~決戦に向けて~
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ルフ要塞の中心の広場に彼らは集まっていた。
並の人間の倍はありそうな巨躯を誇る鬼族。
美しい金の髪と彫像のように鋭利な美しさを持つ半精族。
背中から鳥のような翼を生やした有翼族。
鬼族に近い巨体と底の見えない水の様な暗い色の瞳を持つ土人族。
動物を思わせる耳が特徴的な獣人族。
燃え盛る業火を思わせる魔力を纏っている人間族。
そして、四腕が特徴的な魔族。
人間族と魔族を除いたそれぞれが各種族の「王種」であり、その身に秘めた力は誰がどう見ても格が違うとしか言えないものだ。しかし「王種」でないからと言って人間族と魔族の男が他と比べて劣っている訳ではない。
人間族の男の力は、目に映る全てを燃やし尽くしてしまうのではないかと錯覚してしまいそうになるほどにとにかく熱い。魂さえ焼き尽くさんとするようなその眼光は、本当に人間なのかを疑ってしまう程に好戦的な色を放っている。
対して魔族の男は腕を組んだまま動かない。
己の世界に入り込んでしまっているようなその姿は獲物を狩る前の動物を思わせる。そして、王種が存在するこの場においても尚存在感を放つ絶大な力。戦闘において魔力が全てではないという事はここに居るすべての者が理解しているが、それでもつい意識してしまうほどその力は強大であった。
何故こいつが…魔族がここに居るのだという空気の中、その空気にも飽きたと言わんばかりに獣人の若者が口を開いた。
「…で、魔族の。何でお前がここに居るんだ? しかも知ってる情報を教えるなんて言い出したもんだから、余計に訳がわかんねぇんだが…」
獣人族の男は心底疑問だと言う感情を隠しもせずに無遠慮に魔族の男に話しかける。
その言葉に魔族の男が答えようとした時、半精族の女がそれに被せる様に言葉を続けた。
「まず聞くべきは、何故あなたがこんな場所に居て、何故私たちに協力しているか。ではないのですか? それを詳しく聞かせてもらわないと、あなたの話を聞く気にはなれませんね」
半精族の女はそう言って美しい顔を僅かに歪め、睨み付ける様に問いかける。
「テオさん…貴女方には聖火といったほうが伝わりやすいですか? とにかく、人間族の方に命を救われましてね。そのお礼に知っている事でも教えようかと思いまして」
おどけた様にそう答える魔族の姿を見ると、半精族の目つきはますます険しくなっていく。
「信用できないわね…大体、あなた達魔族はそう簡単に死に掛けたりしないでしょう」
「そうですね。確かに、私たちは簡単には死にません。ですが死にます。……死なないように感じるのは、単に貴女達が弱いからでしょう?」
魔族の男は、何を言っているのだと言わんばかりに自然にそう言い放つ。
「貴様ッ!」
「落ち着いてください! ここを吹き飛ばすつもりですか!?」
「離せ! 欠片も残さず消し飛ばしてやる!」
「…以前会った時から変わっていませんねぇ。手が出せないからとよく喋るお方だ。いやはや、懐かしささえ感じますよ」
まるで怒りに呼応するように爆発的に魔力が高まり、それを放つ直前で有翼族の優男に羽交い絞めにされて動きを止められる。体の動きを拘束されると同時に高まった魔力が急速に萎んでいく。
一瞬で力を高める技量も、一瞬で高めた力を散らせる技量もどちらも簡単に行える物ではない。
しかし魔族の男はその様子を尻目に他の王種達に向き直ると何事も無かったかのように会話を続ける。
「先ほども言いましたが、私がこうしてここに居るのはお礼のようなものです。ですがまあ、不快に思われる方も居るようなので言いたい事を伝えてさっさと出て行くとしましょう。……鉄の王があそこを狙っています。彼に会いたくないのであれば、手を出すのはしばらく辞めておいた方がいいでしょう」
男がそう口にした瞬間、空気が凍った。
「では私はこれで」
言いたい事は言ったとばかりに男がさっさと立ち去ろうとする。
しかしその事に対し、白髪が目立つが生命力に溢れた土人族の老人が待ったをかけた。
「待て。何故やつが動く?」
「やつの配下に雷獣と呼ばれている男が居たのですが…その男、どうも死んだようなんですよ。ここのお姫様が使役しているあれは、おそらく………………まあ、とにかく。やつは来ますよ」
「…半精族の長ではないが、それだけでは納得できんな。理由がよく分からん上に唐突過ぎる」
「強いから戦う。私たちの行動原理などその程度です。これに納得が出来ないのであれば、あなた方を納得させるような理由や理屈は見つかりませんね」
嘘か真かの判断をつけるため納得のいく理由を求めている土人族の問いに答えない。
その様は、最初に口にしたように命を助けられた恩義から知っている情報を教えただけだと。それ以外の意図など最初から何も無かったのだと。そう言っているかのようであった。
