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迷宮の王をめざして  作者: 健康な人
二章・四人の敗北者編
66/72

ソフィー

誤字修正しました。  6/23

 地下に向かう入り口は見た目どおり小さく、人一人が通るのがやっとの大きさであった。

 カツン、カツンと硬質な物同士が触れる音が辺りに響きながら、ゆっくりと地下へと下がっていく。


 ……

 そのまま何事もなく階段を降りていき、地下の部屋に足を一歩踏み入れた時――視界に映る景色が変わった。


 深紅のカーペットが一本の道のように大き目の玉座まで繋がっており、カーペットの周りには等間隔に配置された剣を掲げている騎士の像が存在感を放っている。

 天井となるべき物は完全に崩壊しており、室内を照らし出す巨大な青い月が天を覆っていた。

 意味の分からない唐突な視界の変化に驚いたが、とりあえずはザックの安全を確認しようと思い後ろを向いたのだが……背後には閉じられた巨大な扉だけが存在しており、ザックもスイも存在しない。


 訳が分からない。

 そう思いながら再び前を向くと、この部屋の主のように玉座に腰掛けている人物が視界に映った。

 玉座に腰掛けているのは、顔以外の全身を隠すゆったりとした服を着た女。

 地面に届くほどの長髪を持ち、無造作に下ろされた髪は顔の半分を覆っている。髪に隠れていない顔の半分は死人のように青白い肌を晒しており、青い月の光に照らされている事でそれがより強調されていた。

 そして、青白い肌の中にあって尚青く輝くのは宝石の如き輝きを放つ青い瞳。

 宝石のような美しい輝きを放ちながら、ガラス玉のような安物さを感じる。何も映さない無機質さを持ちながら、俺の中の何かを見続けているそれは何か狂気的なモノを秘めているようにも感じられる。


 そんな女が片手を上げ手招きをするような動きを見せる。

 すると再び視界が変化し、俺は何時の間にか女の目の前に移動していた。

 それと同時に幾つかの騎士の石像が音を立てて砕けるが、そんな物など気にしないとばかりに女の視線が一段高い玉座から、まるで見下すように俺を射抜く。

 そして何かを確信したような笑みを浮かべ、嬉しそうな声音で口を開いた。


「ああ、ようやく見つけましたよ。私に足りないモノはあなただったのですね」



  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



「なッ?!」


 俺達は地下に向かって足を進めていた。

 薄暗い階段を下りながら、ゆっくりと前へ進んでいた――はずだった。


 だが、俺の前を歩くあの人が地下の部屋に足を踏み入れた瞬間――カシャンと言う何かが砕けたような音と共に、まるで空気に溶け込むようにあの人が消えてしまった。

 慌てて一歩踏み出して手を伸ばしたが、俺の手は何にも触れる事無く空を切る。

 あの人が先ほどまで存在してた場所からは、何も感じられない。

 焦る気持ちを抑えながら、現状を確認しようと辺りを見回すと、そこは何かの研究施設のような様相を呈していた。


 踏み込んだ地下室には光量の足りない燭台が揺らめき、雑多に散らかされた大量の書物が置かれている。部屋の中心には魔力を感じる紋様が浮かび上がり、青白い光を発していた。

 その紋様の中心には砕けて粉々になっている何か――おそらくは水晶――が存在している。

 そして俺は地面に描かれている紋様を視界に納めた時、まるで本能が忌避するように一歩後ろに下がってしまった。


 ――瞬間、俺の背中にひんやりとした何かが触れた。


 心臓が止まったのではないかと錯覚するような恐怖を感じ、恐る恐る背後を振り返ると……俺の背後にはスイの嬢ちゃんが浮かんでいた。

 恐怖で縮こまっていた心臓が正常に動き出し、安堵の溜息と共に息をつく。

 自分が一人ではないと言うことをようやく思い出し、まともな思考が戻ってきた。


「はぁぁぁ、嬢ちゃんは無事だったか」

「……ブジ……デモ……コノママ、ジャ…アブナイ……」

「……そりゃあ俺だって分かってるよ。あの人を一瞬でどうにかする相手なんて、どう考えてもやばいだろ」


 そう、かなりヤバイ。

 あの人の実力の底は未だに分からないが、城下町で見せた正体不明の攻撃は凄まじいの一言だった。……そしてあの攻撃は、剣を振るっても届かない場所に立っている女の首が飛んだのだから、何らかの魔術的な攻撃である事は間違いない。しかし魔力の揺らぎすら感じる事は出来ず、何を発動したかさえ理解させない。

