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第36話遊覧航海

 そして、翌日。マリアとラファエルは港にいた。青く輝く美しい海と静かな波の音。


 心地よい潮風を受けながら。完全に復調したマリアはたしかな足取りで歩く。ラファエルはそれを見て、満足そうに笑った。よかった、安心した。その気持ちがこもった心からの笑顔だった。


「もう、体調は大丈夫そうですね」


「ありがとう! ラファエル様に看病してもらったおかげよ」


「先生のお薬もすぐに効きましたね。本当に良かった」


 こうして、ふたりは観光を再開した。今日は港から遊覧船に乗って、海からシーセイルの街を眺めるツアーに応募した。遊覧船からシーセイルを眺めるのは、この街の有名な観光コースだ。


 これは軍が老朽艦を有効活用するためにおこなっている施策のひとつだ。

 老朽艦から武器を取り払い、遊覧船にしているのだ。


 民間船は小型なものが多すぎる。大きなものは物流や漁船に使われていて、せっかくのシーセイルの海を観光でうまく扱えていなかった。そこに目をつけた軍は、老朽艦の有効活用のために、軍が経営する観光会社を作り予算獲得に乗り出したわけだ。あと、軍を退役したものが無職になるのを防ぐ意味合いもある。


 この遊覧船は、軍を退役したベテラン船乗りによって運営されている。コックもベテランだ。そもそも、狭い軍艦では食事が一番の楽しみになる。下手な料理を出そうものなら、船乗りたちが反乱を起こす可能性もある。まずい食事は船乗りにとっては生死の境界にもなる。


 だからこそ、コックの腕も重要なのだ。氷魔力によって食品の鮮度を維持しやすくなったことで、軍艦の食事は陸上のレストランとそん色ないレベルにまで上がっている。


 遊覧船で街を見る絶景を見ながら、コックたちが作ってくれた料理を食べるのがこの街の大きな観光資源だ。


 ベテラン船乗りたちによって運営される遊覧船は、下手な軍艦よりも安全というふれこみもある。


 二人は遊覧船に乗船した。帆を上げてゆっくりと船が進む。この軍艦は魔力による推進力も導入されているため、安定的に進むことができる。


 観光客らしき人たちも50人以上が乗っているように見えた。

 船の上を海鳥たちが優雅に飛んでいく。少しずつ陸地から離れていく。


「紳士・淑女の皆さん! 私が元海軍大佐でありこちらの遊覧船グリーンシップ号、船長のハルでございます。この度はシーセイル遊覧航海に参加していただきありがとうございます。皆様にとってすてきな2時間になりますよう我々船員たち一同願っているところであります」


 楽しい船旅が始まった。


 ※


 船長の挨拶が終わると、旅行客は歓談タイムとなる。

 潮風が気持ちよく、鳥の声によって非日常感が強くなる。


「すごく気持ちいいわね」


「そうですね、お嬢様」

 ふたりは、きらきら光る海を見つめて笑う。この平和な瞬間が永遠になればいいのにとマリアは思っていた。


「ウェルカムドリンクはいかがいたしますか?」

 ボーイさんが来てくれた。簡単な船上パーティーのような感じだ。


「では、私たちはフルーツジュースを」

 ラファエルはそう言って2つのグラスを受け取った。体調不良明けのマリアを気遣って、アルコールではなくフルーツジュースにしたのはラファエルのちょっとした気遣いだった。


 もちろん、マリアにもそれは伝わりひそかに嬉しく思っていた。


「どうぞ、お嬢様」


「ありがとう!」

 このありがとうには、たくさんの意味が込められている。ラファエルもそれはわかっていて、嬉しそうに笑みを返した。


 その紳士的な仕草によって、またマリアはドキドキしてしまう。


「夕食は、16時ごろに用意させていただきます。会場は、そちらの入り口を降りたところにあるレストランですので、時間前にお集まりください。メインディッシュは、シーフードとビーフが選べますが、いかがいたしますか?」


 レストランは、士官食堂を改造して作ったものらしい。そちらは、景色がよく見えるので、客用のオーシャンビュー式レストランにしたようだ。


 長距離航海なら痛みが早い肉や野菜は制限されるが、今回のような遊覧航海なら新鮮な食材は簡単に手に入る。港で詰め込めばいいのだから……だから、ベテランの海のコックは、制限もほとんどなしに料理ができるのだ。


 この遊覧航海中の食事は、陸上の有名レストランに匹敵するほど美味しいと評判だった。


「シーフードでお願いします」


「私も」

 ふたりはシーフード料理をお願いする。


「承知しました。それでは、おくつろぎください。向こうの休憩室には、簡単なお菓子や飲み物を用意していますので……」


 そう言ってボーイさんは、他のお客さんの元へと向かう。


「至れり尽くせりとは、こう言うことね」


「さすが元軍人たちです。手際よく、それでいて礼儀正しい」

 ラファエルも、執事としての視点で彼らを褒めた。


「楽しい時間になりそうね」

 つい先日まで、ラファエルに迷惑をかけてしまった。マリアはずっとそれを気に病んでいた。だからこそ、その感謝のためにこの豪華な遊覧船旅行を予約したのだ。


 特別な時間を作りたい。

 その彼女の気持ちは、少しずつ形作られていく。


 幸せな時間は深まりつつあった。


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