第22話野宿
そして、ディヴィジョンの街を後にした二人は、馬車で南下していく。
マーヌ川に沿って道が作られている。この川を下ったところにシーセイルがある。
マーヌ川は、王国最大の河川だ。上流から下流に向かって豊かな土と美しい水を運んできてくれる。この川があるからこそ、ディヴィジョンの街は美味しいブドウが栽培できるようになっている。
また、水が豊かなことで、この流域は豊富な農産物が採れる農業地帯になっていた。
まばらな人家。人間よりも動物が多い自然豊かな場所。農家の人たちが馬や牛を連れて畑を耕している。
「のどかね。すれ違う馬車も少なくて。王都とこの場所が同じ国にあるなんて信じられないわね」
「そうでしょう。実際、ここらへんの流通は陸路ではなくて、海運が多いですからね。ほら、マーヌ川に船が見えるでしょう。みんな馬車よりも船で移動しているんですよ。そのほうが積み込める物資の量も多いですからね」
「すごいわね。みんな、その土地にあったやり方で工夫して生きている。ディヴィジョンの街は、乾燥している土地柄を利用してワインに合うブドウを栽培していた。そして、そのワインは大河を利用して船でシーセイルまで運ばれるのね?」
「そうですよ。そして、そのワインはシーセイルの街で飲まれたり、貿易商人に買われてそのまま外国に輸出されたりするんです。海外でワインはどうなるかわかりますか?」
「わからないわ。どうなるの?」
「世界には、ブドウが栽培できない土地がたくさんあるんですよ。だから、ワインが宝石以上の価値を持っている国もあるのです。そして、我が国ではほとんどとれない珍しい香辛料やその土地の職人しか作れない珍しい民芸品と交換されたりするのです」
「世界は繋がっているのね」
「ええ、今後はさらにその流れが加速するでしょう。世界はお互いに補うようになってくると思います。お互いに得意なことと苦手なところを補い合えば、さらに理想的な世界ができると思うのですよ。この流れに取り残されないように、この国のかじ取りをしなくてはいけない。私はそう思うのです」
「素敵な考え方ね。なら、私は宰相閣下でも目指そうかしら。せっかくラファエル様が、私を選んでくれたから、あなたの才能を生かしたいわ」
「ならば、この旅行でお互いに見識を広げて、頑張らねばなりませんね」
ふたりは、そんな将来の約束をしながらゆっくりと場所を進めていった。
※
そして、夜になる。
ふたりは、黒パンと塩漬け肉と野菜のスープ、ワインの簡単な夕食を済ませると、野営の準備に入った。
幸運なことに、雨などは降っていない。気温も少し肌寒いくらいで、凍死するほどでもない。絶好の野営日和だ。
魔力で簡単に火を起こせるので、用意しておいた薪を追加していけばそれは簡単に維持できる。吹きさらしの場所にテントを立てると、風で倒壊する恐れもある。だから、ラファエルは馬車を大樹の近くに止めて風よけに使っている。
さらに、マリアは周囲に結界魔力を使った。これで盗賊や野生の動物は、その結界内には立ち入ることが難しくなる。無理やり結界を壊すのであれば、すぐにラファエルが気づいて対処するはずだ。
「これで一安心ですね、ラファエル様?」
「ええ、これで安心して眠ることができますよ。でも、本当によろしいのですか。同じテントで寝るなんて?」
「大丈夫よ、私はあなたを信用しているから。それに、こんな寒い外で寝たら、風邪をひくでしょ?」
たき火をしながら、ふたりはホットワインを飲む。ホットワインと言っても、レモンとハチミツ、ジンジャーを加えた簡単なものだ。豊かなブドウの香りとジンジャーによって、ふたりの体は温められる。
ふと、空を見上げると、満天の秋の空があった。
神々の怒りを買って捕縛された美女を由来とする星座がよく見える。
さきほどまで馬車でたどってきた道が、星の光に照らされている光景は神秘的であり、二人は何も言えなくなる。
「このまま、ふたりでどこまでもいければいいのに」
マリアは本音をポツリともらした。
その言葉を聞いて、ラファエルはひとくちワインを飲む。それは自分の体を温めて言葉を発するための勇気をもらおうとしているようにも見える。
「大丈夫ですよ。私は、王太子殿下とは違います。どんなことがあろうとも、私はあなたをお守りいたします」
「なら、ラファエル様は、私と一緒に地獄の底でもついてきてくれる?」
マリアは意地悪そうな声でそう聞く。
ラファエルはその質問に対して、誠実に答えた。
「あのパーティーの夜。本来の自分なら、あなたを守ろうとはしなかったかもしれません。ですが、私はあなたを守らなくてはいけないと思った。そして、その決断をした自分に後悔はありません。私はあなたの剣であり、盾でもあります。誰が敵に回ろうとも、私はあなた側に立ち続けます」
期待した言葉とは少しだけ方向は違っていた。だが、彼女にとっては大切な言葉だった。肉親を失った彼女にとっては、本来は婚約者から聞きたかった言葉のはずだった。
それを彼が言ってくれた。彼女は満天の空を見つめる。
「(この一瞬が永遠に終わらなければいいのに)」
ふたりは無言で夜空を見つめた。




