍基地入口―
海軍基地は許可なき者は立ち入りできない。
入口はふたりの衛兵がしっかりと警護していた。
その衛兵たちの前に一台の見慣れぬ馬車が走ってきたのだ。
「止まれ! ここは立入禁止区域だぞ!!」
馬車はゆっくりと止まった。止まった馬車からは二人の男女が出てくる。
ドレスを着た女がこう言った。
「ピエール提督に面会を希望します」
「何をバカなことを言っている!! そんなことができるわけがなかろう」
衛兵は槍を二人組に向けながら威嚇する。
「あなた方は誰に武器を向けているのか、わかっているのかしら?」
可愛らしい容姿の美少女が、まるで老練な政治家のように冷たい口調になったことで、衛兵たちは絶句する。
「私は、オルソン公爵家の現当主・マリアです。提督とは、国家の安全保障について重大な話をしなければいけません。ですから、ここを開けて下さい」
その名前を聞いて、衛兵たちは慌てて槍を捨てて敬礼した。王国4大公爵家の当主であり、王太子の前婚約者だ。よく見れば何度も公の行事で顔を見たことがあった。
「失礼しました。マリア様!! どうぞ、こちらへ……」
マリアとラファエルは戦場へと歩いていく。
※
衛兵たちに案内されて、ふたりは基地の内部に入る。本来であれば、予約もなしに民間人が入ることができるはずもない。だが、4大公爵家の1角を占めるオルソン公爵家の当主であれば、話は別である。
公爵家は王族に限りなく近い一族であり、国政においても特権的な役割を持っていた。国王と直接面会できる権利。法令を超えない範囲での行政への介入権。小国に匹敵する領土と自治権などなど。
仮に4大公爵家のひとつが反乱を起こそうものなら、それは血で血を洗う内戦として歴史に語られることになるだろう。
海上交通の要衝であるシーセイルは国王の直轄地であり、オルソン公爵家と言えども直接的な介入はできない。だが、それはあくまで国王が拒否した場合であり、今回の場合は司令官との面会要求程度であればたいていの場合は拒否ができない。
ふたりは応接室に通されて、豪華な椅子に座りピエール提督を待っていた。
「お待たせしました。私が、シーセイル艦隊司令長官・ピエールです」
おずおずとピエールは入ってきた。彼は、ふたりがわざわざ自分の元に来た理由を理解できないでいた。
王太子殿下の元・婚約者と元・側近がこのタイミングで面会を求めてきた。求められるのは、「王太子の亡命に手を貸して欲しい」か、それとも……
「突然の来訪にもかかわらず、お時間を作っていただきありがとうございます、提督」
「いえ、オルソン卿の頼みであれば……」
「ありがとうございます。では、単刀直入に……」
「お茶の準備をさせていますので、もうしばらくお待ち……」
どうやら、かなり動揺しているらしい。マリア達はその様子を見て、船長の話が本当だと悟る。
「提督、私たちはお茶を飲むためにここに来ているわけではありません。ですから、お気になさらずに」
「(ぐっ……)」
提督は時間を伸ばすことを諦めた。ある程度、時間を稼いでふたりから情報を聞き出そうとしていたのだが、この場の主導権は完全に若いふたりに握られてしまっていた。若い女貴族と侮っていた気持ちがなかったとも言えないが、すでに彼の心からはそんな余裕はなくなってしまった。
こうなった以上は、自分からは何も話さないようにしよう。提督は情けなく、そう決断する。彼らが王太子の敵だった場合を考えると、それしかない。
「それでは、ここに来た目的をお話したいと思います」
「……」
「提督と、行方不明になった王太子殿下の件でお話があるのです。これは国家の趨勢に関わることですので」
主導権を完全に握ったマリアが、ついに切り出した。
「我々は、殿下がこのシーセイル付近に潜伏しているのではと考えているのです」




