第13話ラファエル暗躍する
街に戻ったふたりはそれぞれ別行動に移る。マリアはラファエルと一緒に行きたがったが、彼が断わったのだ。
ここからは裏ルートも使った暗躍だ。公爵がどうこうするべき場所ではない。もしかすると、彼女の身に危険が及ぶ可能性もある。
だからこそ、彼が単独で動いた方が安全だ。そういう判断だった。
まずは、悪徳貴族の素性を確認する。これは簡単だ。すでにシルヴィから名前を確認していた。彼がディヴィジョンの領主ではなく、あくまで資本家としてこちらに来ているとわかったから、やや強引な方法でも問題はなかった。
この地方の領主がターゲットならどこに関係者がいるかもわからない。だが、別の地方から来ているのであれば話は別だ。関係者の数は多くないだろうし、有力者とのパイプも限定的になる。
その悪徳貴族の拠点である別荘の近くで情報を稼いだ。彼の名前が間違っていないか、どんな使用人がいるか、どこから食料を調達しているか、別荘に出入りしている人間に有力者はいないか。その主人の服装や変な噂はないか。
貴族の別荘というものは常に噂の対象になる。近所の人たちは、彼らの一挙手一投足は常に注目を浴びている。だからこそ、情報を集めるのは楽だった。
ラファエルは自分の容姿も有効に活用した。淡麗な美青年でありながら、気さくな人物を装うことで、噂好きな主婦たちはいとも簡単に警戒心を解いて多くの情報を教えてくれた。
「ええ、あそこがグール男爵の別荘よ」
「使用人はそんなに多くないみたい。自分の本宅から何人かをこちらに派遣しているみたいね。でも、みんなプライドが高くて、近所付き合いはよくないわね」
「貴族のはずなのに、かなりケチで使用人たちは市場で直接、食材を買っているようなんだけど、値切ったり上から目線で怒ったりで評判も良くないわ」
「グール男爵? たしか、1週間前からあの別荘にいるみたいなんだけど、派手な服と手にいっぱい宝石をつけていて……上品というよりも下品になっている感じ」
「そういえば、見たこともない人が昨日別荘に入っていったのを見たわ。すごく大きな馬車だったわ」
「この前、主人の店にお屋敷の人が来たんだけど、グール男爵はもうすぐ王都で重要な役目に就任するのが内定しているらしいわよ。なんでも、王太子様に気に入られたとかで、特別に引き立てられるらしいわ。ワインの製造免許も王太子殿下から特別に優遇されたから取れたらしいわ」
こんな感じだ。
「(グール男爵。たしか、マルイグール地方の領主の一人だ。たしかに、私も王太子とパーティーで話している場所に何度か同席したことがあった。王太子と話している時は、とてもへりくだった中年の男性だったが、自分よりも身分が低い相手に対してはかなり高圧的な態度で接するいけ好かない貴族だったな。まあ、あの王太子も同じようなもので、類は友を呼ぶというやつか……)」
ワインの製造免許は、国王陛下の代理である内務省のトップ・内務卿の許可が必要なはずだ。だが、その許可証の承認はかなり厳密な審査が必要であり、あのようなワイナリーが許可をするものだろうか。
さらに、王太子の口利きで免許が取れたと聞いたが、ラファエルはそんな話を聞いていない。彼は執事としてほとんどの事務処理に携わっていたはずだ。ワイナリーの設置許可は複雑な手続きが必要であり王子が単独では処理できないはず。
仮に他の執事が事務仕事をしていても、ラファエルには連絡と報告があるはず。つまり、表立った処理はおこなわれていない可能性が高い。
どうやったんだ。なにか怪しい。
ラファエルは頭の中で情報をまとめていく。
さらにこちらには、オルソン公爵家の当主マリアという切り札がいる。自分という王太子陣営の内情に精通している存在がいれば、この問題を解決できるかもしれない。
しかし、そこまで踏み込んでしまっていいのか。彼はずっと苦悩を続けた。だが、マリアはたしかにこの事件を解決したいと言っていた。ならば、踏み込むしかない。
ラファエルは、王子の懐刀として知られているが、イメージとは裏腹に彼はかなり現場主義者だった。問題があればすぐに現場に駆けつけて、ほとんどの問題を片付けてしまう。
そして、主人の目指すゴールを把握して、そちらを達成する天才であった。
彼は、ある程度の情報を確保すると、グール男爵の別荘へと向かった。
門番は怪しく近づいてくるラファエルを制止して用件を尋ねる。
「止まれ、何の要件だ。こちらは貴族様の別荘だぞ」
「これは失礼しました。我が名はラファエル。王太子殿下の執事長を務めていたラファエルだとおっしゃってくだされば、ご主人もわかってくださると思いますが? 今回は、王太子殿下の命令でご伝言をお伝えするべくうかがわせていただきました」
「王太子殿下の執事長!?」
「ええ、かなり重要な案件なので、殿下の側近である私が直接おうかがいしたのです。突然のことで失礼しますが、グール男爵と直接、お話がしたい。ここを通してはいただけませんか?」
ラファエルは単独で敵地に潜入を決断した。




