現実が何をしてくれたと言うんだ:マイア⑤―3
某国領事館より奇襲的に発射されたミサイルは、甲斐のチート能力によって迎撃され、破壊された。そして何もない空中にプカプカ浮かんでいる彼の姿は、政府の自粛要請を受ける間もなく生中継でお茶の間に伝えられ、あっと言う間に全世界の知るところとなった。これにより、アップロード者もろともコフィンを破壊しようと目論んでいた第二世界の凶行は明るみに出て、彼らの野望は潰えたかに見えた。
一方、危機一髪で難を逃れた官房長官は、甲斐に対して今度はコフィンの警備ロボを排除するよう協力を求めたが、彼は妹を説得してくると言って消えた鷹司イオナの言葉を愚直に守って要請には応じず、逆に警備ロボと一緒にコフィンに立てこもってしまった。どうやら警備ロボは、ミサイルを迎撃した甲斐を味方であると認識したらしい。
こうなってしまっては生半可な戦力では近づけそうもなく、政府はついに自衛隊の投入を決断したが、自衛隊が現場に到着する頃にはコフィンは甲斐のチートで要塞化されており、警備ロボによって追い返されしまった。警備ロボは甲斐に操られているというわけでもなく、どうやらコフィンのAIは、近づくものはみんな敵であると判断しているようである。
そんな未知の脅威を前に、自衛隊はどの程度の戦力を投入していいか分からず、中途半端な攻撃を繰り返すしかなかった。銃撃が効かず、自力で修理生産を行う警備ロボを相手に、人間が物量で勝つことは難しく、また、ロケット砲やミサイルによる攻撃は甲斐に撃ち落とされる始末であった。電力を遮断したくとも、そういう事態を想定してコフィンには発電設備まで用意されており、半年は自力で発電が出来る計算だった。残るは犠牲覚悟で過剰な戦力を投入し、総力戦を仕掛けるくらいしか手が無かったが、流石にそこまでは踏ん切りがつかず……そうこうしているうちに一週間が経過してしまった。
第二世界からのミサイル攻撃を受けて、海上自衛隊は東京湾にイージス艦を派遣、それを支援する名目でアメリカ第7艦隊が相模湾沖に緊急配備される運びとなり、首都圏は物々しい雰囲気に包まれていた。
そんな東京の混乱もさることながら、一連の事件を受けて、世界もまた揺れていた。
事件後、人面瘡患者は増加の一途を辿っており、世界は静かに混乱し始めていた。原因不明の奇病を前に人々は怯えているだけだったが、何者かがリークした博士と榊の会話がネットを通じて広がり始めると、非難の矛先はアップロード者へと向けられていった。
どうやら、この気持ち悪い病気はアップロード者がばら撒いているらしい。なら、あいつらを排除すれば済む話じゃないか……元々、金持ちに対するやっかみもあって、そんな怨嗟の声はSNSを中心に、日に日に強まっていった。
国連では緊急会議が開かれ、人面瘡について話し合いがもたれるはずだったが……蓋を開けてみれば、いつも通りの東西の茶番劇が繰り広げられるだけだった。
まずは某国の都内領事館からのミサイル発射を問題視し、これは日本に対する宣戦布告に等しいと非難決議が採択されたが、それは第二世界の国の拒否権の発動によって阻止された。アメリカを中心とする西側諸国はこれを不服とし、両陣営による非難の応酬が始まったが、意外にも日本が珍しく強硬手段に打って出た。都内にある第二世界の国々の大使館を閉鎖し、好ましからざる人物を国外へ次々と強制退去しはじめたのである。
常に弱腰である日本政府の強気な態度もさることながら、これにはまだコフィンへの攻撃を諦めていなかった第二世界が激しく反発し、人権侵害であると非難し始め、西側は逆にミサイル発射の責任を追求して、国連は混乱の極みに達しようとしていた。
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そんな外の世界の混乱とは裏腹に、甲斐が占拠しているコフィン内部は今日も静かなものだった。AIによるコフィンの警備網は水も寄せ付けなかったが、意外と人は選んでいるようで、マイアや真一郎など、甲斐と縁のある者たちは自由に出入りすることが出来た。
他にも、母の同僚である榊と、マイアの保護者である三田、それからコフィンに籠もっているマイアたちに食事を届けるためという名目で、数名の自衛官が武器の不所持を条件に立ち入りを許されていたのだが、その人選は中々ふるっていた。
ミサイル騒動のあった翌日、コフィンを占拠してしまった甲斐を排除するために、日本政府が自衛隊を強行突入させたわけだが……その殆どは玄関前で撃退されたのだが、特殊な訓練を受けていた一部の者たちが、バリケードの張られた広場を突破し、ビル内部に侵入しては、設計者しか知らないようなエレベーターシャフトやダクトを通じて、上階にある中枢に迫ってきたのである。
もっとも、あと一歩のところで甲斐に阻止されてしまったのであるが……彼は自衛官らをふん縛って放り出そうとしたところ、
「まいったまいった、降参っす! やっぱランカーは違うっすね、甲斐さん。俺です。通り魔です」
