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第33話マッシュルームの鉄板焼き

 昼間に、ラファエルは近くの医者をコテージに呼んできて、マリアを診察してもらった。マリアは大げさと言って断ったのだが、ラファエルはなにかあったら大変だからと半ば強引に連れてきたわけだが……


 医者は、マリアの症状を聞いてうなずく。念のため紙を丸めて筒状にして、彼女の胸の音を聞いた。これはその医者オリジナルの技術らしい。胸の音に乱れがある場合は、大変なことになるからと身に着けた物らしい。


「ふむ。心音に異常はありませんな。少しだけ脈が速い気がしますが。症状は軽い貧血と発熱。原因は、過労ですな。聞くに王都からここまで旅行なさって来たのでしょう。その移動の疲れが出たんだと思いますぞ。旦那様から聞きましたが、今は野菜のスープとフルーツを引き続き食べてゆっくり寝てくださいな。あとは疲労回復効果があるこちらの薬を食後に飲めば、明日には普通に動けるようになりますな。ゆっくり休んでくだされ、奥様」


 やや小太りの優しそうな医者は彼女にそう言った。ラファエルは、医者に自分たちが大商人の夫妻だと説明した様子だった。本当のことを言えば角が立つ。だからこそ、そう言った嘘をついたのだろうが……


「旦那様……奥様?」


 マリアはその言葉を聞いて、顔を真っ赤にしてしまった。

 嬉し恥ずかしい。もし、将来、そう呼ばれる関係になったらどんなにいいことだろうか。


 マリアは嬉しすぎて、顔を下に向けて悟られないように笑った。自分でも気持ち悪いと分かっていながらも、我慢することができなかった。


 感情が暴走している。


「ええ……ああ、そうでしたな。ご新婚の若いおふたりはその言葉だけでも恥ずかしいものですからな。これは失敬した。優しい旦那様でよかったですな、奥様?」


「は……はい」


「初々しい反応で心が洗われるようですわ。では、老いぼれはここで退散しますかな。あとはお若いおふたりで……薬は旦那様に渡しておきますので、食後に飲んでくださいな」


 そう言うと、ちょっと下世話な医者は笑いながら寝室を出ていった。取り残されたふたりは、恥ずかしそうに苦笑いした。


 いたたまれないようにラファエルは「お医者様を送っていきます」と何とか声を出して、その場を退出した。


「旦那様、奥様、かぁ」

 彼女は、うっとりとしながら窓から見える青天の空を見つめた。

 夢うつつにそうあって欲しい将来を考える。


 それが実現したとしたら……


 たぶん自分は、王妃様になる以上にそうなった方が幸せなんだと思う。


 彼女はそう結論付けて目を閉じる。

 彼女は幸せな眠りについた。


 ※


 医者の薬を飲んでゆっくり寝ると、マリアは次の日には歩けるまでに回復した。それでもラファエルは心配して「もう1日寝ていた方がいいのでは?」と言ってくれたが、マリアはさすがに暇を持て余していた。


 ベッドで寝ているだけでは、ずっとラファエルのことを考えてしまうのも大きい。邪念を生まないためにも少しは行動したい。それがマリアの本心だ。


「ならば、軽く外で食事をするくらいにしましょう」

 ラファエルはこう妥協してくれたので、マリアも「そうね」と頷いた。すでに食欲は回復していたし、ラファエルにこれ以上面倒を見てもらうのも申し訳なかったから……


 ふたりはコテージから少し歩いたところにある海鮮レストランに足を運んだ。


 ※


 医者から教えてもらった評判がいいレストランは、海がよく見える場所にあった。

 海を見ながら食事ができるので、バカンス中の貴族にも人気があるらしい。


「いらっしゃいませ! あらあら、お可愛いお嬢さんですね。新婚さん?」

 店のおばさんは、マリアたちのことを見て元気に笑う。


「ええ、そんなところです」

 ラファエルが冷静に答えると、マリアはドキドキしながら頷いた。


「そうなの。なら、サービスしておくわね。今日は、いいエビとマッシュルームが入っているからね。是非食べて言ってちょうだい」


 木製の海の小屋をイメージして作られたそのレストランは、涼しい海の風に包まれている。


 ふたりは、おばさんがおススメしてくれた「おすすめセット」という料理を注文する。


 前菜は、マッシュルームの鉄板焼きだった。


「熱いから気をつけて食べてね!」

 豪快な海の女はそう言いながら笑った。彼女は忙しい接客中でも常に笑顔を絶やさない。見ているだけで楽しくなれる。


 マッシュルームの鉄板焼きは、キノコの中央部をくりぬいて、そこにパセリとニンニクを詰め込んで焼いたものだ。塩とオリーブオイルのシンプルな味付けだが、熱々で美味しいにおいが食欲をそそる。


 ガーリックは、体調不良を癒してくれる薬草の効果もある。病み上がりのマリアにも適した前菜だった。


「熱いけど、キノコが美味しいわ」


「ええ、シンプルだからこそ、料理人の腕が出ますね。これはメイン料理も楽しみだ」


 ふたりは、すぐに前菜を平らげてしまう。


「もう、美味しそうに食べてくれるね。これがうちの名物のブイヤベースよ。いっぱい食べてね!」


 バケットと一緒に熱々のスープが運ばれてくる。シーセイルの名物料理が二人の前に並んだ。

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