第18話貴族料理のフルコース
政治の話にも一息ついたことで、3人は食堂での夕食会へと向かった。本来ならば、地域の有力者を一同に集めて豪華なパーティーをしてマリアとラファエルをねぎらうべきだ。しかし、それではふたりの願いとは別の方向に向かってしまう。
しかたなく、公爵は信用できる親族だけを集めて夕食会という形で妥協した。ただ、それには少し後悔もあった。先ほど見せたマリアの洞察力と政治センス、そして、マリアの願望を寸分も狂いなく実現できるラファエルの剛腕。まだ、自分よりも20近く若いふたりが、あそこまで完璧に男爵の陰謀を打ち砕いたのだ。末恐ろしくもなるし、将来、国政の中心となるであろうふたりとディヴィジョン公爵家領内の結びつきを深めるチャンスを逃したことにもなる。
ならばと、この夕食会には全力を注いだ。屋敷の料理長には、最高の食材を集めるように依頼した。自分のワインコレクションから15年物のオールドヴインテージワインも提供するつもりだ。
「どうですか? 食前酒も用意しましたので」
公爵が用意したのは、シェリー酒だった。
貴族の公式なパーティーでは、食前酒・食中酒・食後酒の3種類の酒を用意するのが普通だ。食前酒は、基本的にシェリー酒が好まれる。
「ありがとうございます。まさか、ここまで丁寧に出迎えていただけるとは思ってもいませんでしたわ」
「シェリー酒とは、また貴重なものを」
シェリー酒は基本的にワインの仲間である。白ワインを作る際に、度数の高い蒸留酒を加えて度数を高めて作られる。酒精強化されたワインだと考えればよい。
辛口や甘口など種類も豊富だが、マリアが女性ということもあって、公爵は甘口のものを用意していた。
完全に発酵させる手間やタルにおいて熟成させる際に特殊な技術も必要でありなかなか作るのは難しい。
ディヴィジョン公爵家領内は、ワインの名産地であり、その豊かなブドウから作られるシェリー酒もまた非常に濃厚で美味しいと評判だった。
さらに、公爵は食中酒には自分の自慢のヴィンテージワイン。
食後酒には、ワインから作られる蒸留酒であるブランデーを用意している。彼女が守ってくれたワインの誇りにこたえるために、ブランデーも25年間タルで熟成された最高級品を用意していた。
採れたて野菜を使ったコンソメスープとサラダ。港からわざわざ氷魔力を使って鮮度を維持したうえで取り寄せたヒラメのムニエル。
「素晴らしい料理ですね。まさか、港から離れているディヴィジョンの街でこんなに美味しいヒラメを食べることができるとは思いませんでした」
マリアは満足そうに笑う。
「ええ、喜んで貰えて嬉しいです。しかし、まだまだメインはここからですよ。今回は、最高級の牛肉も用意しております。ワインと共にお楽しみください」
公爵がそう言うと、焼かれたばかりのステーキが運び込まれてきた。秘蔵のワインと共に。
「こちらのステーキは、我が公爵家秘伝のソースで食べてください」
そう言われてふたりは、ステーキの横に置かれたソースをかける。オニオンとバターの香りが広がった。
一切れ食べると、肉のうまみとさわやかで後味は濃厚なソースの味わいが口いっぱいに広がる。
「すごい。美味しい」
「ええ、お嬢様の言う通りです。とてもフルーティーな味わいで……この複雑で重厚なワインともよく合う」
ホストは、その言葉を聞いて満足そうに笑う。
「ええ、これはオニオンとバター、そしてワインで作ったソースですからね」
「このソースもワインなんですか!?」
「ええ、あなた方が守ってくれたワインは、この地方ではただのワインではないのですよ。多くの者がワインに関わる仕事をしている。ワインに関わる者が生活することで、他の領民も豊かになる。ブドウは、ワインだけじゃなくソースや他の酒にも使われて生活に根差しているのです。食後酒に用意したこちらのブランデーも、この地域が20年以上平和で文化を守り続けてきたからこそ熟成できたものです。よそ者の男爵には、ただの金のなる木だったワインも、この領内に住む者にとっては本当の意味で生活に根差したものなのです」
デザートの前だけど、私たちは差し出されたブランデーに口をつけた。
蒸留酒なのに、いっさいのアルコールの辛さはなかった。まったりとした豊潤なブドウとタル由来のにおいに包まれる。この味は、20年以上ワイン生産を止めることなく、戦災や自然災害からタルを守り続けてきたこの地域の人たちの願いが詰まった味だった。
「ありがとうございます。ディヴィジョン公爵。すばらしいおもてなしでした」
マリアはそう静かに笑った。
「いえ、これはこの地域に根差すすべての者たちからのあなたたちに向けた感謝です。この先も未来永劫続くであろうワイン生産を守り続けてくれた偉大なる功労者に向けてね」
3人はゆっくりと乾杯した。




