魔女の従者
遅れて申し訳ありません。
まだ寝てないの今はまだ日曜日って事にしてください(懇願)
誤字修正しました 8/18
闇を飲み込む黒い闇を纏ったヒトガタの化け物が剣を振り上げ、凄まじい暴威を私に叩きつけようとしている。あれが振り下ろされてしまえば、私と言う存在は跡形も残らないだろう。
地力が違いすぎる。
正真正銘、この存在は化け物だ。
己の死が目前に迫っている。そうなってようやく、私はその言葉の意味を知った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
強い人が居る。
そんな事を話しているのを始めて【見た】のは、ソフィーと探索者の男が仲良く話している時のことであった。
――曰く、気の良い人物である。
――曰く、実力の底が見えない人物である。
その話を聞いたときの感想としては、少し探せば見つかる程度の存在なのだろうぐらいの感想であった。
ソフィーと仲の良い探索者の実力は……そう高くない。
一言で言ってしまえば「弱くない」だけだ。そんな男が実力の底が見えない、などと口にした所で「ああそうか」以上の感想など抱きようがない。
故に期待していなかった。
……期待などしていなかったのだ、と。自分にそう言い聞かせながら、僅かな落胆で心に影を落としてソフィーとの繋がりを断ち、己が扱う事のできる魔法の研究を再開する事にする。
とは言え所詮はこの研究も、長年の慣れから来る義務感から行っているものではあるのだが。
……
…………
………………
私には、かつて友が居た。
豪快な大男と思慮深い彼、優しい笑顔が似合う子。そしてその三人と出会う以前から、私と共に旅を続けていた無愛想な……昔馴染み。
思えば、あの頃は楽しかった。
未知への期待と知る事の楽しみ、大量の不自由とその不自由を一つずつ無くしていく楽しみ、強敵に挑む興奮と打ち倒した時の達成感。様々なものが世界を輝かせていたように感じる。
……だが、その輝きは少しずつ失われていった。
理由は単純にして明快、私たちが強くなりすぎてしまった……様々な事を知りすぎてしまった、それに尽きる。
未踏の霊峰の頂上に登って噂話の真実を知った事。飛べなかった空を自在に飛べるようになった事。強敵だと逃げ回るしかなかった存在が、何時の間に格下になってしまっていた事。
未知が未知でなくなり、気付けば回りは格下ばかり。
輝いていた世界が何時の間にかその輝きを落としている。
しかしそう感じたのは私だけだった。
私の悩みを聞いた豪快な彼は言った。
――なら面白くするために最強でも目指そうぜ、と。
思慮深い彼は言った。
――ならば面白い弟子でも育てたらどうかな、と。
あの子は言った。
――私は皆と一緒にこうしているだけで面白いわよ、と。
……そして、私の昔馴染みはこう言った。
――そう思うなら、絶対に分からない事を調べ続けてみればどうだ、と。
その言葉を聞いた私たち笑いあった。
絶対に分からない事って何なのだ、やる事がなくなったから答えのない問題を解き続けるなど本末転倒ではないか、と。
だから誰かが答えたのだ。
――そんなもの、不老不死に決まっているじゃないか、と。
………………
…………
……
ソフィーと探索者の男の楽しそうに笑いあう姿を見てしまったからなのか、柄にも無く昔の事を思い出してしまう。
……本当に、もうずいぶんと昔の話だ。
色々あったが……最終的に私たちは、一人一人が思い思いの不老不死を体現する事に成功した。――私の……昔馴染みを除いて。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
……
…………
ああ、ずいぶんと昔の事を思い出してしまった。
今正に振り下ろされんとする破壊を前にし、私は何故か昔の事を思い出していた。つらかった事や悩んだ事ではない。私はもう、色々な事を忘れてしまっているが……皆で他愛ない話をして笑い合っていた、そんな時期のことだけを思い出していた。
死の間際に昔の事を思い出す、何て話を聞いた事があったが……どうやら、私にとっての今がそれらしい。
そんな事を、どこか他人事のように思考しながら最後の瞬間を待つ。
――しかし、その瞬間は訪れなかった。
死を纏ったヒトガタが、私を消し飛ばさんと振り下ろそうとした力――その指揮を取る腕を、見知った顔が留めていた。
夜さえ塗りつぶす闇を纏った暴君を止めたそれは……名前も忘れてしまったかつての昔馴染みのために作った『人形』であった。
中身になるべき彼が『人形』に入る事を拒み、それどころか剣と槍を置いて道を別つ原因となった……あまり思い出したくないあれだ。
何をどうやってもあの人形に中身を入れることが出来なかったのに、何故今動いたの? ――私を助けたの?
「……ぁ……」
そう問いかけたくて口を動かそうとしたが、声にならなかった。
手を伸ばそうとしたが体は動かず、少しだけ腕を上げる事しかできなかった。
――そして彼の人形は、まるで彼のように無表情で無愛想だった。
目が合ったというのに表情をピクリとも動かさず、立ったまま闇に侵食されている。しかしそれでも、私に向かうはずであった力を押し留めてくれていた。
その様子はさっさと逃げろと言っているようにも、何時かの約束を果たそうとしているかのようにも感じられた。
腕から胸へ、胸から首へ。そして首から頭へと。
そうして既に体の殆どを闇に犯されてしまった彼の人形は、この化け物が後ろを振り向こうとしたのを見計らったかのように闇に溶け落ちた。
同時に力が振り下ろされ……私の意識は、そこで途切れた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――俺はこの女に止めを刺そうと剣を振り下ろした……つもりだった。
しかし俺が剣を振り下ろすより早く、剣を振り下ろそうとしている俺の腕を何者かが掴んだのが理解できた。力が乗り切る前に勢いを殺された事で剣が宙でぴたりと止まっている。
「……ぁ……」
そして女は、驚いたような表情を見せ、呻き声に近い言葉を発し……何かに手を伸ばすようかのように、ぼろぼろの腕を少しだけ上げた。
誰だ?
