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第19話王子と浮気相手の暗躍

 王太子とミーサは、ディヴィジョン公爵領内での異変を王太子の部屋で聞いた。


「大変です。グール男爵が逮捕されました」


「なんですって!?」

 ミーサは大きな声をあげて驚く。それはそうだろう。自分が進めていた計画が露呈したのだから。使いやすい男爵をそそのかして、違法行為を働かせてその利益の一部を自分たちで独占する。そうすれば、公爵家という後ろ盾がいなくなった王太子のことを金銭面で支えることができる。


 さらに、男爵にはワイナリーの設置許可をあらゆる方面のコネを使って優遇した。


「どうする、ミーサ。違法行為が発覚してしまえば、俺たちは終わりだ。こんなことなら、ラファエルに相談しておけばよかったんだ」


「今ごろ言っても仕方ありません。殿下。それに、ラファエルに相談すれば、間違いなく正義感の強い彼があなたに牙をむいてくることは明白です。それに、男爵が作った資金がなければ、私たちが一緒になることも不可能だったんですよ? 殿下は、それでもよかったのですか?」

 彼女は甘えた口調で、男の肩に頭を預けた。公爵家の当主を失脚させるためには多額の資金が必要だった。男爵の上納金はそれに使った。すべては、ミーサが次期国母になるために。


「いやすまない。そうだよな、ラファエルはマリア派だったんだ。あいつに相談したら最悪の状況になっていたはずだよな」


「そうですよ。今は男爵のことをどうするかです」


 あの男爵のことだ。こちらのことを利用していたのだろう。彼女は確信していた。このふたりが男爵を利用していたように。だから、男爵は二人には忠誠を誓うわけがない。口では何とでも言えるが、逮捕されて絶望すればひとりでも自分と一緒に地獄に落とそうとすべてを白状するだろう。


 だが、すでに男爵の屋敷の人間は買収してある。

 彼らは口々にこう言うだろう。男爵は妄想を口にしてばかりいた。夜な夜な意味の分からない奇声を発していた。王太子殿下に対して強い不満を持っていたと。


 これで男爵の証言の信ぴょう性はなくなる。さらに物理的な証拠に成り得る男爵家領内の施設とその管理者である博士を……


 ミーサは覚悟を固めて王子を見る。

 たぶん、王太子はわかっていなかった。基本的にこの男は優柔不断だ。だからこそ、ミーサの色仕掛けに陥落したわけだが……


「殿下。いまは私たちの身の安全だけを考えましょう。あの一件がすべて発覚したら私たちは終わりです。だからこそ、物質的な証拠は消さなければいけません」


「物質的な証拠?」


「そうです。男爵領の製造施設と博士を処分するのです」


「しょ……ぶん?」


 すぐには王太子は意味が分からない様子だった。実際、純粋培養されてきたこの王子は、特に苦労もなくこの立場まで駆け上がった。国王と父の対立も、結局王座を継げるのはこの男しかいなかった。だからこそ、周囲の者には大事にされてきた。国王も娘のようなマリアを預けている以上、対立関係であっても尊重はされていた。だからこそ、自分が追い詰められている現状をあまり理解していない。


 さらに、自分の手を汚さなくてはいけない状況が来るなんて思ってもいなかった。なぜなら、今までは他の者たちが忖度そんたくして王子を守り続けていたから。


「殿下。覚悟を固めてください」


「覚悟って何だよ」


「わかりませんか? あの薬草を作っている者たちをひとり残らず処分するのです」


「処分って言うのは、幽閉とかそういうことだよな?」


「そんなことをして誰かに逃げられたらどうするんですか。言葉を話せないようにするんです」


「殺すってことか?」


 王太子は恐る恐るそう聞きかえす。彼女は小さく頷いた。すでに、王子の親衛隊にはミーサの協力者がいる。その者たちに命令すれば、どんなに汚い仕事でもしてくれるはずだ。彼らは、親衛隊の中でも身分が低い家出身者だ。出世の本流からは外れているからこそ、王太子とミーサには何が何でも国の頂点に立ってもらわなければならないと考えている。本当の意味で忠誠心が厚い者たちを使えばいいと彼女は勝手に考えている。


「だが……」


「では、殿下。私と一緒に断頭台の露と消えますか。身分の低い者たちから散々にバカにされて、後世の歴史書において最悪の王太子とその婚約者と記されることになっても構わないのですね。そんなことになれば、人間はあなたを裏切ったマリアとラファエルに称賛の声をあげるでしょう。あなたは常に後世の笑いものにされる」


 その言葉を聞いて、王太子は真っ青になってうなだれてしまう。

 だが、自分の保身が大事だと気づいたようだ。


「わかった。ミーサの言うとおりにしよう」


「殿下。これは必要な犠牲なのです。我々は覇道を突き進まなければいけません。素晴らしい決断でした。我々を守るためには、そのような者たちがいくら犠牲になっても構わないのです。チェスでも、キングを守るために兵士ポーンがいくら死んでもゲームに勝てばよいのです」


 ミーサは邪悪な笑みを浮かべていた。


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