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第24話ラファエルの気持ち

 自分と旅ができて幸せという主人の言葉が、彼の胸の中で何度も反響される。

 マリアは自分の本心を彼に伝えたことに安心して、安らかな夢の世界に旅立っていた。


 その吐息を聞いて、ラファエルは安心する。


「よかった。ゆっくり眠れそうですね」

 わかっていたが返事はない。


「不思議な人だ」

 お嬢様に向かって、ラファエルは笑う。


 こんなに良く笑う人だとは思わなかった。王宮時代はどちらかと言えば、真面目過ぎるくらいだったから。それもすべては将来の国母という立場のプレッシャーから来たものだと分かる。


 その少女にとっては重すぎる負担をおろしたことで、彼女は素敵な笑顔を浮かべる女性になった。もしかすると、王太子殿下が求めていた女性はこういう笑顔が素敵な人間だったのかもしれない。


 それを独占しているとなると、少しだけ元の主人に申し訳なくなる。


 だが、本来は彼が彼女を守らなければいけなかったのだ。公爵家の女当主、王太子の婚約者。そんな2つの重い看板を背負っていた彼女のことを放り出し、浮気ばかりしていた彼に責められるいわれはない。


 ※


「ねぇ、ラファエル様? もしよろしければ、私に仕えては下さりませんか?」


「実は先ほど、殿下から莫大な額の慰謝料をいただくことになったのよ。だから、そのお金を使って国中を旅行しようと思って……でも、さすがに女貴族の一人旅は危険だから、あなたに一緒に来て欲しいのよ。あなたはこの3年間、ずっと私たちのために頑張ってくれていた。だから、あなたなら絶対に大丈夫だと思う」


「それは問題ないわ。だって、さっきのような騒ぎを起こしてしまったのよ。国内で私と結婚しようと考える人なんているわけがないじゃない。王太子ににらまれている女だもの……自分で言うのもあれだけど、かなりの地雷物件になってしまったのよ。だから、いろいろと落ち着くまではどこか遠くに行きたいのよ。ねっ、いいでしょ?」


 ※


 この数日間で何度も思い返した旅の始まりを彼は再び思いだす。あの大事な瞬間は、彼の心に強く焼かれて、まるで舞台の脚本のように簡単に思い出すことができた。あの瞬間、即座についていくと答えたことを彼は一生誇りにするだろう。


 あのまま、王子の元に残る選択肢だってあったのだ。王子が短気なのは今に始まったことではない。翌日には自分の言ったことなんて忘れていたはずだ。自分のキャリアを優先するなら、あのまま彼のもとに残った方がよかった。


 だが、自分の経歴をかなぐり捨ててでも、彼女についていきたいと思った。その気持ちは本物だったと彼は確信している。


 これは、恋なのだと思う。

 それもかなり身分違いの……


 そう彼は心でつぶやくと心がざわついた。


 いくら政治顧問とはいえ、職業は執事だ。それが主人に恋愛感情など抱くことは許されない。自分の気持ちを暴走させないように、ラファエルは必死に抑えていた。


 マリアに対しての好意は、きっと数年前には持っていた。

 彼女の努力家な性格と、責任感が強い健気さ。そして、若いながらも立場をよく理解し多くの者たちの模範になっていた態度。


 こんなに気高い女性を、ラファエルは初めて見たのだ。


 幼少期は身分の低い貧しい家に生まれて、必死の努力を積み重ねた先にやっとたどり着いた立身出世の道。だが、その先にあったものは彼の努力に見合ったものではなかった。


 貴族社会の腐敗。自分の生まれた環境にあぐらをかいて、ただその蜜をすする者が多すぎた。


 だからこそ、貴族社会において、ひたすら努力を積み重ねている彼女の存在は憧れだった。


 彼女がひそかに努力を積み重ねている瞬間を目撃すると、ひそかに応援していた自分がいた。


 だが、それこそ許される気持ちではなかったのだ。身分の差どころではない。

 主人の婚約者に憧れるなど許されることではない。それも、ふたりは将来の国家元首になる存在だ。


 彼にとっては封印した気持ちだった。にもかかわらず、王太子は彼女を捨てて別の女性を選んだ。


 マリアは気丈に振る舞っているが、このままでは世捨て人になるしかない。

 

 だからこそ、許されない恋ではあるが、そのハードルは下がったともいえる。


「少しだけ、気持ちに正直にならないといけないな。お嬢様のように……」


 彼はひとりそうつぶやき、マリアの顔を見ながら眠れない夜を過ごした。


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