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第26話シーセイルの街

 マリアとラファエルは、シーセイルの街に到着した。マーヌ川は、海へとつながっていて右手を見ると、青い海が輝いていた。


 さらに街へと近づくと、大きな湖も見える。


「すごいですね。海と湖が同時に見える。たしか、ルール湖は潟湖せきこなんですよね」


「ええ、そうね。たしか、前に来た時に市長さんから説明を受けたわ。この湖は、もともと海だったのに、海岸線が隆起して取り残された潟湖ラグーンなんですねって。世界って不思議だらけだわ」


 ただし、もともとは海だといっても、水はしょっぱいわけではないらしい。海への出口は塞がれていて、川からの淡水が流れ込むようになったおかげで……


 ここは王国でも最重要拠点の一つだ。大きな港を擁していて、海運の中心地でもあり、王国の南洋艦隊が所属する軍港でもある。


 よって、中央から距離はあるものの、王族はここを大事にしていた。ここが敵に陥落させられるようなことがあったら、王国全体の安全保障に関わるからだ。定期的な観艦式はここで開かれるので、王族は2年に1度はこの地を訪れる。


 マリアも何度か同席したことがある。ただし、やはりそれは公務であり、軍人たちの慰問的な意味合いも強かった。


 つまり、観光などはほとんどできない。


 だからこそ、この美しい海をゆっくりとみて、街を自由に散策できることを楽しみにしていたのだ。


「まずは、港に行ってみたいわ。ラファエル様!! そこで食事にしない?」


「いいですね。この街はスープも有名ですが、そちらは明日にしましょう」


「そうね。あのスープも楽しみね」


 この街は軍事的な重要拠点でもあるが、美しい海や湖があるため貴族や上流階級のバカンス地としても人気である。


 有名な宿や観光地も多く、観光客向けのコテージもたくさんある。


 今日はどこに泊まろうかと二人はそちらも楽しみにしていた。


 ※


「安いよ、安いよ。さっき水揚げされたばかりの魚たちだよ。見て行ってくれよ」


 やはり、市場は活気があった。ディヴィジョンの街とは違い、魚がたくさん陳列されている。また、保存食用の塩漬けや燻製くんせいもある。


「こんなに魚があるなんてすごいですね! 王都では魚なんてほとんど見たことがなかったのに!」


「王都は、海から距離がありますからね。塩漬けや燻製の魚くらいしかありませんよね」


「ほら見て、ラファエル様。まだ、動いている魚もいる。あっ、貝も売っているわ。すごい、見て見て」


 マリアはまるで少女のように見たことがない光景を楽しんでいた。

 その様子を見ながら、まるで年少の妹を見るかのようにラファエルは、はにかむ。


「もう少し行けば、シーフードバーベキューのお店があるようですね。今日のランチはそこにしましょう!!」


「シーフードバーベキュー!?」


「ええ。市場の魚や貝をそこで焼いているようですよ」


「すごいわ! バーベキューなんてしたことがないから楽しみ!!」

 

 その発言を聞いて、ラファエルは「そうか」と気づく。彼が生まれたのは地方の農村であり、そこでは祭りのときなどに、肉や野菜を持ち寄ってみんなで食べる文化があった。


「外で炭火を使って焼く料理は最高ですからね。楽しいですよ」


 そう言う会話をしていると、すぐにバーベキューコーナーにたどり着いた。

 各屋台からは白い煙をあげている。その煙には、食材のうまみが詰まった美味しいにおいが含まれていて、二人の嗅覚を刺激する。


「カキとホタテのバター焼き、エビの塩焼き、貝のスープ。すごいわ、皆豪快ね。丸ごと焼いている。どうしよう、全部美味しそうに見える」


「ですね。では、私のおススメを持ってきますので、お嬢様は少々お待ちください」


「ありがとう」


 そして、マリアはベンチに腰掛けた。


「ねぇ、お嬢さんカワイイね。ひとりかい?」

 ベンチで待っていたマリアに、2人の男たちが近づいてくる。明らかにガラが悪く、粗暴な男たちだった。チンピラだ。


 マリアは、驚きながらも無視をする。


「おいおい、無視とかなめてるのか! ずいぶんと良い服を着てるな。ちょっと見せてくれよ」


「いやっ」


 男の手を振り払おうとするも、男の強い力でそれを遮られてしまう。


「いいじゃねぇか。俺と遊ぼうよ」


 一応、マリアも貴族であり、最低限の護身術はできる。攻撃魔力もある程度なら放てるが、このような場所でそれをしてしまえば、身分が判明する恐れがある。その事実が彼女に攻撃するタイミングを失わせていた。


 だが……


「おい、何をしている」

 現場に駆け付けたラファエルは、いつもの朗らかな声とはまるで違う冷たく力強い声でチンピラ男の肩をつかんだ。


「いてぇ、てめぇ、何しやがる」


「お嬢様に触れるな」


「はぁ!? おい、見ていないで助けろ」

 チンピラは子分に向かって叫ぶが……


「なんだ、そこで倒れている男に言っているのか? いま、ぐっすり眠っているが?」


 すでに、ラファエルは男の子分を失神させていた。


「おい、嘘だろ……」


「大丈夫だ。命までは取らない」

 そう言うと、ラファエルはチンピラのみぞおちを強打し相手を失神させる。


 王都では武道も達人級とされているラファエルにとって、街の荒くれ者などは勝負の対象にはならない。


「大丈夫ですか、お嬢様?」

 マリアに手を伸ばしたラファエルはいつもの優しい笑顔に戻っていた。


「ありがとうございます、ラファエル様」

 言葉通りに自分を守ってくれた騎士に彼女は姫としてお礼を言う。


 彼女は、ディヴィジョンの街の旅行を通して作られた彼への信頼感と憧れによって心を焦がした。


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