 そのように術式を高速展開でき、発動まで持っていけるあの人が何も出来ずに何かされたのだ。俺では、次の瞬間に首を刎ねられたとしても気付く事ができないかもしれない。

 それは、まるで断頭台に首を乗せられてしまったかのようなどうしようもない恐怖だった。

 俺の恐怖に呼応するように、先ほどまではどうとも思わなかった闇が一段と深さを増した気さえする。


「……デモ…カンタン、ニ…ニゲラレ、ナイ……」

「逃げられないって……さすがに、そりゃないんじゃねぇか?」


 ……だから俺は、嬢ちゃんの言葉を否定した。いや、信じたくない、と。単純にそう思ったから、そう口にした。

 あの人が何らかの目的――おそらくは、この城に辿り着くまでの訳の分からない森を抜けるため――で呼び寄せた嬢ちゃんがこの状況から逃れられないと口にするのは、俺にとっては首の上に添えられた断頭の刃を支える最後に残った綱が切られたのと同じなのだ。

 簡単に言ってしまえば……嬢ちゃんの言葉を信じるのであれば、何時落ちてくるのか分からぬ刃が俺の命を奪うまでの間を祈る事くらいしか出来ることがない。


「……ワタシ、ノ……チカラ…ツヨク、ナイ……ジュンバン…ニ、ススム……シカ…デキ、ナイ……」

「順番に進むことしか出来ない? そりゃマジでいってんのかよ?」


 この嬢ちゃん、まさか先に進むつもりだったのか?

 確かに嬢ちゃんも強い魔力を身に宿して入るだろうが、あの人には及ばないだろう。であれば、あの人が何かされたような相手を嬢ちゃんがどうにかできるとは思えない。

 そんな事を考え、こいつは馬鹿なのかとさえ思いながら嬢ちゃんを見る。

 しかし嬢ちゃんは俺の言葉にコクンと頷き、俺の頭上を飛び越えて部屋に存在する紋様に近づく。そして嬢ちゃんが紋様に手を翳すと、紋様から感じられる魔力が変わった。

 先ほどまでの思わず一歩下がってしまう嫌な物ではなく、清流のような清らかさを感じる物へと変化する。紋様が発していた青白い光も透き通るような水色へと変化していた。そして、紋様の上にはかなりの魔力を内包した水球が現れていた。


「……ココ、ハ……コレデ…イイ……」

「……今、何をやったんだ?」

「…レ…………ココ、ハイル……カク……タエキレ、ナイ…ダカラ、コワレタ……コレデ、イイ……」


 核が壊れた、か。

 と言う事は……紋様の上で砕けているあの何かが、嬢ちゃんの言う核だったのだろう。

 そして、これでいいと言う事は嬢ちゃんが作ったであろう水球が新しい核と言う事なのだろうか。

 ……だから何なのだ、と言う話ではあるのだが。


「……ツギ…イク……サキ、ススメル……」

「待て待て、何がどうなってんのか訳が分からねえ。次行くだの先進めるだのって、何処行くつもりだよ?」

「……アンゼン、ナ…バショ…?……」

「安全な場所って……」


 安全な場所? 先に進むってのが、どうして安全になるんだ。さっさと城の外に出た方がマシだろ。

 いや、それとも……この場所も城下町も、そもそも俺が考えている以上に危険なのではないだろうか?

 あの人が居たから安全だっただけ、と。そうは考えられないか?

 ……

 ………十分ありえそうだ。いや、十分どころか嬢ちゃんの反応を見る限りほぼ確定か。

 だから嬢ちゃんは、戻ったりするよりもあの人が居るであろう場所に行こうとしているのだろう。

 どうしてあの人が居る場所への行き方が分かるのか、それが何故だかは分からないが……あの人も嬢ちゃんの道案内として信頼していた。おそらく、嬢ちゃんの言葉は嘘ではないだろう。

