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迷宮の王をめざして  作者: 健康な人
一章・鉄の王編
47/72

水精

遅れました。

「起きてるか?」


 どうやらザックが起きたようだ。

 声をかけると同時に手元に明かりを灯し俺の姿を探したが、俺はザックが眠った時から移動していないためすぐに見つけることができたようだ。

 ザックの視線が俺の居る場所で固定されたのを確認したので俺に気が付いたと判断し、首を縦に振ることによって意志を伝える。


(やっと起きたのか。では、さっさと行くとするか)


 そうするか。


 俺は立ち上がるとザックに視線を向ける。

 ザックは俺が立ち上がったのを見るとすぐに腰を上げた。どうやらこちらの言いたいことは伝わったようだ。

 喋ることはできないが、簡単な意志を伝えるだけであればこうした身ぶり手ぶりで何とかなるものだな。


「楽しみだな」


 確かに楽しみだ。移動をアリエルが何とかしてくれるから俺は楽だしな。

 ザックの言葉に頷きながら、そんな事を考えながら穴の入口へと向かった。




 穴の外は変わらず雨が降っている。

 吹きつける風も変わることなく強いままで、大地の裂け目は何も変わらないまま全てを呑み込もうとするかのように口を開けている。

 だがまあ…大地の裂け目は変わっていないが、こちらは変わった。

 アリエルが移動を担当してくれるのだから、俺が難しく考える必要は無い。


 アリエル、頼むぞ。


(任せろ)


 俺たちを雨から守っていた球体状の空間がゆっくりと空中に浮いていった。

 それに合わせて地面を踏みしめている足から重さを感じなくなっていく。

 本当にゆっくり、僅かずつ宙に浮かび先ほどまで立っていた壁面から離れていくその様は、まさに空を飛んでいるという感じである。

 そのままゆっくりとした速度のまま、僅かに壁から離れた位置を維持して雨と共に下へと降りていく。それはまるで、上から下に流れる川の中を泳いでいるような感覚だ。

 そう感じてしまうほど雨が強いというだけの話なのだが、これはこれで面白いし…何より珍しい。


 しかし、ずいぶんとゆっくり動くものだな。以前の巨人の足跡で泳いだ時…でいいのだろうか?まあとにかく、その時はもっと早かったと思うのだが…


(こいつは前回、少し浮かせただけで驚いただろう。あれで驚くやつを連れたまま速度を出すなど…さすがにやらん)


 どうやらアリエルもザックに気を使っていたようだ。まあ、当然か。


「…こりゃすげえな。空飛んでるってよりは泳いでるみたいだ」


 どうやらザックも俺と同じようなことを感じたようだ。

 この雨の中を下に降りるように飛べば、皆似たようなことを感じるということだろう。


(問題なさそうだな)


 アリエルはザックの様子を窺っていたようだ。

 ザックが問題なさそうだと言うことが分かるとそのまま下に降りていった。





 アリエルがこの移動方を使ってから先に進む…下に降りるのが本当に早い。

 …まあ、緩やかな坂を降りて行くのと、真下に向かって雨と共に降りていくのでは降りる速度が段違いなのは当然なのだが。


 それにしても時間は少ししか経っていないが、感覚的にはかなり下まで降りてきた気がするな。

 最初の位置からどれぐらい降りてきたのか多少は気になるが…まあ、どうでもいいか。どうせ底についていないのだから、しばらくはこれが続くだろうしな。











 そのまましばらく穴を降りて雨と共に降りていく感覚にも慣れ始めた時、ザックが声をかけてきた。


「……あ~、悪いんだがよここらで休憩しないか? 体を動かさねぇのも窮屈だし、それにそろそろ腹減ってきてよ」


 …ザックに言われて気付いたが、かなり長くこうしているな。

 道を歩いているわけではないからどれだけ進んだか分からず、休憩の目印にもなっている横穴もないし自分が魔術を発動させているわけではない。

 ただ待っているだけであると言うのに、疲れたとは言いにくかったのだろう。

 ザックの言葉に頷き、壁に視線を向ける。


 この辺りに穴を作らなければ休むことはできないな。…アリエル、やってくれるか?