「私を見つけて癒してくれなければ、さすがに死んでいたでしょうから感謝はしています。ですから知っている事は教えました。しかし、これを聞いてどうするかはあなた達の問題ではありませんか? 助けていただいたテオさんであれば丁寧に説明しても構わないのですが…あなたが納得するまで付き合う義理はありません。こちらにも、都合と言う物がありますから」
魔族の男はもう話す事はないといった感じに背を向ける。男が向いたその方向にはルフ要塞の出口が存在していた。
「…都合?」
今すぐ出て行こうとしている魔族に今まで口を開く事のなかった鬼族の男がそう問いかける。
「鉄の王に邪魔される前に氷の女王だけはやっておきたいのですよ。負けたまま、と言うのは好きではないので……このような状況を作り出してまでやつらに戦いを挑もうとしているあなたになら、理解してもらえるのではないでしょうか?」
最後にそれだけ告げるとさっさとのその場を後にする。
後に残ったのは難しい顔をした各種族の王種たちと、訳が分からないといった顔のままため息をつく人間族の男だけであった。
「……はぁ。俺としては鉄の王とやらに邪魔される前に喰らう者をやっちまいたいわけだが……あんたらはどうすんだ?」
人間の男…炎帝と呼ばれている彼がそう問いかける。
そもそも何故こんな事になったかと言うと、彼が彼の友人と一緒に森で新しい術を試している時、周りの木を薙ぎ倒し倒れている魔族の男を見つけたのが事の始まりであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
森で見つけたそいつは、傷だらけになってはいたが、立派な腕を四本生えていることが特徴的な鍛えられた肉体を持つ男であった。
しかし腕はおかしな方向へと捻じ曲がり、主に体の前面に存在している巨大な何かに殴打された怪我のような傷が残っており鍛えこまれた肉体は見る影も無くぼろぼろになっている。
背中から覗いている無数の切り傷は木を薙ぎ倒した時についたものであろうが……槍か剣で付けられたように深く抉れた傷も存在してた。血が乾き黒く変色した筋が体についているだけではなく、流した血で地面の色を変えているその様子は痛々しく生きているとは到底思えない。
しかし、口から漏れる僅かな魔力は目の前の存在がまだ生きている事を告げている。
俺がそんな風に冷静に男を見ていると、テオは倒れこんでいる男に駆け寄った。
「この人…まだ生きてる! 助けるから手を貸して!」
「はいはい、分かりましたよ。周りは警戒しとくからさっさと直してやれ」
「ありがと………すぐ直すから頑張って」
テオは男の傍にしゃがみ込むと祈るように手を胸の前で合わせた。
するとその祈りに応えるかのように、炎の翼が左右一対に四枚テオの背中から現れる。その存在を見せ付けるように翼を開くと、翼から剥がれ落ちたかのように小さな火の粉が舞い散った。
炎の翼はテオの周りに火の粉を降らせながら一度羽ばたくと、舞い踊る火の粉が量を増してあたりを照らしていく。
「……癒して…」
目を開き、独り言のように小さな声で呟く。
久しぶりにテオのこの声を聞いたが、そこらに居る神官達よりよほど真摯さが伝わってくる。そこに込められた思いは、唯傷ついた者を癒したい、助けたいといったものだけだ。一言しか口にしていないが故に俺のような者でも理解できるほどに、その思いは純粋だ。
テオの声に応えるように、唯舞い散るだけであった火の粉が意思を持ったように規則的に動き始める。
壊れやすい物を包み込むように優しく柔らかな暖かさが男を包んでいく。
その暖かな光は雪のように男の体に降り積もり血を失った体を温めている。火の粉は傷に触れると一瞬だけ燃え上がると、やはり一瞬でその姿を消す。炎が消えたその場所には傷跡らしきものは僅かな線ですら残っていない。深い傷や重傷の腕はそう簡単には治らないが、二度三度と繰り返しているうちに確実に怪我の程度が良くなっていっている。
男の体に灯った炎は燃え上がっては消え、消えては燃え上がるを繰り返す。
テオの周りを照らす火の粉が少なくなると炎の翼が再び羽ばたき炎を増やす。そして火の粉は男を癒すためにその数を減らしていく。
その姿は、死にかけた者に命と言う炎を分け与える天使そのものに見える。その天使は敵を打ち倒す男ではなく、病人を甲斐甲斐しく世話する女であるようでもあり……俺にはそのイメージが、テオに重なって見えてしまう。
…テオにこんな事を感じてしまうなんて、おかしな事だな。
「……あ、なた…は…………? ……な、ぜ…………?」
しばらくそうして癒していると男が目を覚ました。
意識を取り戻したおかげなのか弱弱しかった呼吸は一瞬で整い、息をするたびに周りの魔力を食らっていく。量は少量ではあるが、テオの周りの火の粉の減る勢いは僅かに早くなっている。
「少し黙っていてください。死に掛けているのは間違いないんですから」
「………なる…ほど……し…んだ……わけ、では…ない……の…で、すか…」
テオにそう言われた事で男は目を閉じるとしばらくは黙っていた。しかしそうして黙っていたのは本当に少しであり、すぐに目を開き視線をテオに向けて喋り始めた。
「…あなたが、たすけて、くれたのですか?」