 ……それに、色々考えた所で俺だけではどうしようもないのは事実だ。


「……いや、わかった。嬢ちゃんに任せるわ」


 結局は嬢ちゃんの言葉に従ったほうが良いと判断した俺は、嬢ちゃんの言葉にそう答える。


「……ツギ、イク……」


 そう言って嬢ちゃんは俺の前に移動し、ゆっくりと階段を上り始めた。



 ……


 …………



 この城に入ったばかりの最初の分岐路。

 そこまで戻ってきた嬢ちゃんは、地下へと続いているもう一つの道。大き目の階段があるそこへと向かった。……当然俺も、嬢ちゃんに続いてその階段を下っていく。

 地下へと続く階段は大きいか小さいかの違いしかなく、それ以外は殆ど同じような造りであった。


 そして地下室が見えた時、先ほどのようにすぐに踏み込む事はなく、嬢ちゃんが立ち止まり……それと同時に、嬢ちゃんの魔力が一瞬だけ揺らいだ気がした。日の当たらぬ地下なので肌寒いのは当然なのだが、嬢ちゃんが放つ魔力の揺らぎに合わせて空間が湿ったようなじめじめとした感覚と共にさらに一段階温度が下がった気がする。

 ――そして次の瞬間、何かがひび割れるような小さく甲高い音が響いた。


「……コレ、デ……ダイジョウブ……」


 そう口にした嬢ちゃんは先ほどまでの移動のように、ゆっくりと移動を開始しそのまま地下室へ降りる。俺もそれに習い地下室に足を踏み入れると、先ほどの地下室とは違った感じの部屋が広がっていた。


 部屋の中央には、先ほどの地下室で見た紋様よりも大きな紋様が青白い光を発しながら存在感を放っている。紋様の中央には、中心部分に罅が入っている質の良さそうな水晶が置かれていた。……透き通るような色や大きさ的にも、先ほどの部屋にあった砕け散った何かの元の姿は、この水晶で間違いないだろう。


 さらに、部屋の中には作りかけの石像が幾つか存在していた。

 上半身しか作られていない物、腕が欠けている物と。様々な石像が不気味に佇んでいる。全ての石像は共通して顔が未完成であるが、服装や持っている武具はこの城の門に存在した三体の石像とほぼ同じ物だ。


 そして……そんな未完成の石像の中、大き目の机の上に大事そうに横たえられている、この部屋で唯一つだけ完成している「人形」があった。

 「人形」は全裸であるせいで何も隠す事はできていないが、健康的な肌の色と鍛えられた戦士のような無駄のない肉体のせいである種の神秘的ささえ纏っている。……しかし、本来は人に宿っているべきである意思が……魂とでも言うべき何かが、この「人形」からは感じられない。

 どれほど精巧に作られていても、どれほど「人」に近くとも、これでは何処まで行っても「人」にはなれないだろうな、と。


 本能的にそんな事すら感じながら、何を知っている訳でもない俺は、この存在を「人形」として認識していた。これと比べるのであれば、動いて喋っている分だけ城下町に存在していた女たちの方がまだ「人間らしい」


 ……そして、優秀な戦士のように見える「人形」には戦うための防具はおろか、体を隠す服すらも用意されていなかった。

 しかし服や防具は用意されていないのと言うのに、強い魔力を纏っているかなりの業物であろう長大な槍と長剣は大事そうに「人形」の横に置かれている。

 槍と長剣の装飾は古い時代に流行った物であり、この城の門に存在していた石像の一体……大剣と盾を持ったぼろぼろの男が使っていた武具と同じ時代のものだ。

 この繋がりを素直に捕らえるならば、この槍と長剣は石像の男と同じ時代に使われていたのだろう……まあ同じ時代に作られただけであり、関係があるのかは分からないが。


 ……


 それにしても……色々と噛み合わないものだ。

 見た目は綺麗で、しかし「中身」がないと感じてしまう「人形」

 服や防具はないのに、一目見ただけでわかる業物の武器は用意されている装備品。


 ……


 まあ、一々考えても仕方がないか。

 せっかく見つけた物だし、触っても大丈夫そうなら貰っておくか。


「なぁ嬢ちゃん、この剣と槍って持って行っても大丈夫なのか?」

「……ダイジョウブ…キラキラ、モ……ダイジョウブ……」


 キラキラも大丈夫、か。

 光る物は水晶以外ないわけだし、キラキラってのは水晶の事か?


