第17話公爵家
マリアとラファエルはディヴィジョン公爵家の屋敷へと招かれた。貴賓室では、2人と公爵が今後のことを語り合っている。
ワインを巡る騒動は、男爵の逮捕によってひと段落し、陰謀を暴いてくれた二人へのお礼のための夕食会といったところだ。
ただし、ふたりの存在はできる限り隠して欲しいと頼んである。王子にいる場所を知られると面倒だし、今回はミーサ子爵令嬢の陰謀の協力者であった男爵を失脚させてしまったのだ。逆恨みされて、謀略に巻き込まれる危険性が高い。
だから、今回はディヴィジョン公爵家にすべての手柄を譲った。ディヴィジョン公爵は、男爵の怪しい動きを察知し、金の流れを確認し男爵を逮捕したところ自白した。そういうシナリオが出来上がっている。
問題は公的な裁判で、男爵が何を言うかだ。もしかすれば、先ほどの証言をひるがえして、ミーサ子爵令嬢と薬物のつながりを否定するかもしれない。おそらく、男爵家の領土の証拠は、王太子派の権力を使って隠されていることは間違いない。すべてを知っている博士も闇に消される可能性が高い。
「おそらく、ミーサ子爵令嬢までは届かないでしょうね。王都に男爵の逮捕が伝わる明日にでも向こうが持っている証拠の大部分は消滅させられます。そうなれば、男爵の証言は、彼が罪を逃れようとするためについた虚言で、彼女は一切関与していないと言ってくるでしょう。彼女が受け取った資金も洗浄されて証拠にはならなくなっている」
ラファエルは冷静に状況を分析し二人に伝える。さすがは元・王太子の政治顧問というわけでキレのある分析だった。
「そうなれば、今回の件はミーサ殿は巨額の資金を手に入れただけで終わってしまいますな。どうして、王太子殿下はそのように疑惑に汚れた女と浮気など……マリア様、心中お察しします」
「ありがとうございます。ですが、ふたりとも大事なところを勘違いしないでください。私は、婚約破棄された仕返しがしたかったわけじゃないんですよ。むしろ、あの婚約破棄によって本当の意味で自由になれた。たしかに、名誉は傷つけられたかもしれませんが、それ以上のものを手にすることができたのです。復讐なんて無意味なことはしたくありません。それよりも、もっと……自分が前に進めることをしたいのです。まだ、国中を旅行したいという気持ちはあります。だって、ディヴィジョンの街だけでたくさんの素敵な出会いがあったんですから。この先にだって、もっとたくさんの出会いがあるはずです」
マリアはこの1週間ぐらいの思い出をフラッシュバッグのように思い返していた。素晴らしい日々で、王宮で過ごした無味な数年間を超えるほどの感動を味わうことができた。
「私はこの街の素晴らしい文化とワイン職人の気概に感動し、それを踏みにじる男爵の行動に憤ったのですよ。だからこそ、彼の悪事を暴いた。この街のワイン文化を守ることができたのですし、それで満足です。これ以上深入りすれば、私怨で私的制裁を加えたことと同じです。法治国家であるならば、私は後は司法機関に委ねるべきだと思っています」
その言葉にラファエルも同意した。これ以上表立って動くのはリスクが高すぎるからだ。
そして、マリアの考えを聞いていたディヴィジョン公爵もそれに同調し感動を覚えている。
「(英明とは聞いていたが、まさかここまでとは。まだ、学園を卒業したばかりの年齢で、法治国家が何たるかをしっかり語れるとは。普通であれば私怨を優先している年齢の少女が……さらに、こちらのディヴィジョンの街の文化までしっかり理解したうえで、そこまで尊重して動いてくれたのか。王太子殿下はどうしてこんな女性を捨てたのだ。国母にふさわしい女性ではないか。いや、彼女以外にふさわしい人がいるのか。ミーサ子爵令嬢のような怪しい女性が、後釜になれば間違いなく彼女の評判は上がる。そして、反対に新しい婚約者の評判は……
地に落ちる!!)」
このままでは、もう王太子派は長くないかもしれないと公爵は、気持ちが離れていくのはを感じる。実際、ディヴィジョン公爵家は派閥抗争に関しては中立の位置にいた。だが、この状況を見てしまえば必然的に国王派に近くなってしまう。
「(結局、このような陰謀を中立地のディヴィジョン公爵家領内でやることがそもそも無理があったのだ。それがわからないミーサ子爵令嬢は、人を感情的に操る能力にたけていても、政治的なバランス感覚は赤点だ。このままでは国家の災いになる。もし、王太子やミーサが彼女の障害になれば、我が領内はマリア殿の味方になるだろう)」
公爵は無言でそう決心する。
「わかりました。この件はマリア殿の意見に従いましょう。すべてはディヴィジョン公爵家が主導し、男爵を逮捕しました。あなた方は何の関与もしていない。ですが、我々はあなた方に救っていただきました。この恩は別の形であなた方に返していきたいと思います。しかし、それは表立ってのことです。今回はわざわざ我が屋敷に来ていただいたのですから、しっかりおもてなしをしなければいけません。どうぞ、自分の家だと思ってくつろいでください。こんなに気分の良い日は、私の秘蔵のワインコレクションを味わっていただきたい」
公爵は、自分の領内を救ってくれた陰の功労者をねぎらうために、ふたりの食堂へと案内する。




