第14話潜入
やはり王太子の名前は絶大だった。さらに、王都でもキレモノと評判のラファエルのブランドも信用される要素だったのだろう。
グール男爵の別荘の貴賓室に案内された。もちろん執事の監視付きで。
ラファエル本人であるかは男爵しかわからないから当たり前だろう。普通なら不審者として追い返される可能性の方が高かったのだから。
派手な椅子に腰かけながら、ラファエルは視覚情報を集める。本はほとんどない。宝石などがいたるところにある。このことから教養よりも物質的な満足感を求める主人の性格がわかる。さらに、宝石の配置に不自然さがある。これは主人の自己顕示欲の高さが現れている。
街の人たちのうわさも合わせて検証すると、自己顕示欲と特権意識、そして出世と金に目がない人物だと思われる。
わかりやすい性格の貴族で助かった。
分析の結論が終わると、その部屋に男爵はやって来た。
「これは、これは……まさか、ラファエル殿ご本人がここに来ていただけるとは……門番が失礼を致しました」
男爵は何度か会ったことがあるラファエルをすぐに思い出したらしい。王子の使いということでかなりへりくだっている。わざとらしい態度が、ラファエルに嫌悪感を与えた。
「グール男爵、こちらこそ突然のご無礼を失礼します。重要なお話ですので、こうして私が直接王都からやってきたわけです」
「何か飲みますかな? そうだ、我が家が所有するワイナリーのワインがあるのです。お飲みになりますか?」
「ええ、いただきます」
すぐに執事がワインを持ってきた。だが、水のように薄く、中身は酸化していて嫌な酸味しかない。酸っぱいだけのワインを水でのばしたかのような最低の出来だ。これを客人にだしていいものではない。さきほどのワイナリーで最高級の品質のワインを飲んだ後だったこともあり、嫌悪感以上のものを感じて苦い顔をする。
ラファエルはその気持ちをなんとか抑え込んで男爵には、とても果実感があるさっぱりとしたワインですねとごまかして場を修めた。
「それで殿下からは、なんとおっしゃっているのですか?」
「はい。あなたの誠意はたしかに受け取ったと……」
「それだけですか!? たとえば、こちらがお願いしている中央の要職などは……」
これだけ浅はかだと分かりやすくて助かる。ラファエルはあきれながらも、話を合わせる。
「ええ、もちろんです。中央官庁のどこかに次官級の職位がよいのではないかとお考え中です」
「なんと!! 次官ですか!? それは嬉しい。我が一族の誇りにもなることでしょう。ラファエル殿、是非ともお願いいたしますとお伝えください」
「わかりました。殿下も喜びになるでしょう。そうだ、グール男爵。もし、よろしければお聞きしたいことがあるのですが?」
このような浅はかな人間なら適当におだてれば秘密を自動的にしゃべってくれるという確信があった。
「なんでしょう。このようなめでたい日であれば、何でもお話しますよ」
「それはありがたい。私も将来、このような素晴らしいワインを作りたいのですが、ワイナリーの設置許可申請は大変だとお聞きします。後学のためにお聞きしたい。どうやって、あの難関をクリアしたのですか?」
自分の功績を褒めてもらうことで、彼は破顔一笑した。だまされているとも知らずに、有頂天となっている。こんなわかりやすい貴族は、たたき上げのラファエルにとっては最も扱いやすい人間だ。
「それは簡単ですよ。今回のように、ミーサ様にお口利きをお願いしたのです。彼女は殿下に大変気に入られていますからね。殿下とミーサ様に献金し、口利きをしてもらったのです。そうしたらすぐに、許可証が王都から送られてきましたよ。簡単なものです」
「(やはり、あの女か。こちらが把握していない以上、王太子ひとりでこんなことはできないはずだ。だが、おかしい。執事時代は、王太子の帳簿も預かっていた。だが、このような不透明な収入はなかった)」
ラファエルは、顔には出さずに思考を張り巡らせる。
そして、一つの結論に達した。
これなら……
この悪徳貴族のワイナリーを潰せるかもしれない。
そう確信すると、ラファエルは笑う。
「(お嬢様には良い報告ができそうだ)」
偽りの報告に酔いしれる男爵を前に、ラファエルは冷たい目線を送る。
だが、それと同時にミーサ子爵令嬢への怒りがこみあげてくる。あの女にとっては他人は、ただの道具にすぎないのだ。そして、この目の前の愚かな貴族もその毒牙にかかってうなされているだけ。
他人を使い捨てにして、その都度ステップアップを図ろうとするほどゆがんだ性格。そのような女にだまされて、マリアを捨てた王太子。
この国は破滅に向かっているのかもしれないと、ラファエルは憂鬱になりながらも潜入を終えてその場を辞退する。
グール男爵は終始、上機嫌だった。哀れな男爵に少しばかりの同情をしつつ、ラファエルはマリアの元に戻った。