「……あんた、通り魔さんか!?」
驚いたことに、突入してきた自衛官は甲斐の知り合いで、ゲームの中で何度も共闘した仲間だった。甲斐がダウンロードをした影響なのだろうか、昨日突然、今までのことを思い出したそうで、突入部隊に志願したらしい。
思いがけない再会に二人の会話は弾み、そうこうしている間にAIは彼が危険人物ではないと学習したらしく、以降、彼はコフィン内部と政府の連絡係となった。因みに連絡がない時でも、定時連絡と称して、毎朝甲斐たちのために新鮮な食材を運んできてくれるので、今となっては頭が上がらない存在であった。
そんなわけで今日もマイアがバリケードをかき分けて広場に出ていくと、警備ロボの向こう側にいる彼がパンパンに膨らんだビニール袋を振り回しながら手を振っていた。
「おーい、マイアちゃん!」
「おはようございます、通り魔さん。いつもご苦労さまです」
因みに通り魔はハンドルネームで、本名は教えてもらっていなかった。色々と難しい問題があるのだろう。そんな彼にお礼を言って食材を受け取っていると、彼はにこやかな笑みを絶やさずに、唇を動かさないで小声で言った。
「そのまま聞いてください。もしかすると、今日あたり政府による大規模攻勢があるかも知れません。今度は米軍も交えて。本気で潰しにかかるつもりですよ」
マイアはギョッとして顔を上げたが、すぐ通り魔にやんわりと窘められて、また下を向いた。
「甲斐さんはまだ諦めそうにありませんか?」
「……はい。お母さんが帰ってきてくれれば、進展すると思うんですが」
「そうですか。自分にはお伝えすることしか出来ないので、あとのことはお任せしますが。出来れば皆さんには早めの退去をお願いしたいっす……それでは、小官はこれで!」
通り魔は最後の言葉だけはっきり聞こえるように声に出して言うと、ビシッと敬礼して去っていった。マイアはその背中が小さくなるまで見送ってから、踵を返して玄関の方へと戻っていった。
ミサイル迎撃後、弟たちの無事を確かめに建物の中に入ってきた甲斐は、鷹司イオナがアップロードされたことと、それから、彼女が妹を助けに行くと言っていなくなったことを告げると、
「なら待とう……」
と一言だけ発して、そのままコフィンを占拠してしまった。
警備ロボットがどう反応するか分からなかったが、AIは甲斐がミサイルを迎撃したことを正しく認識していたらしく、そのまま共闘関係になったようである。その結果、ろくな武器を持っていなかった警備ロボは、甲斐の持ってきた山のようなチート武器の数々で武装し、突入してきた自衛隊を苦もなく撃退できたというわけである。
甲斐の持ってきたチート武器は物理法則を無視したわけの分からない物だらけで、例えば重力を無視して壁を上り下りするバイクとか、ボタンを押すだけでありもしない衛星から飛んでくるレーザーとか、投げるだけで目標を追跡し続けるホーミングミサイルとか、ドラえもんの秘密道具を凶悪に改造したような物ばかりであった。
コフィンの玄関にずらりと並んでいる球形のターレットもその一つで、これは無限に銃撃を続けられるだけではなく、瞬間移動までする優れものだった。そんなターレットの一台には真一郎が乗っていて、彼はマイアが近づいてくると手を上げて応えた。
「よう、朝飯か?」
「うん」
マイアが持ってきたビニール袋を広げると、真一郎はその中から手で摘んで食べられそうな物をいくつかピックアップして、ターレットの中で食べ始めた。甲斐がコフィンを占拠して以来、彼は番犬のようにこの場から動こうとしなかった。ちょっと臭い。
そんな彼に、さっき通り魔から聞いた話をすると、
「そうか。いよいよか、腕が鳴るな」
「通り魔さんは逃げろって言ってたけど、君はここに留まるつもりなの?」
「当たり前じゃんか。兄貴もいるってのによ」
マイアは、そんな兄思いの真一郎を好ましく思いながらも、流石に相手が悪いと、
「でも、今回は米軍も混ぜて、本気だって言ってたよ。多分、真一郎くんだって無事じゃ済まないと思うよ? 下手したら死んじゃうかも……」
マイアがその可能性を考えて不安そうに言うと、すると真一郎は何を当たり前のことをとでも言いたげに、ポカンとしながら、
「でも兄貴は死んだじゃないか」
「え……?」
いまいち意味が分からず、首を捻っていたら、真一郎は食べかけのサンドイッチを一気に口の中に放り込んで、無理やり飲み込んでから、
「兄貴が親父の子供じゃないってことには、俺だって気づいてたんだ。でも、俺は兄貴に言わなかったんだ。それは、本当のことを言ったら兄貴が傷つくとか、そんなんじゃなくって、兄貴がさ、俺の兄貴じゃなくなるのが嫌だったんだよ」
「……うん」
「言えば良かったんだよ。言えば兄貴は絶望して、家から出ていったかも知れない。そしたら死ぬことも無かったろう。俺は兄貴が居なければ、今ごろ生きてはいなかっただろう。元から、そんな人居なかったってのによ。なのにどうして、俺じゃなくて兄貴の方が死ななきゃならなかったんだ。不公平だろう?
