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迷宮の王をめざして  作者: 健康な人
二章・四人の敗北者編
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信頼と疑い

誤字修正しました   5/4

 しかし……今すぐ行くとは言ったが、前回のような移動手段があるようには見えない。

 このまま歩いて行くなどザックにとっては不可能なわけだし……何を使って移動するつもりだろうか?


 しかしザックはそんな俺の考えなど理解していると言わんばかりに口元をにやけさせ、気持ちの悪い笑みを作り口を開いた。


「今日中になら、って条件が付いてたんだがちょうど良い足があってな。……ただまあ、あんたの都合もあるだろうし、まずは見に行くってのはどうだ?」


 ちょうど良い移動手段か。

 ザックがそう言うなら俺の正体がばれるような物ではないはずだ。おそらくだが、本当にちょうど良い足として使える物なのだろう。

 ……それに、ザックが俺の正体をあえて見ないようにしている可能性が高いと分かった以上そちら方面で必要以上に気にする事も無いだろうしな。


 前回の事もありザックのことを信用していた俺は首を縦に振る事にした。


「こっちだ。多分だが、あんたも気に入ると思うぜ?」


 俺の返事を確認したザックは迷宮都市の門の方へと足を向けた。

 その足取りは何処と無く浮かれており、何となくだが嬉しさを滲ませているような気がする。


 ……それほどまでに俺の返事が嬉しかったのだろうか?









 大きいとは言えない少し汚れた馬車、それを引く体格が良いとはいえない馬。そして、荷物を積み込んでいる人々。

 俺が付いて行った先に居たザックの言う足とやらは商隊であった。

 積んでいる荷物は日用品が多く、特に消耗品が多いように見える。まあ、一言で言ってしまえば何処にでも居る町から買出しに出ている商隊だ。

 ……ある一点、おかしな事を除けばだが。

 商隊の指揮を執っているのは女。積荷を受け取っているのも女。護衛らしい武装をしているのも、やはり女。見える範囲ではだがこの商隊には女しかいないようだ。

 しかもどの女も美しい。


 ……


 ……別に人の事情に首を突っ込むつもりもないし、俺の考えを押し付けるつもりも無いが……これは少し……いや、馬鹿馬鹿しくなるほどの大馬鹿の行いではないだろうか?


 はっきり言って、襲ってくれと言っているようなものだ。

 荷物より先に守る物があるだろう、と。思わずそんな事を思わずには居られない。


 そんな事を考えているとザックの口元の笑みが深まりどこか自慢げに言葉を発した。


「美人ばっかだろ? この商隊が魔女の城の近くにある町から買出しに来てる連中でな。いろいろ良くして貰ってんだ」


 ……何を良くして貰ってるのかは知らないが、確かに美人だ。しかし俺としては美人かどうかより役に立つのか立たないのかの方が重要なわけだが……

 そんな事を考えていると、俺の言わんとしている事など分かっていると言わんばかりに言葉を続ける。


「知り合いだから頼めば断られないだろうしちょうどいいと思ってな……まあ、あんまり人間に関わりたくないってんなら前みたいに適当な馬でも見つけてくるつもりだが……」


 構わない。


 はっきり言ってその事に関してはどうでも良いと思っていたので問題ないと伝えておく。

 ザックがこちらの事を深く聞いてこないのであれば、この女たちにどれだけ不審に思われても問題ない。どうせ今回限りの出会いだし、向こうも一々俺の事を覚えてなどいないだろう。


「話が早くて助かるわ。ちょっとした手間って言っちまえばそうなんだが、今から馬探すってなるとそれはそれで面倒だしな」


 ザックとそんなやり取りをしていると指揮を執っていた女がこちらを振り向いた。

 女は何やら一瞬考え込むような素振りを見せたが、すぐに自分の中で答えが出たようでこちらに向かって歩いてくる。


「こんにちは、ザックさん。わざわざ見送りに来てくれたのですか?」


「実は水晶洞窟に寄った後、魔女の城に行くって事になってな。……で、一回断っといてあれなんだが、頼めるか?」


「ええ、もちろん大丈夫ですよ」


 急としか言えないザックの頼みを女は嫌な顔をする事無く了承した。

 ……むしろザックの同行を受けた女の表情はどこか嬉しそうですらある。


「ただ……水晶洞窟に行くつもりなのでしたら、しばらくは止めておいた方がいいと思いますよ? お爺ちゃんがしばらくは近寄らないほうが良いって言ってましたから」


「あー、そうなのか……」


「で、そちらの方が?」


 女の視線がザックから外れ俺へと向く。

 美しいガラス細工のような透き通るような青い瞳が、まるで何かを見抜こうとしているかのように俺を見つめている。


 ……そして次の瞬間、何かに驚いたように僅かに目を見開いた気がした。

 ザックと話していた時のどこか楽しそうな雰囲気はそのままに、俺を見つめる目だけが驚いているようだ。


「ああ、前にちょっと話したが最近組んでる人でな。口数の多い人じゃないが、腕は確かだ」


 しかし女の雰囲気の変化を感じる事が出来たのも一瞬。

 ザックが女の言葉に応えた時には既にその雰囲気は消え去っていた。


「……なるほど、討伐者の方でしたか。私はソフィーと言います。ザックさんが認めるほどの方であれば護衛は安心ですね。……では今から皆に顔見せをしておいてください。知らない人がいると皆さんも驚かれると思いますし」


