第15話男爵の終わり
そして、ラファエルが潜入してから3日後。
ふたりは動き始めた。
ある程度の正装を身にまとい男爵が経営するワイナリーへと直接乗り込む。
「ずいぶんと大胆な方法を考えましたね、お嬢様?」
「あら、あなたこそ。調べて欲しいとは言ったけど、まさか直接、乗り込むなんて大胆過ぎるわ」
そして、ふたりは気を引き締めて、ワイナリーの門をたたいた。
すでに、シルクワイナリーと同じような手段で、見学を申し込んでいた。ふたりは大商人の使いで、王都でグールワイナリーのワインを取り扱いたいので商談がてら見学をさせて欲しい。
そう申し込めば、金に目がない男爵は喜んで招き入れた。それが破滅への序曲だと知らずに。
男爵は曲がりなりにも貴族だ。架空の王都の大商人を騙れば怪しまれる危険性はあった。なので、マリアの公職家のお抱えの商人の名前を拝借した。御三家の一角お抱えの大商人の名前を出せば、男爵は簡単に信用した。
年齢は若いが、マリアとラファエルは王都でこのような権謀術数には何度も巻き込まれている。男爵をだます手段などいくらでも取れるのが本当のところだ。
「お待ちしておりました。アンダーウッド商会のご令嬢がわざわざこんな田舎まで。本当にありがとうございます。この度の商談は、楽しみにしておりました」
男爵はわざとらしい笑顔を作っていた。
マリアは男爵とは面識がなかった。ただし、この国の中ではもっとも有名な女性の一人だ。
あえて、地味な黒のドレスを着て、やや派手めなメイクをする。王太子の婚約者としての彼女は服装は鮮やかで落ち着いた色。メイクは自然な感じで清楚感を出していたが、今回はやり手の女性商人になっていた。
雰囲気は全然違う。よほど近しい人でなければ、彼女がマリア公爵だとは気づかないだろう。
ラファエルは顔にやけどの傷があると称して、仮面をつけた。さすがの男爵でも数日前に会ったばかりのラファエルの顔くらいは覚えているはずだ。かなり強引だが仮面で乗り切るしかない。
「すいません。秘書のフランクは、幼少期に顔に大やけどしてしまって……今回は仮面をつけさせて商談に臨ませていただきますわね」
「ええ、構いませんとも」
「それではワイナリーの見学をさせていただければと?」
「えっ!?」
ただの商談だと思っていた男爵は動揺する。それはそうだ。ワイナリーの製造工程など見られてしまえば、自分のワインがいかに低品質なのかは簡単にわかってしまう。困ると分かっていて二人は聞いているのだ。
「やはり、我々は信用商売です。自分で見たことしか信じられません。そうでなければ、アンダーウッド商会の副会頭である私がここまで来たりはしません。ディヴィジョン・ワインは、かなり手をかけて作られているのだとか? タルは使わなかったり、手作業で果柄を取ったりするのでしょう。やはり、そういった手間暇をかけている様子を見ないと安心はできませんわ」
「……しかしですな。アンダーウッド殿? 私は男爵です。この国の貴族である私を信用できませんかな?」
はじまったわ。実力がない貴族ほど、自分の肩書を使いたくなる。とマリアたちはあきれる。
「あら、貴族の肩書をかけると言うのですか?」
「ええ、このワインはそれほどの出来です。先日も、王太子殿下の執事長殿にふるまったのですが、絶賛されました」
「あら、ラファエル様ですか。たしかに、彼にはいつもお世話になっておりますから。彼の名前を信用しましょう」
ラファエルは笑いをこらえるので必死だった。
「そうですか!!」
「でも、あのラファエル様が絶賛したワイン気になりますわ。もしよろしければ、試飲させていただけませんか」
「ええ、もちろんです。すぐにご用意を」
男爵が目配せするとすぐにワインは運ばれてきた。
「あちらに飾ってあるのが、このワイナリーの設置許可証ですね」
「ええ、そうです。こちらも中央政府の許しをもらうのに苦労しまして。私のワインにかける情熱を必死に伝えてなんとか許された私の宝物です」
「(なるほど、やはりラファエル様の思ったとおりね)」
マリアは壁に飾られている許可証を見つめて、一つの結論にたどり着いた。
「それではいただきます」
彼女は立ったまま、ワインを一口飲む。聞いていた以上に、まずいワインだった。
「どうですか、美味しいでしょう?」
男爵は、にこにこ笑っていた。
「ええ。まるで水のように味のないワインですね。まさか、男爵様はこのようなワインにすべてを賭けていたんですか?」
マリアは冷たい目線を男爵に向ける。
「はぁ、今なんと?」
言葉の意味が分からないらしい。
「意味が分かりませんか。ならば、教えてあげましょう。こういうことです」
マリアはグラスの中のワインを勢いよく許可証に向かって振りかけた。
許可証はまるで血に汚れたかのように赤く染まった。
「いったい、なにをなさっているんですか!!」
男爵は激怒する。
「それはこちらのセリフですよ。グール男爵。あなたたちの悪事はすべてわかっています」
マリアは言葉の刃を突きつけた。