確かに、俺の親父が一番悪い。やつは兄貴から何もかもを奪った。だが、俺だって何も奪わなかったわけじゃないんだ。本当なら、俺たちの人生は交わらなかったんだから。だから、今度は俺が兄貴を守る番だ。奪ったものは返さなきゃ、フェアじゃないだろう?」
真一郎は、突然、銃口を空に向けると、
「ダダダダダッ! ダダダダダッ!」
と口で言いながら、めちゃくちゃに銃を振り回し始めた。まるで子供が戦争ごっこをしているみたいに。実に楽しげに。
「ガキの頃さ、親父が帰ってくるまで兄貴と布団に包まってテレビゲームをしたんだ。俺がワンコン、兄貴がツーコン握って、迫りくる宇宙人をこうやって、ダダダダダッて、やっつけたんだ。
ボス戦やってたら、ドアがガチャガチャ鳴って親父が帰ってきてさ、俺はあと一秒、あと一秒って粘ろうとするんだけど、兄貴が馬鹿っつって殴って、電源切って布団に引きずり込まれてさ、息を殺して……
楽しかったなあ……
……俺と兄貴は、ずっと同じ敵と戦ってきた戦友みたいなものなんだよ。もし彼の敵が来たなら、俺は喜んで一緒に戦って死ぬよ」
真一郎はどこか清々しい表情で空を見上げている。まるで、これから切腹する武士みたいだ。マイアの脳裏には自然とそんな言葉が浮かんだ。
「男の子の論理はよくわからないよ……」
マイアがそんな言葉をつぶやくと、真一郎はハハッと笑い声を上げて、それでもこちらを見ることはなく、相変わらず空を見上げたまま言った。
「悪かったな。つまんない話をして……おまえの大切な時間を奪ってしまって……」
それはどういう意味なのだろうか? ちゃんと聞いておきたかったが、どうしても言葉が出なくて、マイアはしばらく躊躇するように彼の横顔を見つめた後、踵を返してビルの中へと入っていった。
一階のホールには一台も警備ロボットがいなくて、普段なら受付嬢が座っているカウンターにも人気はなくて、殺風景だった。
尤も、目に見えないだけで、色んなセンサーが網の目のように走っているらしく、通り魔に言わせるとそれは殺人的らしい。
通り魔に言われるって、どんだけ凶悪なんだろう……そんなことを考えながらエレベーターに乗ると、カードキーを差し込んで母の家に向かった。
今のところ政府からの妨害もなく、コフィンの機能は平常通りに動いていた。チンと到着音が鳴ってドアが開くと、リビングに居た三田が寄ってきて、食材の入ったビニール袋を受け取って冷蔵庫に入れようと背中を向けた。
マイアはその背中に言った。
「どうやら政府が痺れを切らしたみたいで、今日あたり動きがあるかも知れないそうです」
それを聞いて三田は一瞬ビクッとするように立ち止まってから、振り返って少し安堵するような表情を見せた。マイアは続けて、
「申し訳ないんですが、ご飯は食べなきゃだから、三田さんにはそれを調理してもらった後、帰ってもらってもいいでしょうか?」
「そうですか。この生活も、今日で最後ですね」
「今までありがとうございました」
三田は甲斐がコフィンを占拠した後も、マイアがここにいるからという理由で残ってくれていたが、内心では不安に思っていたのだろう。マイアは彼女に申し訳なかったと思い、深々と頭を下げたが、三田は慌てて駆け寄ってくるとマイアの肩を抱き起こして、
「いえ、一時的にここを退避するだけですから、また落ち着いたらよろしくお願いします。目白の本宅でお待ちしておりますから」
「………………」
マイアはこれ以上三田の好意に甘えていいのだろうかと、ポリポリと頭をかきながら、話題を変えるように尋ねた。
「ところで榊さんたちは?」
「また政府の方から連絡があって、今日も議論をしているようです。甲斐さんも一緒ですから、食事が出来たら届けに行ってもらえますか?」
「わかりました……昨日も散々話し合っていたみたいだけど、今日は大丈夫かな」
「……さあ。彼らからしてみれば、死ねと言われてるようなものですから。そう簡単にはいかないでしょうね」
三田はげんなりとした表情でそう言ったあと、黙々とキッチンで朝食を作り始めた。マイアはそれが出来るのを待ってから、甲斐と榊のために持っていってやることにした。
リビングの奥の扉をくぐり狭い廊下を通り抜け一番奥の部屋に入ると、甲斐が母の執務机に足を乗せて、沈思黙考するかのように、じっと目を閉じて座っていた。夢の中で何度も見ていたはずだったが、こうして実際に会ってみるとその貫禄はとても同い年とは思えず、これが二人が過ごしてきた人生の差なんだと思うと、頼もしく感じるよりも寧ろ物悲しかった。
机の上にはクマのノエルがぽつんと置かれていて、つぶらな瞳で部屋に入ってきたマイアを見つめていた。その手前には榊が立っていて、彼女は壁にかかったモニターを見上げながら、居心地悪そうに少し背中を丸めていた。
そのモニターには2つのウィンドウが表示されていて、一つには先日こうしてビデオ通話をした官房長官が……そしてもう一つには20代くらいの若者の姿が映し出されていた。