「そうです」
「お前、もう話せるのかよ。すげぇな」
この男のあり得ない回復力を見、俺はつい思ったことを口に出してしまった。
いくらテオが癒したからとは言っても、それにだって限界はある。
しかしこの男は、俺が以前倒れてしまった時とは比べ物にならないほど手酷くやられていたと言うのにこの短時間で意識を取り戻し話すことまで出来ている。普通ではあり得ないことだ。
「ええ。なんとか、ですが。…からだは、うでいっぽん、うごかせません、がね。…まったく、ぶざまなものだ」
「俺から言わせりゃ生きてるだけですげえよ。あんたの状態だが、正直に言っちまえば死体にしか見えなかったぜ?」
「くびが、つながっていれば…そうかんたんには、しにませんよ」
「死にかけだと思ったが冗談言えるなんて…意外に余裕なんだな?」
「かのじょの、おかげです。ここまで、こうどな、いやしは…ひさしぶりに、みましたよ」
「テオは男だぞ?」
「……」
「……」
「…そう、ですか。それは、すみません。いやはや、わたしはつくづく、ひとを、みるめがない。そうおもったのは、きょうだけでも、にどめ、ですよ」
「……いえ、何時もの事ですから。あなたは気にしないでください。それより…あなたの怪我は、目に見える傷だけではありません。ですからしばらく安静にしなければいけないのですが……ねえ、ガング。要塞に連れて帰っちゃダメかな?」
「まあ、別にかまわねぇが……なんつぅうか、疲れそうだな」
主に俺が、と。そう口には出していないが俺の言いたいことは伝わっているだろう。
こいつの鍛え上げられた体はどう見ても軽そうには見えない。テオの腕力はまったくと言って良いほど期待出来ないため、こいつを運ぶのは俺の役目と言う事になる。
ルフ要塞までの距離はそこまで大きく離れていないが、かなりの重労働であることに変わりはない。
「いいから、早く運んでよ」
「なんだ、怒ってんのか? お前が女に間違えられるのなんかいつもの事だろ」
「……そうだね。いつも、間違えられるよね。訂正する気も起きないよ」
その声には僅かな怒りと多くの諦めが混じっているように感じられる。
こいつが女に間違えること自体は昔からかなり頻繁にあった。しかし、テオは怒ると俺に噛み付く癖があるのかと思ってしまうほど、こいつの不機嫌は大体の場合俺に向けられる。
女みたいな顔してるからって俺に当たるなよな、面倒な。
ため息をつきたくなる気持ちを抑え、地面に倒れたままの男を持ち上げる。
男の体は想像以上に重く、持ち上げるのにかなりの力を使ってしまう。
…さっさと要塞に戻らなければな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
俺は男をルフ要塞に運んだ後、何故あんな場所で倒れていたのかや誰にやられたのかなどを聞いた。何も答えないかとも思ったが、命を救われた礼だと俺たちが聞くことには全て答えていた。
男が攻めた場所は死者の都であった事。
男は魔族であり、死者の都で戦い敗れた相手も魔族であった事。
魔族の連中はかなりの数で死者の都を攻めたらしいが、死者の都の話を聞くとその攻勢が失敗したらしいと言う事。…死者の都が落とされていないと言う事を知った時、語っている内容の割りには喜んでいるようだった。
その笑みの理由はおそらく、こいつに勝った魔族がまだ生きているからだろう。お互いに死んでいないなら、次に勝てばいい。おそらくだが、そういう事なのだろう。
魔族は好戦的な者が多いらしいと聞くため、こちらがこいつの本性なのかもしれない。
鉄の王とやらの事を聞いたのはそういった事を聞いている時であった。
何でも魔族の中でも頭一つ飛び抜けて強いらしい。
しかし、強いとだけ言われてもいまいち凄さが分からない。こいつより強いと言われるとすごそうにも感じるのだが…こいつは、鉄の王が自分より強いとは言わなかった。唯の強がりなのか、本当は大したことがないのか。とにかく、どの程度の強さなのかが分からないのだ。
そう思い、その事を伝えると「他の王種の反応を見れば分かりやすい」と言ったため最後にこうして話す機会を作ったのだが……確かに分かりやすかった。
まあ、他のやつらがどう思おうが俺は絶対に死者の都に行くつもりだ。その時邪魔になるかもしれない「敵」がおり、そいつが強いという事が分かればそれだけで十分役に立つ。元々は俺一人でも行くつもりだったしな。
「…俺は行こう。負けたまま引くなど、あり得ない」
「俺もだ。鉄の王が出て来るってんならそっちもやってやるよ……大体あの爺、何時までも我が物顔で気に食わなかったんだよ」
真っ先に声を上げたのは鬼族。そしてそれに続くように獣人族が声を上げる。
他はまだ考えているようだが、この二人は来る事を決めたようだ。鬼族は絶対に引かないと思っていたが、獣人族もすぐに決めるとは思わなかった。
まあ、俺たちも引くつもりはないわけだが。
…決着も近いかもな。
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