「助かるわ」


 女は俺の事を討伐者と勘違いして頭を下げてくる。頭を上げた時に今度はこちらから瞳に意識を向けてみたが、先ほど感じられた驚きの感情は一片たりとも残っていない。


「知らない仲と言うわけではありませんし気にしないでください。……それと……ザックさんだけでかまわないので、挨拶が終わったら私のところに来てもらえますか? 色々話したい事があるので、明日の朝ほどまではかかると思うのですが……」


「あー……」


 ソフィーの問いに答える前にザックが俺の方を伺っている。

 ……別に、そこまで俺のことを気にしなくてもいいと思うんだがな。それとも、俺はそんな事まで一々文句を言うやつだと思われていたのだろうか?


 問題ないと言う意思を伝えるため首を縦に振る。


「……んじゃぁ、挨拶終わったらそっちに行くわ」


 俺の動きを見たザックはそう返事をした。

 別に、そこまで俺に気を使わなくてもいいと思うんだが……


 まあ、それ自体はどうでもいいわけだが、この女が先ほどの説明で納得するのには驚いた。全身が隠れるような外套と鎧を着込んだ存在など、近づいて欲しいとは思わない気がするのだが……


『口数が多い人じゃない、と言うのは多く語らせるような質問をしてくるなと言う意味。腕は確か、と言うのは討伐者と言う事にしておいてくれと言う意味。分かりやすく言ってしまえばどちらも人物像について深く聞いてくるな、と言う意味ですよ』


 そんな意味があった事を初めて知ったわけだが、普通はそれで納得するものなのか?


『絶対ありえませんね。大体自分でそう語る事があったとしても、誰かに紹介する時に使うなんて事ありえませんよ。……まあ、今回に限って言えば話が通じると思っていたからあんな事を言ったのでしょうが』


 ……要するに仲が良い、と。そういう事か。なるほど、分かりやすい答えだな。



 ジズドとそんなやり取りをしながら商隊の皆に挨拶していく。

 まあ挨拶と言ってもザックが俺の事を適当に紹介し、その間ザックの後ろに控えているだけなのだが。


 俺たちが一通り挨拶を終えた頃には荷物の積み込みも終わり出発する事になった。

 ちなみに護衛なのだから、と言う理由で歩かされることは無かった。まあそれに関してはザックが足があると言った時点で歩かされる可能性は無いと思っていたためあまり不思議には思わなかったが。


 ……ちなみにザックは既に指揮を取っていた女の方に行ってしまったため俺は完全に暇を持て余している。

 その際に水晶洞窟に寄るのは今回は無しと言う事を言っていた。

 水晶洞窟に詳しい爺さんが近寄らないほうが良いと言っていたとか何とか……まあ、俺としても水晶洞窟よりは魔女の城の方が気になるから別に何でもいいわけだが。

 しかし、ただこうしているのも面白くないな。


 ……


 そう言えば、アリエルは魔女の城について何か知らないのか?


(魔女の城と言うのは知らんが、魔女と呼ばれていた女なら居た気がするな)


 ……知っているのか。


 どんなやつなんだ?


(確か不老不死に近づいた四人組の一人だとか何とか、そんな話を聞いた気がするが……詳しくは知らん)


『不老不死ですか?』


(ああ)


『……不老不死を実現している存在など聞いたことも無いのですが……』


(私も少し聞いただけで詳しくは知らんと言っているだろう。まあ、調べると言うのは分からん事を調べるからこそ調べると言うのだろう? ならば何も知らないほうが面白いのではないか?)