尤も、そこに映っているのはアバターで、現実の彼は生きていれば齢100を越える老人……つまりアップロード者であった。
甲斐が自衛隊とドンパチを繰り広げている間も、政府はビデオ通話を通じて彼に投降を呼びかけていた。もちろん、甲斐はそんなものは無視して立てこもっていたのだが……自衛隊が何度も撃退されている内に、政府も方針を変えざるを得なくなかったのだろう。昨日になって突然、甲斐ではなく、コフィンにいるアップロード者の説得を始めたのだ。
そして呼び出されたTAKAは、甲斐がゲームの世界で知り合ったアップロード者の一人であり、ゲームでは頼れる兄貴分みたいな存在だったが、現実では政財界に顔が利く大物のようだった。どうやら長官は生前の彼に頭が上がらなかったらしく、そんな縁もあって彼がアップロード者を代表して、政府との話し合いの席に出てきたらしい。
尤も、それは内容が内容だけに、話し合いと呼べるかどうかは疑わしかった。
人面瘡が世界に蔓延していく中で、アップロード者への憎悪は日に日に強まってきており、もはや日本政府もその声を無視できなくなっていた。彼らの要求はアップロード者の退場だったが、コフィンを占拠されていては話にならない。それで仕方ないから、長官は甲斐の頭越しにアップロード者に自発的な退場を願いに来たのであるが……
自発的な退場とは、つまり自殺しろと言っているようなものだから、当然、受け入れられるわけもなく……
それでも他に選択肢がない政府は彼らに死を迫り、憤慨したTAKAが一方的に当たり散らして、昨日は結局話がまとまらず、今朝も早くから議論を再開していたようだが、まだ結論は出そうになかった。
マイアが部屋に入ると、モニターの中からは、また昨日みたいにTAKAの不機嫌そうな声が聞こえてきた。
「よくもぬけぬけと俺たちの前に顔が出せたものだな、官房長官。どの面下げてここへ来たんだ!」
「勘弁してくださいよ。あなただって、世間の騒ぎをとっくに知ってるんでしょう? もはや私の一存でどうこう出来る話じゃないんですよ」
「あんたらが機動隊を投入したのは、マスコミが情報を広める前だろう!? あんたらは俺たちを、自らの意志で抹殺しようとしてたんだぞ! そんな相手が信用できるか!」
「それについては謝罪します。我々だって切羽詰まっていたんですよ……ですがまあ、今更取り繕ったところで仕方ありませんな。我々はあなた方に決断を迫らねばならない立場にある」
「はっ!? 決断って? あんたらはまさか俺たちに死ねっていうのか?」
「……まあ、有り体に言えば……そうですな」
「ふざけるなっ!!」
TAKAは激昂している。長官は平然と受け流しながら、
「ふざけるもんですか、もうそんなこと言ってる場合ではないんですよ。我々が今こうしている間にも、世界では人面瘡患者が増え続けている。その原因がアップロード者の存在にあると知られてしまった以上、我々はもはやあなた方を擁護するわけにはいかないんです。そもそも、人間がこのような不自然な方法で延命なんてするべきじゃなかったんだ。本当ならもうとっくに無い命なんですから、もう諦めたらいいじゃないですか」
「人間が長生きしたいと思うのは当然の感情だろう? というか、アップロードを推奨してきたのはあんたら日本政府じゃないか! 俺たちから金を巻き上げることで日本は潤ってきたくせに、どの面下げてそんなセリフを吐けるんだ。長官……あんたらが政権を取るために、俺たちがどれだけの支援をしてきてやったか忘れたのか!? もしも俺たちの支援がなくなれば、次の選挙は絶対勝てないぞ!」
「選挙で勝てても、世界が滅びていては意味がないでしょうが……大体、今はあなた方を支援することが、寧ろ支持率の低下に繋がってるんです。選挙のことを持ち出すのであれば、今すぐにでもあなた方を切り捨てる方が理に適ってるでしょう」
「開き直りやがって……」
TAKAは真っ赤になった顔を両手に埋めた。時折、肩がビクビクと震えているのは泣いているからだろうか? 彼はハアハアと聞こえるくらい息を荒げながら暫く黙りこくった後、腹の中身を吐き出すような苦しげな口調で呟くように言った。
「金持ち金持ちと寄ってたかって……俺たち金持ちが金を持っているのは、それだけ世界に貢献してきたという証じゃないのか? なのに誰からも褒められず、寧ろ憎まれ、今度は死ねと言われた上にその金まで奪われようとしている……俺たちが一体何をしたって言うんだ? ただ長生きしたかっただけじゃないか……」
TAKAの弱気な言葉に、二人のやり取りを黙って見ていた榊も情に絆されたのか、同情するように長官に言った。
「長官……私からも一つよろしいでしょうか?」
「なんだね」
「もし本当にアップロード者を排除するなら、鷹司博士はどうなるのでしょうか。今や彼女もアップロード者です。彼女だけ例外というわけにはいかないでしょう。しかし、そうしたら日本は世界最高の頭脳の一人を失うことになる……それは我が国にとっても得策ではないんじゃないでしょうか?