(問題ない)


 俺が頼むと、降っていた雨が形を徐々に持ち始めた。

 先ほどまでそのまま下に向かって落ちて行きだけであった雨が、見えない床にぶつかったように空中に薄く広がりながら溜まり始める。

 大量の水が横に広がり、一枚の長い板のような形を取っていく。

 その長い板が三つに折れると、上の部分が無い四角形の様な形を取った。

 そしてその形を取ってすぐに四角形の板が無い部分にも水が溜まっていと、すぐに上の部分にも水の板が出来上がる。


 水で出来たそれは、こちら側から向こう側を見ることができる中が空洞になった水で作られた四角形だ。


 そしてその形を確認できた次の瞬間、水でできたそれが壁にぶつかった。

 いや。ぶつかるという表現は間違っているかもしれない。

 まるでしみ込むように自然に、何の抵抗もなく壁面の中に姿を消していく。

 そうして四角形の全てが壁面の中に消えるわけだが…当然、実際に消えたわけではない。

 壁面には水で書いたかのような四角形があり、壁面を濡らす雨のせいで確認しにくいが確かにそこに存在しているのだと言う威圧感の様なものを発している。


 そんな事を考えたのは一瞬。

 僅かに思考することができた次の瞬間には、壁面に入っていった時のようにゆっくりと、水の四角形が先ほどの光景を逆に繰り返すように壁の中から現れた。

 そして壁面から現れた水の四角形の中には、壁面に入っていった時には存在しなかった石が存在していた。

 水の四角形はゆっくりと大地の裂け目の壁面から離れ、役割を終えたでも言うようにその形を失う。


 支えていた水の入れ物が消えたことにより、今この瞬間にも宙に浮いている石が落下していった。ついそれにつられて石に視線を移し、落下していくそれを見ながら下を向いてしまう。

 正確に刻まれた巨大な四角形の石が落下していくが…何も音はしない。どうやら、まだまだ下があるようだ。


 それを確認してから視線を正面に戻す。

 すると目の前には、先ほど落ちていった石の大きさの穴が空いていてた。


(問題ないか?)


 良いんじゃないだろうか。しかし、休むだけだと言うのにずいぶんと手の込んだ事をしたな。


(以前にも言ったが、どの程度力が戻っているのかを確かめる意味もあるからな)


 なるほど、そう言えばそうだったな。


 俺がそう答えると、俺たちは穴の中へと進んだ。

 地に足がつき、体の重さが足にかかる。

 ようやく自分が本来住む場所に戻ってきた感覚だ。


 ザックは隣で体を伸ばしている。

 わざわざ口に出したほどだったのだ。相当につらかったのだろう。


「あ~……最初は楽だし面白いもんだと思ったが、動かないってのも結構疲れるもんだな」


(こいつに合わせているからあの速度なのだがな)


 まあ、確かにその通りなのだが…


『休憩を挟んだ後にもっと速く降りると伝えてはどうですか? ザックさんは疲れるまで空中を移動したのですから、さすがに慣れたと思いますよ』


 …確かにその通りだな。聞いてみるか。


 ザック。そろそろあの移動にも慣れただろうから、休憩した後はもう少し早く移動しようと思うんだが…大丈夫そうか?


「ああ、大丈夫だと思う」


 大丈夫なのか。なら、この休憩を挟んだ後に全力で下に降りれることができるな。


 そんな事を考えていた時、入口に水が集まった。

 水は急速に女の人型へと姿を変ていく。


「な!?」


 ザックの口から驚愕の声が漏れ、俺はとっさにザックの前に立った。女の人型から隠すように背中で庇うが、既にアリエルが張った球体状の水がザックを覆っている。

 女の人型は、俺たちが行ったその様子を感情の見えない水でできた瞳に映しながらピクリとも動くことは無い。


 …こいつは、何だ?


(水精だ。まさか、こんな場所に生き残っているとはな)


 水精?