 その通りだな。

 まあ期待できそうだと言う事は分かったのだし、楽しみは取っておくとするか。



  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



「ソフィー、来たぞ?」


 こんな事必要ないかもしれないが、一応は礼儀だ。一声ぐらいはかけておいたほうがいいだろう。


「どうぞ入ってください」


 ソフィーの返事を聞いてから垂れ幕を潜る。

 ほの暗い馬車の中にソフィーは座っており、自己主張するような二つの青い瞳が闇の中でよく映えている。


「お前の方から話があるなんて珍しいな。一体どういう風の吹き回しだ?」


「……先ほどは聞けませんでしたが、魔女の城に行くと言っていたようなので。あれはどういうつもりなのですか?」


 ……やはりそう来たか、と。

 己の予想が当たっていた事に内心で溜息をつきながら、どう言えば面倒が少ないかを考える。


「どういうつもりも何も言葉通りの意味なんだが……何かまずいのか?」


 俺のその言葉を聞いたソフィーはこれ見よがしに溜息をつき、青い瞳を閉じる。

 息を吐き終わると共に再び瞳が開かれるが、その瞳には僅かな怒りが浮かんでいる。……まるで聞き分けのない子どもに言い聞かせる母親のような、あるいは愚行に気付かぬまま行動する愚か者を見るような……そんな目だ。


 ……ソフィーを無視して魔女の城に行ってもいいが、今後の事もある。面倒ではあるのだができる事なら説得しておきたい。


「魔女の城。大昔からある城に魔女が住んでいる事からそう呼ばれている。その城には満月の夜しか辿り付く事ができず、魔女に会う事で永遠の命を得る事ができる。……何処にでもある噂話の一つじゃないか。で、俺は噂話の真相を確かめにぼろい城に行くだけだ。それがそんなに可笑しいか?」


「……しかし魔女の城に近づくべからず。空に浮かぶ満月は魔女の瞳であり、夜を支配する闇は魔女の腕である。城の中に入る事は大きく開けた口に飛び込む事と同じであり、城に潜む悪魔を打倒しなければ魔女に会う事はできない。……私は以前、ここまで伝えたはずですが?」


「まあ、その辺の事は大丈夫だ。さっきも言ったが俺が今組んでるあの人、かなりの強さだからな」


「……それは一目見ただけですぐに理解できました。ですが、あの人物の力はいささか強すぎる。強すぎる力は敵だけでなく味方も、己さえも容易く傷つける。ザックさんはそれが分かっているはずですが?」


「心配してくれるのは俺としても嬉しいしありがたいわけだがよ、ちょっと心配しすぎだぜ?]


「もっとはっきりと言わなければ分かりませんか? 私は、あの人物が恐ろしい。……いえ、あの人物だけではありませんね。鎧も剣も……身に着けた武具一つとってもモノが違う。……あれは唯人の届く領域ではない。その様な人物と行動を共にするなど、正気とは思えません」


「その割にはすんなり同行を許した気がするが?」


「こちらの事を敵と認識していない怪物をわざわざ怒らせる人がいますか?」


「……だがよ、お前が怪物なんて思う人が味方なんだ。何処に心配する要素があるってんだよ?」


「怪物は何時も気まぐれです。僅かな心境の変化で容易く味方を食い殺す。だからこそ怪物と呼ばれるのです」


 ……はぁ。

 必死に堪えてはいるのだが、思わず溜息が出そうになる。

 心配してくれるのはありがたいが、そこまで心配されると「お前は俺の母親か」と思ってしまう。


 ……少しだけ方針を変えるか。


「なら今から魔女の城に行くのはやめましょうって言うつもりか? 誰が言うんだよ? 俺か? そりゃお前、俺に死ねって言ってんのと同じだぞ?」


「…………そうですね。確かにその通りです。……すみません、私は自分で思っていたよりあの人物を恐れていたようです」


 まあ、俺がそれを言ったからってバッサリ切られるなんて事にはならないと思うがな。


「だから俺が……俺たちが出来るのは、強い力をどう自分に向けないようにするかじゃないのか? 俺はそう思って行動してるから、てっきりお前もそうだと思ったんだが……」


 ここらで俺に同調させてしまおう。

 自分の行動より俺がやっている事の方が正しいと、そう思わせる事が大事だからな。


「……ええ、分かりました。ザックさんの好きにして下さい。ですがもし魔女の城に行くつもりなら、絶対に魔女に会わなければいけませんよ?」


「何でだよ?」


「……私が言えるのはここまでです。ザックさんならきっと大丈夫だと、そう信じていますから……だから、ここまでしか言いません」


「言うなら言う、言わないなら言わないではっきりさせろよ。意味わかんねぇやつだな」


 俺の言葉を聞いたソフィーはくすりと上品に笑いまじめな雰囲気を霧散させた。

 ……こういう仕草を見ると、ただの村娘であるはずのソフィーがそうは見えないから不思議な物だ。もっとこう、貴族か何かが似合いそうなのだが……まあ、深く考えるべきじゃないか。


「私もそう思います。……だからザックさん……もっと面白い話を教えて下さい。まだまだ時間はありますから」


 ね、と。

 その言葉と共に先ほど感じた上品さが内に隠れ、気安い感じの雰囲気が表に出る。


「そうだな。多分お前も満足できると思うぞ」


 まるで見えない壁が消えたかのように。

 俺は自然とソフィーの隣に移動すると、今まで溜め込んでいた色々な話を自慢げな気持ちで語り始めた。







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