彼女はまた、アップロード者はダウンロードして、今度こそ天寿を全うして貰えれば、事態は終息するだろうとも言っていました。なんとか、彼女がダウンロード理論を構築するまで、待てないものでしょうか?」
すると長官は自分だって本意じゃないと言いたげに、難しそうに口をへの字に曲げながら、
「……私だって、出来ることならそうしたいよ。だが、それはいつのことなんだね? 仮定や憶測で物事は語れない。やるんなら絶対確実と言えなければ……そもそも、彼女はいつ戻ってくるのだ? かれこれ一週間も、音沙汰がないままだが」
「さあ、ゲームの中で何かすることがあると言ってましたが……」
と、その時だった。突然、モニターの中に新たに2つのウィンドウが開いて、それぞれ別の人の姿を映し出した。それを見た瞬間、長官と榊は慌てふためき、TAKAは険しそうに顔を歪めた。
新たに現れたその2人のことは、マイアも良く知っていた。それもそのはず、一人はこの日本の内閣総理大臣で……もう一人は、なんとアメリカ合衆国大統領だったのだ。
長官は非公式の場とはいえ、まさかこんなところに総理と大統領が直接電話を掛けてくるとは思いもよらず、口角に唾を飛ばし動揺しながら、
「そ、総理!? 突然、どうされたんですか? アップロード者なら今説得しているところです! もう少々お待ちいただければ、必ず成果を上げてみせますから!」
「いや、それはもういいんです。無理を言ってすみませんでした。ご苦労さま」
自分の仕事が遅すぎたのかと言い訳をしようとしていた長官は、まさかの労いの言葉に怪訝そうに首を傾げて、
「もういいですって? 何故? 何があったんですか?」
総理はちらりと大統領の方を見てから、
「……知っての通り。今朝、私は大統領と話し合っていたんですが……そこでコフィンを破棄することが決まったんです」
「破棄も何も、私も最悪そのつもりで動いていたはずですが……説得が不要とはどういうことです? いまいち状況が飲み込めないのですが」
すると総理は少々言いづらそうに、
「……つまり、アップロード者の意志に関係なく、破壊してでもコフィンを無力化すると、方針が決定したんですよ」
「なんだって!? あんたらまで第二世界の連中みたいに、俺たちのことを抹殺しようというのか!?」
その言葉を横で聞いていたTAKAから、当然の抗議の声が上がる。総理も彼に借りがあるのだろうか、実に申し訳無さそうな顔をしながら告げた。
「全てが明るみに出たあの日から、何故か人面瘡患者は爆発的に増え続けています。アップロード者の存在がその引き金になるのだとしたら、この間、我々は一人もアップロード者を増やしていないのに、寧ろ患者が増加するのはおかしな話でしょう? なら何が原因なのか……私たちでないなら、第二世界の連中しかいないじゃないですか」
「……第二世界が研究を加速していると?」
「ええ、彼らはやってないとしらばっくれていますがね」
TAKAは不可解そうに腕を組みながら、
「危険だと分かってるのに、何故急いでそんなことをする? 奴らは我々アップロード者を抹殺するため、ミサイルまで撃ち込んだくせに。おかしいじゃないか」
「そのミサイルを撃ち落とされたことが、彼らの研究欲に火を点けたんですよ」
総理はため息混じりに続けた。
「彼らはそこにいる甲斐太郎君の能力を見て、その力を手に入れようと目論んでいるんですよ。彼はミサイルを撃ち落とすだけでなく、不思議な力で人を癒やしたり、無尽蔵に兵器を産み出したり、我が国の自衛隊まで退けている。この力をもし自分ではなく、政敵が手に入れたとしたら何が起こるだろうか? そうなる前に、自分こそが手に入れなければならない。そして世界を支配しなければ……独裁者の考えそうなことです」
「馬鹿な! ダウンロードなんて、まだたった一人しか実例がないんだぞ? その鷹司博士だってまだ出来るとは言えないそうじゃないか。第一、仮にダウンロードが出来たところで、彼と同じ力を得られるとは限らないだろう」
「疑心暗鬼に駆られている連中に、そんなことを言っても無駄ですよ。奴らの頭にあるのは出来る出来ないではなく、殺るか殺られるかなんです。その結果、世界が滅びようがお構いなしだ。
