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真一郎:マイア④―5

 興信所の報告書で知った甲斐の実家の様子を見に来たマイアは、その帰りにヤクザっぽい連中に囲まれてしまった。それを助けようとした三田は突き飛ばされて怪我をし、マイアは抵抗も虚しく彼らのバンに乗せられそうになったが、そんな場面に突然現れた暴走族によって彼女は救い出された。


 何十台……もしかしたら百台以上からなる改造車両に囲まれて、パラリアパラリラと、脳みそをシェイクされるような騒音を耳に叩きつけられながら、彼女は何が起きているのか分からず呆然とするより他なかった。このまま彼らに身を委ねていいかどうかは分からなかったが、ヤクザに連れ去られるよりはまだマシなような気がしたから、とにかく今は大人しくしていようと心に決めた。


 よく見れば、三田がマイアを助けようとしてこっちに走ってきていたが、そんな彼女のことを暴走族は邪魔しなかった。その後からついてくるヤクザ連中のことは、きっちりとブロックしていたから、少なくとも今のところは味方であると考えても良さそうだった。


「ガキがあ! 死にてえのかっっ!!!」


 行く手を阻まれたチンピラが激高して雄叫びを上げる。マイアはそれを聞いただけで居竦んでしまったが、彼女のことを救い出してくれた暴走族のヘッドらしき男は、まるでかわいい赤ん坊でも見るかのようにヘラヘラ笑いながら、


「おう、殺せるもんなら殺してみろよ! 口だけ達者だな。チンピラが」

「んだコラァ!? おまえ、誰に口聞いてるかわかってんのか!」

「だからかかってこいつってんだろうが! そのガキ相手にイキるしか出来ねえ雑魚のくせに、偉そうに吹かしてんじゃねえよ!」

「このガキッ! マジでぶっ殺してやらあっ!!」


 激高したチンピラの一人がこっちに向かって突進してくる。すると、その様子を周りで見ていた暴走族たちが、一斉に鉄パイプや金属バットを持って彼の前に立ちふさがった。


 チンピラはきっとそれを見て退けば助かったろうに、子供相手と高をくくって突っ込んできたせいで、そのまま彼らの餌食になった。


 ドカバキと容赦のない殴打の音が鳴り響き、悲鳴に鳴らない悲鳴を上げながらチンピラ男が崩れ落ちていく……チンピラを血祭りに上げた彼らは、地面で失神する彼を足蹴にしてゴロゴロと転がした。


「お、おまえら……こんなことして、タダで済むと思ってんのか!!」


 ボコボコにされた仲間を前に、他のヤクザ連中がいきり立つ。一般人ならその凄みだけで失神してしまいそうだったが、暴走族のヘッドは未だ悪びれた様子も見せずに、


「おまえらの方こそ、ガキだと思って舐めてんじゃねえよ! こっちはとっくに覚悟は決まってんだよ!! 殺すっつ―なら、本気で殺すつもりで来いや、ボケ! その気がねえなら、すっこんでろ!!」

「このガキ……」


 ここまで言われてしまっては、本職の彼らも後には退けなくなったのだろうか、周辺の空気は急激に重苦しいものへと変わっていった。やられた仲間を助け起こそうとする男の目つきが鋭く光る。シャツの下に隠すように、ズボンに筒状の何かを差していた男が、前に進み出て腰に手を当てる。


 何を持っているか察した暴走族の数人が怯んだが、ヘッドは尚も臆せずバイクのアクセルを吹かし始めた。彼の目はまっすぐその男を見据えており、一触即発とは正にこのことだった。


「やめねえか!!!」


 すると、その様子を後ろの方で黙って見ていた強面の男が、ドスの利いた大声でいきり立つ仲間達を制止した。元力士みたいな体格をした彼は、ノッシノッシと体を揺らしながら男たちをかき分けて前に進み出ると、


「どっちにしろ多勢に無勢だ。たかがガキを2~3匹殺してムショに入るくらいなら、その命もうちょっと俺に預けとけ」


 言われた男はギリギリと奥歯を噛み締め、不機嫌そうな顔をぷいと背けて去っていった。元力士はそんな男の背中を見送ってから、ギロリと振り返ってヘッドを睨みつけた。


「おまえ、命知らずも大概にせえよ、真一郎」


 真一郎……? その名前に聞き覚えがあったマイアの心臓がドキンと跳ね上がる。彼はそんなマイアの様子には気づかず、じっと相手の目を睨みつけながら、


「気安く人の名前を呼ぶんじゃねえよ、稲庭(いなば)さんよ」

「名前を呼ばれたくらいで粋がるな。話も出来やしねえ」


 稲庭と呼ばれた男は、フンッと鼻息で返事をすると、急に胸ポケットの中から一枚の写真を取り出して、チラチラとマイアの顔と見比べるように目を動かした。


 自分を助けてくれた男がまさか甲斐の弟だったとは思わず、驚いて見上げていた彼女は、今度はいきなりヤクザに睨まれ居心地悪そうに縮こまった。すると、ヤクザはわざとこちらに見えるように写真をひっくり返して、


