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第28話看病

 そして、二人は宿に向かう。今回はラファエルが宿を確保していた。

 貴族が使っていた別荘を改造したコテージだ。


 もともとリゾート地であり、古くから裕福な貴族はこのシーセイルの街に別荘を持つのがステータスでもあった。もちろん、マリアの家もこの近くに別荘を持っているが、そこを利用すると目立ちすぎる。


 今回はお忍びの旅行であり、できる限り目立つような行為はしたくないので、貸出されているコテージを予約した。


「すごいわ。まるでお屋敷ね」


 二人の予約したコテージは元々は伯爵家の持ち物だったらしい。その伯爵家が後継者がいなかったため、伯爵家は別荘を売りに出して、今は宿として利用されているそうだ。なかなか、高級宿だったが、王家から支払われた慰謝料を使って旅行しているふたりにとっては問題なかった。


 宿は常に掃除が行き届いていて、綺麗だった。海沿いに建てられた2階建ての別荘。庭もあり、遊べるビーチまでも近い。


 二人で泊まるには贅沢すぎる宿だ。


「経営者も驚いていましたよ。まさか、季節でもないのにこんな豪華な宿を使う旅人がいるとは思っていなかったと。普段は、バカンス期に貴族向けに貸し出す宿らしいですよ」


「そうよね、こんなに豪華なら」


「一応、王都の大商人の娘と秘書ということにしておきました」


「ありがとう。さすがね」


 ふたりは荷物をおろして、リビングに設置された赤いアンティークのソファーに座り、窓から見える海を見る。夕暮れによって海は赤く染まっていた。


「絶景ですね。伯爵家が愛した別荘なだけある」


 この光景をあなたと一緒に見ることができてよかった。マリアは思わずその言葉をつぶやきそうになりながら、慌てて飲み込む。


 まだ、婚約破棄からそんなに時間も経っていない。なのに、男性を誘惑するような言葉を発していいのか。それに悩んでいた。


「なにか、お飲み物で用意しましょうか。この別荘の地下室は、氷魔力によって温度を保っているそうです。冷たい水などは自由に飲んでいいことになっていますし」


「ええ、お願いするわ」


 ラファエルは階段を降りて地下室へと向かう。部屋にはマリアだけが取り残された。


「意地っ張りなのかな、私?」

 もう少しだけ王太子に寄り添えば、婚約破棄なんかされなかっただろう。

 さっきも彼に素直になれたかもしれない。


 でも、いろんなことを気にしてしまいうまく動けない。


 ※


「おい、何をしている」


「お嬢様に触れるな」


 ※


 港で自分を守ってくれた彼の言葉を何度もリフレインしてしまう。


 私は、彼に守られてばっかりだ。


「どうしよう。ラファエル様のことを考えてしまって止まらない」

 彼女の頬は、夕日のように赤く染まっていた。


 ※


 マリアが夕日を見ていたら、ラファエルが水を持ってきた。

 ここに泊まるということで、宿側がいろいろと冷蔵室に用意してくれているようだ。


「どうぞ、お嬢様」


 グラスの中には冷たい水が注がれる。

 

「ありがとう」


 水を一口飲むと、火照った体温が下がるのを実感する。

 婚約破棄騒動。

 グール男爵の陰謀。

 慣れない長距離移動。

 そして、さきほどの暴漢との騒動。


 いきなり、旅行になってしまって心の準備ができていなかったこともあり、彼女は気づかないうちに疲れてしまっていたようだ。


「大丈夫ですか?」


「えっ? ええ、大丈夫よ」


 ラファエルは、顔色が悪くなった主人を心配した。目元付近は白くなっているのに、頬は赤い。


 もしやと思い、ラファエルは彼女の額に右手を伸ばした。

 

「えっ、えっ?」


 マリアは動揺して、悲鳴のような声をあげた。

 だが、ラファエルの手は止まらない。


 ゆっくりとふたりの体は触れ合う。マリアの体温は、ラファエルにゆっくりと伝わっていく。


「これは、熱がありますね」


「うそ?」


「痛いところなどはありませんか?」


「大丈夫よ。少し休めば、よくなる……はずだから」


 明らかに体調が悪そうな彼女の様子を見て、ラファエルは心配する。


「しかし……」


「大丈夫。少しだけ寝室で眠るわ。あっ……」

 マリアは彼に心配をかけないように、無理やり立ち上がった。しかし、めまがいとともに体のバランスを崩してしまう。


 ラファエルは慌てて、彼女の体を支えた。


「大丈夫ですか!」


「ありがとう」

 マリアはか細い声でつぶやく。


「寝室までは、私がお連れします」


「えっ!?」


 ラファエルは彼女の背中と脚を抱きかかえるように持ち上げる。

 

「待って。恥ずかしすぎる」

 マリアは、彼の腕の中で縮こまっていた。彼の体温や心音が直接、伝わってくる距離で彼女は動揺していた。


「大丈夫ですよ。そう言って震えているあなたは、とても可愛らしいです」


 体調不良のせいもあるが、その言葉を聞いてマリアの体温は上昇する。


「こんな時にあまりからかわないで」


「本心ですから、ご心配なく」


 ラファエルは彼女の体に負担が少ないようにゆっくりと寝室まで移動する。

 彼女は、胸の鼓動が抑えられなくなっていた。

 ラファエルも同様である。


 マリアは右胸にラファエルの心臓の音を聞いた。


「(ラファエル様も緊張しているんだ……)」

 それがわかって、彼女は安心する。

 緊張しているのが自分だけじゃない。それが安心感につながる。


 今日は夕日がきれいなことを、マリアは感謝した。どんなに緊張で顔が赤くなってしまっても、ごまかせる。彼の力強さと優しさに包まれながら、マリアは安心して体を預けてしまう。


 不謹慎ながらも、このまま時間が止まってしまえばいいのに。そういう妄想に二人は包まれていた。


 海の近くで聞こえているはずの波の音はもう聞こえない。ふたりだけの空間がそこに生まれていた。


「ごめんなさい、迷惑をかけましたよね」


「迷惑? とんでもないですよね。体調不良な時くらいしっかり甘えてください。あなたが甘えてくれないと、私は悲しいです」


「えっ!?」

 その理由をしっかり聞きたかった。でも、関係が崩れてしまいそうで、聞けなかった。もしかしたら、自分と同じ気持ちなのかもしれないと思うと胸の鼓動は止まらなくなる。


「甘えてくれるのは信頼関係の裏返しです。あなたは、やっと私を信頼してくれたんですね。それが嬉しいんですよ、お嬢様?」


「……」

 恥ずかしくて何も言えなくなる彼女は、無言でラファエルに体を預ける。


「なにか食べたいものとかありますか」


「スープとフルーツが食べたい」

 亡くなった両親が、いつも体調不良の時に作ってくれた料理を求めるのは本心だった。


「わかりました。すぐに用意しますよ」


 ラファエルは年下の妹を世話するように笑う。

 体調不良によってマリアの本心が伝わってくるのが嬉しかった。


 ラファエルはマリアを寝かせて、そのままキッチンへと向かう。


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