こうなっては我々も腹をくくって、仮に戦争を起こしてでも止める意思表示をするしかない。ですが、いかんせん、その原因となったコフィンがあっては説得力もなにもないじゃないですか。そんなわけで、あなた方には申し訳ありませんが、世界を救うための犠牲になって欲しいのです」
「そんな……どうしても、俺たちは死ぬしかないのか?」
TAKAは呆然としている。総理はそんな彼に本当にすまなそうに手を合わせながら、無慈悲にも止めの一言を口にした。
「許されるとは思っていませんよ。どうぞ私のことは、いくらでも恨んでください……あなた方、アップロード者の資産は既に凍結され、その分配方法も決まっています。特例で相続税を優遇することを条件に、遺族の方々は喜んで受け入れてくれましたよ。もはやあなた方には、お金を使って何かをする力はありません。諦めてください」
「……俺は家族にも裏切られたのか」
モニターの中でTAKAはがっくりと項垂れている。彼が悪いわけでも無いのに、何故こんな仕打ちを受けねばならないのだろうか。理不尽を前に、誰も何も言うことが出来ずに沈黙するしかなかった。
やがて、一人だけ言葉が通じず黙って推移を見守っていた大統領が目配せをすると、総理は気の毒なTAKAから、今度は甲斐に視線を向けて話し始めた。
「聞いての通りだ。甲斐君。そんなわけで我々は今日、何が何でも君からそこを取り返すつもりでいる。君の前に現れたのは、最終警告をするためだ。君がコフィンを占拠してから一週間、再三の呼びかけに応じずその場を退去してくれなかったお陰で、我々は非常に迷惑している。それで実力行使をすることになった」
「実力行使なら既に散々やってきたろうが」
「今回は本気だ」
総理は長官やTAKAに話しかけていた時とは違い、いかにも国のトップらしく厳かな口調で言った。普通の人ならそれだけで動揺してしまっていただろうが、しかし甲斐はそんな相手に対しても平然としていた。
総理はその様子を見て、目の前の相手はただの子供ではなく、既にヤクザを何人も手にかけている上に、難なく自衛隊を撃退し続けている虎のような男であることを思い出し、気を引き締めながら、
「今までは君の保護を優先してきたが、今回は作戦の成功を最優先とし、その生死は問わないこととなっている。作戦には米軍の協力も得られており、圧倒的な戦力をもって、我々は、なんとしてでも今日中にコフィンの全機能を停止させる予定だ。いや、これは決定なのだ。もし抵抗するのであれば、必ずその報いを受けると覚悟したまえ」
総理は脅しつけるような厳しい口調で捲し立ててから、一転して駄々っ子を宥めるような優しい口調で、
「しかし我々も鬼ではない。もしも君が大人しくそこを明け渡してくれるのであれば、その身の安全は保証しよう。今までのことは全て水に流すし、なんならこれからの生活の保証もしよう。本音を言えば、我々も君のその能力に強い関心があるんだ。もし、その能力を解析するのに協力してくれるのであれば、それ相応の対価を支払う用意もある。どうだろうか?」
「糞でも食ってろよ」
甲斐は間髪入れずに吐き捨てた。総理は、一筋縄ではいかないだろうと覚悟はしていたが、まさか即答されるとは思わず、暫くの間言葉を探して目をくるくるさせていたが、やがて声を絞り出すように、
「今、なんと言ったかね?」
「糞食らえっつったんだよ。寝言は寝て言え」
「……君は、本気で我々を敵に回すつもりなのか?」
「あんたらこそ、勘違いするんじゃない。生死を問わないだ? 本気でそんなこと言ってるのか?」
甲斐は、長い、長い、溜め息を吐いてから、まるで呆れ果てるかのように、総理を相手に怒鳴りつけた。
「馬鹿が! こっちが手加減してやってんだよ!!! 考えなしに突っ込んでくるから、俺がどんだけ気を使って殺さず送り返してやってたんだか……ああ、そうかい。そっちがその気なら、こっちだってもう容赦しねえよ。全員ぶっ殺してやるから、遺書と墓穴を用意してから来やがれ!」
甲斐の啖呵に、室内はしんと静まり返った。総理も、言葉が通じていないはずの大統領も、二人とも等しく緊張の色を見せている。
これが無鉄砲な若者の口から出たのなら、身の程知らずと笑って済ませられただろうが、今の甲斐にはそれを信じさせるだけの説得力があった。実際、今までの作戦で一人の怪我人も出ていなかったのは、甲斐が奇跡の力で傷を癒やしていたからだった。そうしなければどうなっていたかは、未知数である。