そう思い、俺は腕を掴んだ存在を確認しようとしたのだが……後ろを振り返るよりも早く、腕に感じていた抵抗が消滅する。
そしてその抵抗が消滅するのと同時に体に力が流れ込んできた。何を食ったのか分からないが……どうやら俺は今、何者かを食ったらしい。
そして力が流れ込むと同時に……先ほどまで俺の腕を留めていた力も消滅してしまった。――俺が振り返ろうとしているこの瞬間に、だ。
女目掛けて叩きつけるつもりであった力は逸れ、女の代わりに城の一部をさらに破壊するだけに留まった。
まあ、要するに外れたのだ。しかし触れてこそいないが、衰弱していた女はこの力の余波に耐えられなかったようであり、意識を失って湖に向かって落下していく。
あの状態で湖に落ちれば流石に助からないだろう。
そんな状態の女を視界に納めたからなのか、殺意に濡れていた闇たちが薄まっていく。
夜の闇さえ塗りつぶさんとしていた黒は夜の闇と同じほどまでその色を落とし、怒りで乾いていた心が元に戻っていく。
――俺は勝った。あの魔女に勝ったのだ。ああ、だから……もうこの女を殺す必要は、無いだろう。
そしてその代わりによく分からない達成感が心を占め……それに入れ替わるように、この女を助けなければ、と。そんな思いが心に浮かぶ。
……
そうだった。
完全に忘れていたが、俺がこうして色々な場所を回っている理由の一つに『配下を増やす』というものがあったではないか。
何となくイラついたから殺して終わり、ではここに来た意味が無くなってしまう。
アリエル、あの女を助けてやってくれ。
(それは別に構わんが、お前はそれで良いのか? ずいぶんと殺意の篭った攻撃をしていたが……)
構わない。
(……ふむ。まあ私は何でも構わん故、お前がそう言うならそれで構わんがな)
女が水面に落ちる前に湖面から水が吹き上がった。吹き上がった水は女を優しく包み込みながら球状になり、ゆっくりと宙を動きながらこちらに近づいてくる。水球は俺の近くまで移動すると、女をゆっくりと横たえるように形を崩しながら床に広がっていく。
床に横たわっている女は僅かに胸が上下しており、その動きが女が生きているのだという事を伝えてくる。
『とりあえずは助けましたが……これからどうするつもりですか?』
配下にする。
『配下に……?』
何か知っているかもしれない奴がこうして生きているのだから、配下にして色々と聞こうと思ってな。
『レクサスさん……この女は気に食わないから殺して、ソフィーさんの方に聞くんじゃなかったんですか? ……もしかして、何か理由が?』
……別に、これと言った特別な理由など無いのだが。
もし理由があるとすれば、生きているのだから配下にすればいいではないか。殺して食う必要も無いだろう、と。その程度のものである。
……と言うか語り人が語り継いでいるぐらいなのだから、この女はそこそこ有名な魔女であるはずだ。
元々の目的が「配下を増やす」というものなのだから、そこまでおかしな事はしていないと思うのだが……
ジズドの問いに対してそんな事を考えていると、お前は何を言っているのだと言わんばかりに疑問さえ浮かべ、アリエルがジズドの問いに答えた。
(ジズドよ、倒した敵を配下にするのに理由が必要なのか?)
『確かに普段であれば気になりませんが、あれ程の殺意を飛ばしていたのに何故? と思いまして』
(相変わらず細かい事を気にするのだな、お前は。……殺そうとして殺しきれなかった、ならば配下にしておくか。倒した敵を配下に加える理由など、所詮はそんなものだ)
別にそこまで言うつもりは無いのだが、と。
一瞬だけそんな事を考えたのだが……アリエルの言葉は大体当たっているようにも思う。
スイの様に最初から戦う意思が無い存在ならばともかく、メディアにしろ鉄の王にしろ戦った結果がああなっただけなのだ。
もしメディアが俺の一撃を受けて死んでいたら配下にしようとは思わなかった――と言うか出来なかった――だろうし、もし鉄の王が生きていれば配下にしようと思っただろう。
戦って強いと感じた相手が生きていれば配下にし、死んでいたら死霊兵にする。
なるほど、分かりやすい理由としては確かにその程度なのかもしれない。
そんな事を考えていると、地面を揺らしながら重たい扉を開いたような音が部屋に響いてくる。
その音に反応して背後を振り返ってみると、硬く閉じられていた扉がだんだんと開いていた。
人が一人通れるほどまで扉が開くと、まだ開ききっていないがスイとザック、そしてソフィーが中に入ってくる。
ソフィーが部屋の中に足を踏み入れた時、床に横たわる魔女を見て目を見開いた。そして次の瞬間には生きていると分かったのか、深呼吸をする時のように深く息を吐いた。
魔女が死んでいなくて残念だったのか、それとも生きていて安心したのか。俺にはソフィーがどういう意図でその行為をしたのかはわからなかった。
まあザックと争っていないと言う事は、あちらに関しての決着はついたということなのだろう。しかしその決着が早く着いたせいでザックの目の前で魔女を配下にする事になったわけだが……まあ、何とかなるだろう。
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二週間後で無理なら次の更新は8/4以降になると思います。
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