「でもこの水晶、割れてるよな? 持っていく意味あるのか?」

「……メディア…………トモダチ…ガ、モラッタ…テ、イッテッタ……スゴク…カチ、アル………ラシイ……」


 嬢ちゃんの友達が貰っていた、か。

 あの人は嬢ちゃんを呼んだわけだし、嬢ちゃんの友達とやらにこの水晶を渡したのはあの人だろう。

 嬢ちゃんを保護している報酬としてなのか、それとも別の理由があるのかは分からないが……魔族である嬢ちゃんを世話する報酬になっていると考えれば、すごく価値があると言うのは嘘ではないだろう。……割れていたとしても、持っていて損はないか。


「……なら、こっちも貰っとくか」


 素早く水晶を拾い落とさないようにしまうと、剣と槍を手に取る。

 そして俺が槍と剣を手に取った瞬間、体の奥から魔力と活力が沸いて来るような感覚を覚える。

 これは……間違いなく、かなりの物だ。魔術により、使い手を強化する術式が付与されている。


 本来であれば、何か自体に魔術を付与する事自体かなり高度な技術だ。そして「生き物の体」に「強化」を付与する強化の魔術は、長い間効果が持続しない事で有名でもある。詳しくは知らないが、長時間の強化に体が耐えられないらしい。

 しかし「使い手を」強化する強化の魔術を「武器」に付与することができれば、武器さえ破壊されなければ使い手は永続的に強化の恩恵を受けることが出来るはずだ。無論、肉体に直接付与していないため強化の度合いは下がるだろうが、持続性と言う点では比べ物にならない。

 付与と強化。

 確かに性質的には似ているだろうが、二つの高度な術式を繊細に扱わなければならないためお偉いさんや一部の馬鹿の絵空事のような話になるのが普通だが……事実この武器はそれを行っている。この武器を作った何者かは凄まじい術者だ。そして強化の負担に耐え続けているこの武器も、同じように普通ではない。


「……オワッタ……ツギ、イク……」


 手に取った武器のあまりの凄まじさに武器に意識を奪われていると、嬢ちゃんが声をかけてきた。

 地面に描かれた紋様は最初の部屋と同じようになっており、言葉通り嬢ちゃんはあの行動を終わらせた後である事が理解できる。


「ああ、わかった……武器が凄すぎて、ちょっと色々考えてたわ」

「……ソウ……」


 あまり興味がなさそうにそう答えた嬢ちゃんは再び俺の前に移動すると、俺が嬢ちゃんの後をついてきているのを確認しながらゆっくりと移動を開始した。



 ……


 …………



 そして俺達は、最後に残った行っていない道……上へと続く階段を上っていた。

 巨大な階段を上った先には閉じられている巨大な扉がある。そして硬く閉ざされた扉の前には……俺もよく見知っている、大空のような青い瞳を持った美しい女が佇んでいた。


「ソフィー……か?」


 つい口に出してしまった俺の問いかけに、上品に笑って口を開く。


「顔を忘れるほど久しぶり、と言うわけでもありませんが……私は間違いなく、あなたが知っているソフィーですよ」


 何時もと変わらん返事。何時もと変わらぬ笑顔。何時もと変わらぬ名前。

 軽口にすら聞こえるそのやり取りを聞いた俺は、無意味な言葉を発してしまう。


「なんで、ここに……」


 その問いかけが無意味であり、返事などなくても答えなど決まりきっているのは、分かっている。

 だがそれでも……もしかしたら、と。あるはずもしない答えを期待してしまう。


「その問いかけは、あなたがここに至ってしまった以上意味はありません。ですが、少しだけ言うのであれば……あなたが連れてきたあの方は、やはりあなたを殺す事になったようです」


 ソフィーはそう言うと、一瞬だけ嬢ちゃんに視線を向けた。

 しかしすぐに視線を俺に移すと、さらに言葉を続ける。


「そちらの方さえ居なければ、あなたは森を抜けられなかったかもしれない。部屋の仕掛けに気付くことも無かったかもしれませんし、気付いたとしても結界の解除は行えなかったでしょう。もし結界の解除を行えなければ……私に、会うことはなかった」


 ソフィーはそこで言葉を区切り、目を閉じる。そしてそのまま目を閉じたまま言葉を続けた。


「運が良かったのか悪かったのか、それすら私には分からない。……結果論ですが、こうなるのであれば下手な考えなど持たず、今まで通り行動していれば良かったのかもしれません。ですが私は――……いえ。言い訳にしか聞こえませんか。…………こうなってしまった以上、私がやらなければいけない事は、唯一つ……」


 そこでさらに言葉を区切り、目を開く。

 瞳には強い意志が宿っており、ソフィーの中で自分なりに何らかの結果が出たのであろう事が理解できる。


「……あなたの【魂】は、私が貰います」


 こちらの……俺の返事など関係ない。一人で納得し、一人で決め、一人で行動を起こす。

 それを体現するように、俺にとって殆ど意味の分からない言葉を言い終わったソフィーは、何時の間にか彼女の周りに展開していた無数の武具を凄まじい勢いで放った。









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