脅してでも甲斐を排除しようとしていた総理はゴクリと唾を飲み込むと、冷静さを失わないよう努めて尋ねた。
「……何故なのかね? どうして、君はそうまでしてコフィンを守ろうとする? 君にアップロード者を守る義理はないだろう?」
「別に、TAKAさんたちのことは関係ねえよ」
「なら、どうして?」
「……高井と……鷹司博士と約束したんだよ。ダウンロードが上手く行ったら、助けてくれるはずだったんだ。だから彼女が戻ってくるまで、俺はここから一歩も動くつもりはない」
「約束……?」
総理は首をかしげている。甲斐は暫くの間黙りこくっていたが、やがて沈黙に耐えかねるかのように、面倒くさげに答えた。
「妹を助けてもらえるはずなんだ。俺があっちの世界でいくらやっても助けられなかった妹を、博士なら助けられるかも知れないから。だから俺はそれを待っているんだ」
「妹というのは……」
総理は一瞬、虚を突かれたように黙りこくってから、やがて信じられないことに気づいたかのように、
「待て、それはゲームの話ではないのか?」
「そうだよ」
「それじゃ何か? 君は、ゲームの中のキャラクターのために、こんなことを続けているのか?」
「ああ」
甲斐は素っ気なく返事した。総理はまさかそんな答えが返ってくるとは思わず、今度こそ何の言葉も返すことが出来ずに、酸欠の鯉みたいに口をパクパクとさせていた。
榊はクレイジーなものを見るかのように目を丸くし、TAKAに至っては半笑いをしている。誰も彼もがこの異常な事態に困惑していると、一人だけ蚊帳の外だった大統領が、通訳の言葉でようやく理解したのか、眉間にしわを寄せ、頭を抱えるようにしながら何事かを口にした。通訳が代弁する。
「えー、甲斐さん。よろしいでしょうか? 大統領はこう言ってます……あなたがそこを退かなかろうが、今作戦は決定事項であるため、当初の予定通り行われる。あなたは自信があるようだが、我々の戦力は確実にあなたを凌駕しており、作戦の失敗はあり得ないだろう。だが万が一、あなたが言う通り我々の部隊が全滅するようなことがあれば……それならそれでこちらにも考えがある。
現在、相模湾沖に展開中の第7艦隊は、東京湾に向けて進路を取った。私の手には核ミサイルのスイッチがあり、もしもの時があればこれを使用することも辞さないつもりだ。今、その手続きを進めているところです……」
通訳の顔は青ざめている。
「甲斐さん。あなたは我々にとって真の恐怖である。願わくば、あなたが正しく世界を救う選択をすることを、私は強く信じております」
大統領の決意がひしひしと伝わってくるようだった。その場に居る全員が、息をするのも忘れて硬直していた。
大統領は、何を考えているのかわからない透き通るような瞳で甲斐のことをじっと見据えており、甲斐も同じように、吸い込まれるような瞳で大統領のことを見つめ返した。
お互いにそれで何かが通じ合うわけではない。だが、お互い一歩も退かないつもりでいることだけは、二人にも分かった。
総理が気の毒なものでも見るような目つきで言う。
「甲斐君……もう終わりにしましょう。ゲームのキャラクターを助ける? それは世界を敵に回してまでやるようなことですか?」
「大きなお世話だ」
「どうしてそこまで固執するんですか? あなたはアップロード者の中で唯一現実世界に帰ってこれてラッキーだったんだから、もうゲームのことなんか忘れて、この現実を生きればいいんだ。このままじゃ、あなたがいるこの世界が壊れてしまうんですよ? それでいいんですか?」
「うるさいなあ……現実が……現実が、俺に何をしてくれたと言うんだ!!!」
その時、甲斐の弾けるような叫び声が、コフィンの外まで響き渡った。興奮し、肩を怒らせる甲斐に気圧され、総理は押し黙る。誰も彼もが絶句する中で、甲斐は目を血走らせながら、何かに取り憑かれるように訥々と言った。
「現実が、俺に何をしてくれたと言うんだ。いくら声を張り上げても、誰も助けてくれなかったじゃないか。子供の頃、雪の降る寒い夜に、家から追い出されて泣いた経験があんたらにあるのかよ。いくら泣いても、叫んでも、許しを請うても、誰の耳にも届かない、そんな無力感があんたらに分かるのかよ!