(強大な魔力を持った水妖の上位の存在で…魔族だ)


『水妖の上位の魔族? 聞いたこともないですが…』


(知らないのも無理は無い。水精は…私が封印される前に生きていた種族だ)


 封印される前に生きていた? どう言うことだ?


(多少は強いと言っても元が大したことのない水妖だ。当然だが、その上位の存在である連中の強さも大したものではない。しかし連中は、水があればいくらでも体を修復できると言う特性を持っていてな。その特性を欲しがった馬鹿どもに狩りつくされたのだ。その結果、上位の存在である水精を失ったことによってその庇護を得ていた水妖の進化も発生しなくなり、水精が生まれないことになった。そうなってしまえばどうなるか…分かるだろう? 一つの種族の終わりだ)


 要するに、滅んだと思っていた種族がまだ生き残っていたと言うことか?


「ドウシテ…アンナコト、シタノ?」


 あんなこと?


『何の話でしょうか?』


「ドウシテ…?」


 …何のことだろうか?


(何を言いたいのか全く分からん。話にならんな)


「…ワタシ、イエ…コワレタ」


 私の家が壊れた、と言うことか?


『おそらく、そう言う意味ですね』


 こいつの家が壊れたとして、俺は何も関係ないと思うが…


「……」


 …反応が無いな。


(聞こえていないだけではないか?)


『ですが、先ほどは反応していましたよ?』


「…キコエテ、ル」


 反応したな。


『もしかして、アリエルさんの声に反応しているんじゃないですか? 私とレクサスさんの声には反応していないような気がしますし』


 そうなのか?

 …確かに先ほどの会話を思い出してみれば、アリエルの言葉にしか反応していないような感じはするな。


 アリエル、何か聞いて見たらどうだ?


(私はこいつに聞きたいことは無いぞ)


「…ワタシハ、アル。イエ、ナイ…チカラ、タリナイ」


『私は言いたいことがある。家が無い。力が足りない。と言っているのでしょうか?』


 確かにそう聞こえるが…家が無いとか力が足りないとか…そんな事を言われても、知らんとしか答えられないのだが…


(家と言うのは住む場所のことで、力と言うのは魔力の事だな。分かりにくいが「住む場所が無くなって魔力も足りない」のような意味で言っているのだろう)


 つまり、あれか。最初の言葉と併せて考えれば…要するに、家を壊したのは俺達だから住む場所を何とかしろ、と言っているのだろうか?


「…ソウ…アッテル…」


『…彼女も認めていますし、どうやらそのつもりのようですね』


(私としてはどうでもいい話だが…レクサス、こいつをどうするつもりだ?)


 こいつの言っている家とやらに案内してもらえばいいんじゃないだろうか。


 せっかく珍しい種族に会えたのだ。このまま無視すると言うのもつまらないからな。


(お前の家に連れて行け。話はそれからだ)


「…ワカッタ…デモ…ミズ…マモリ……ツレテ、イケナイ…」


 水精は俺を指さすと、また訳の分からないことを言いだした。


 分かった、は了承。水の守り、はアリエルがザックの周りを覆っている水のことだろう。連れていけない、と言うのは水の守りがあるせいで連れていけないと言うことだろうか?

 と言うことは、こいつが指さしているのは俺ではなくザックなのか。


 アリエル、ザックに手を出すなと言うことを伝えておいてくれ。


(後ろの人間に手を出すことは許さんぞ?)


「ワカッテ、ル…ワタシ…アナタ、ニ…カツ、ナイ……イウ、トオリ…スル…」


 こいつは、アリエルの力が分かっているのか。

 …いや、当たり前か。アリエルは水竜だ。水精と言う種族がどの程度の強さなのかは分からないが、同じ水を得意とする存在である以上、アリエルの強さはすぐに理解できるのだろう。

 もしかすると、アリエルとだけ話ができるのもそのあたりが関係しているのかもしれない。

 まあ、言うことを聞くのであれば何でもいいわけだが。


「…い! おい! 守りが消えたぞ! あんた大丈夫なのかよ!?」


 声が聞こえたため振りかえると、ザックを覆っていた水の守りが消えていた。そして守りが消えたと言っている。水精は手を出さないと言っているだろうが。


 話を聞いてなかったのか?