きっと、俺の叫び声は近所の人達には届いていただろう。助けてください、許してくださいって、泣き叫ぶ子供の声が、きっと聞こえていただろう。だが誰も手を差し伸べてくれる人なんて居なかった。ただ厄介事に巻き込まれたくないからと、見て見ぬふりをするのが当たり前だった。現実なんて、こんなもんなんだ。
俺は寒さに震えながら、身を守るためにねぐらを探した。あかぎれと寒さで真っ赤になった手を息で温めながら、皮膚がくっついてしまうくらい冷たくなった他人の家の倉庫に潜り込んで、そこでブルブル震えて一晩を過ごした。
眠れるわけなんかない。腹はグーグー鳴っていた。頭はガンガンと痛かった。それでも、このままここに居たんじゃ死んじまうって、朝になったら家に帰らなきゃいけないんだ。家に帰って、俺を追い出した張本人に、ヘラヘラ笑って頭を下げなければならないんだ。俺が悪うございましたって、媚を売って、お父さんありがとうって言わなければならないんだ。
そうやって、いつもペコペコ頭を下げて、ヘラヘラとゴマをすって、ただ住む場所を与えて頂けることに感謝するのが人生なんだって、学校にも通えず、まともな職にも就けず、せっかく稼いだバイト代を親に吸い上げられるのが、それが俺の当たり前の人生だった……
現実が、俺に何をしてくれたと言うんだ? 親父のはした金欲しさに、殺されただけじゃないか。そんな現実に、どうして帰りたいなんて思えるのか? 現実なんて糞食らえだ! 壊れるんなら壊れてしまえばいい! 俺を世界の敵と呼ぶなら呼べよ。こんな世界なんかいらない! 俺は……俺はゲームの世界に帰りたいんだよ!!!」
ハアハアと、肩で息をする甲斐の呼吸だけが聞こえていた。みんな彼の迫力に飲まれたかのように、呆然と彼の行動を見守っていた。マイアは自分の片割れだったかも知れない男の孤独に触れて、心臓がキュッと締め付けられるように痛んだ。そう言えば、これは彼の心臓だったんだと思うと、自然と涙が溢れてきた。
「この世界を救うだって? アップロード者を守る? 現実世界に戻れてラッキーだ? 馬鹿馬鹿しい……俺がここに居るのは、ここに妹が居るから、それだけだ。俺にとって帰るべき場所は、妹がいるここだけなんだ。
ただのAIにここまで依存してるなんて、あんたたちにはさぞかし滑稽に見えるだろう。二次元の女に本気で恋してるなんて、さぞかし気持ち悪かろう。
だが、俺にとっては、あっちの世界こそが現実なんだ。彼女のいる世界を守ることのほうが、よっぽど大切なことなんだ。だから、おまえらがここを壊すって言うなら、俺は全力で歯向かうよ。妹の住む世界を守るためなら、この世界を引き換えにしてやる」
総理は軽蔑するような目つきで見ていた。榊は呆れるような素振りで頭を抱えていた。TAKAはほんの少し同情するような顔をしていたが、通訳がおっつかず、大統領はまだよく分かってないようだった。
だが、それでいい。甲斐は叫んだ。
「あんたらがあんたらの世界を守りたいと言うなら、それは仕方ないことだろう。家族を守るために、俺は俺で全力で戦ってやる。矢でも鉄砲でも核弾頭でも、好きなものを持って来るがいい。俺は絶対に退かない。妹は俺の嫁だ!!」
現実世界を壊してでも、ゲームの世界へ帰りたいという彼の主張は、きっと受け入れられることはないだろう。通訳の話を聞き終えた大統領は、核の使用もやむ無しかと頭を抱えた。大統領からしてみれば、いや、この世に生きる誰からしても、今の彼は狂人にしか見えなかったろう。
彼は世界を敵に回したのだ。もう、誰も彼の言葉をまともには取り合ってくれないだろう。だが、その言葉はたった一人にはちゃんと届いたし、その一人に届けば十分だった。
「わかったよ、お兄ちゃん。それが答えなんだね!」
その時、突然、どこからともなく声が聞こえてきて、部屋いっぱいにまばゆい光が溢れ出した。執務机の上にちょこんと座る、小さなテディベアの中から光が溢れてきて、あっと言う間に部屋全体を白く覆い尽くしてしまった。
誰もがその眩しすぎる光に目を細める中、逆に甲斐は目を見開いて驚愕していた。まるで彼は、その光の中に何かを見ているような、そんな感じだった。
まばゆい光に目を閉じても、瞼の裏まで真っ白な光に包まれていた。ざらついたノイズのような音がすべての音をかき消して、世界は静寂に包まれた。
光が世界を白く染めていく。そんな中、テディベアは何の前触れもなくふわりと宙に浮かび上がると、ゆっくりと天井へ向かって飛び去っていこうとした。
「ノエル!」
マイアはそれを見て、とっさに手を伸ばし、
「りあむ!」
同じように手を伸ばしていた甲斐の手と重なって、二人は一つに交わるようにくるくると回転しながら、上空へ消え去ろうとする光の中へと吸い込まれていく。
彼らの世界を包む、あらゆる壁が崩壊し、世界の外側から、いくつもの透明な檻の中で暮らしている人々の姿が見える。
そんな走馬灯のような中を、二人はまっすぐに飛び去っていく。やがて彼らの意識が埋没し、世界が白一色に染まるまで……