『聞こえてなかったんじゃないですか? 周りを水で覆われていたわけですし。それに、この水精の言葉だけ聞いても何を言っているのか理解できないと思いますよ』


 となると、また説明しなければいけないのか。

 しかし、魔族が突然こちらに話しかけてきたと言っても説得力が無い気もするが…まあ、いいか。俺自身の事も深く聞いてくることは無いだろうということで行動しているのだから、今更だろう…おそらく。


 敵ではなかった。案内してくれるらしい。


「……」


 さすがに無理か?


「…そうだったのか。だったら、早く言ってくれよ。焦っちまったぜ」


 …納得するのか。

 自分で言っておいておかしなことだが、これだけ何も話していないと言うのに説明も求めず簡単に納得されると、何を言っても信じるのではないかと思ってしまうな。

 俺としては、説明を考えなくていい分楽だからなんでもいいわけだが…ザックには不安と言うものが無いのだろうか?


「で、こいつが案内してくれるってのは分かったが…何処をどう案内してくれるんだ? 下に降りる以外に道なんか無いと思うんだが…」


「シタ…イク……イミ、ナイ。ミズ…ツカウ……モン、トオル」


 …本格的に何を言っているのか分からなくなったな。


「…下に行くのに意味は無い? 水を使って門を通れば先に進めるのか? 門ってのは…言葉通りの意味じゃないな。……魔術か何かか? たしか…いつかの魔術師がそんな話をしていた気が……もしそうなら、ここは…擬態か? たしかに珍しい話じゃないが…この規模は…いや、でも……こいつは人じゃないし…可能なのか?」


 ザックが何かをぶつぶつと言っているようだが…一人ごとのような大きさでしか話していないため、何を言っているのか聞き取れない。


「ハヤ、ク……イク…ナイ?」


 これは、急かされているのか?


『早く行かないのか、と言いたいんじゃないでしょうか』


(恐らくその意味だな。待つ意味もないわけだしさっさと行くぞ)


 アリエルが行くと言ったからだろうが、穴の入口に音もなく雨が集まっていき水の壁を形作る。その水の壁は縦に割れるように一本の線が入り、そこから水のカーテンが開くように左右に分かれた。

 水のカーテンを開けた先には崩れ去った建造物があり、それがこの水精の言っていた「家」なのだろうと言うことが理解できる。


 …しかし、これが水精の門なのか。アリエルが使う物とはずいぶんと見た目が異なっているな。術者の性格なのか、それとも名前が同じだけの別の術なのか。


「ココ…トオル……イエ、ツク」


「…ん? おい! 待ってくれよ」


 ザックはその様子に気づくこと無く下を向いていたが、さすがに俺が一歩踏み出すと顔を上げた。その時ようやく気付いたと言った表情を浮かべ、すぐに俺の斜め後ろに位置取った。水精を見ることはできるが、直線的に並ぼうとしていないのだろう。


「悪い悪い、ちょっと色々考えちまった」


 一度頷き水精に向き直る。


「…イク?…」


(ここを通ればいいんだな?)


「ソウ……ツイテ…キテ…」


 アリエルの確認の声に了承の返事をしながら水精は頷くと、そのまま溶け込むように自身の作りだした門を潜る。

 確認も取れたことだし先に進むとするか。

 俺は水精が作りだした門に向かって進み、そのまま潜った。




 門を潜った先には、先ほど見たときのように小さな家のようにも見える建造物があった。

 壁の様なものは無く、見ようによっては石でできているだけの小屋のようにも見える。


「…ワタシ…イエ……ハイル…イイ」


 …これは、私の家に入っていいという意味か?


『そんな感じなんじゃないでしょうか』


「おおぉ…こりゃ転移か? やっぱ、門ってのは転移魔術のことか…」


 ザックはザックでまた考え事のようだ。

 話せないと言うのに、何を言いたいのか分からないやつが増え、ザックまで考え事をしている。これは…かなり面倒なことになって来たな。






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