「俺が用があるのはその女だけだ。見逃してやるから、そいつを置いてさっさとどっかいけや」


 見れば、写真にはマイアの姿が映っていた。そんな写真、撮られた覚えもなければ、ヤクザが探している理由も分からない。マイアが目を丸くしていると、言われた真一郎は写真に映ってるのが彼女だと気づいていながら、


「嫌だね」

「なんで邪魔をする? おまえ、その女とは何も関係ないはずだ」

「あんたがこいつを欲しがってるってだけで、十分関係あるんだよ。頑強(つよし)はどこだ。俺はずっと、あいつを出せとしか言ってないはずだ」

「おめえ、いっちょ前に、俺と取引しようってのか?」

「取引じゃねえよ。俺は出せっつってんだ。おまえは言うことを聞く。それだけだ。それ以上でも、それ以下でもねえ」


 まだ年若い青年が、どう見てもヤクザを相手に、凄みをきかせている……そのあまりに無謀な光景は、実際に彼が何をするか分からないといった雰囲気に支えられていた。


 マイアがそんな二人に挟まれてプレッシャーに押しつぶされそうになっていると、やがて稲庭はフッと肩の力を抜くようにダラリと写真を持つ腕を下ろし、


「やめだやめだ。今日のところはこれで勘弁しといてやらあ」


 彼は真一郎に背を向けると、小指で耳の穴をほじくりながら、面倒くさそうに歩き去っていった。そんな彼の後を腰巾着のようについていった男が、


「いいんですか? 親父。こんなガキに舐められたって知れたら……うっ!」


 稲庭は何も言わずに男の顔面を殴打した。よろけた男が吹き飛んでいくその勢いで、彼がどれ程怒り狂っているかが分かりそうだった。親分がバンに乗り込むと、道を塞いでいた男たちも渋々それに従い、全員不機嫌そうに暴走族を睨みつけてからその場を後にした。


 その瞬間、暴走族の間から野次るような歓声が上がった。ヤクザを撃退してやったという事実が、彼らを高揚させたのだろう……だが、よく見ればその目は全然笑ってなどなく、血走っていた。きっと、彼らは相当無理をしているのだろう。


 どうしてこんなことになっているのだろうか? そんなことを考えていたら、ふいに膝が折れて尻もちをついてしまった。見れば、自分の膝がまるで別の生き物みたいに震えている。多分、緊張感から解き放たれて、一気に恐怖が湧き上がってきたのだろう。


「おい、平気か?」


 真一郎はそんなマイアに手を差し伸べて起こそうとする。マイアはその手を掴もうと手を伸ばしながら、


「あ、あの……もしかして、真一郎くんって? 甲斐君……甲斐太郎君の弟さんの?」

「ああん……? あんた、兄貴のことを知ってるのか?」


 暴走族のヘッドが意外そうに眉をひそめている。まさか助けた女が、兄の知り合いとは思いもしなかったのだろう。その表情は警戒心に染まっていたが、逆にようやく見つけた手がかりに、マイアは興奮気味に差し伸べられた手を両手で握ると、


「お願いします! 私の話を聞いてくれませんか?」


*********************************


 取りあえず話を聞くにもここじゃ落ち着かないから、まずは場所を変えようと言う真一郎に連れられ、マイアは彼らがたまり場にしている廃工場へとやってきた。


 耳が馬鹿になりそうなくらい爆音を響かせている改造車に乗せられて、強面の暴走族連中に囲まれているというのに、あまり恐怖を感じていなかったのは、夢の中の甲斐が弟のことを信頼しているのを知っていたからだろうか。


 不良少年にありがちな話だが、暴走族も付き合ってみれば案外気のいい連中で、彼らはたまり場にマイアたちを案内するなり、怪我をしている三田のために消毒液や包帯をわざわざ買ってきてまで手当してくれた。それで緊張感が解れたのか、三田もいつもの調子を取り戻したようである。


 三田が手当てを受けている間、マイアは真一郎と夢の話をすることになった。改造バイクで一杯になった廃工場前の広場から、錆びついた手すりの無い鉄階段を上がり、キャットウォークみたいな通路を通って奥へ行ったスペースに、パイプベッドとハンガーラックがぽつんと置かれていた。


 彼はどうやら、ここで寝泊まりしているらしい。家に帰らないで、何故? と思わなくもなかったが、大方の事情は理解しているつもりだった。電気ポットのお湯を注いで、カップラーメンが出来上がるまでの間を持たせるように、マイアは夢で見た甲斐の話をした。


「それじゃあ、マイア。あんた体に兄貴の心臓が移植されてるって言うのか?」

「多分……そうとしか考えられないことが、次々と起きてるんです」


 心臓移植を受けて以降、『甲斐太郎』を名乗る男性の夢を頻繁に見るようになったこと。その甲斐のことを調べていたマイアの父が命を落としたこと。何らかの事情を知っていそうな婚約者も殺されて、その犯人が何故かマイアのそっくりさんだったこと。


 不思議なことが立て続けに起きた後、死んだ父に送られてきた郵便物から甲斐の調査報告書を見つけ、彼が本当に実在するのか確認しにきたら、こうして真一郎に出会ったのだ。


「こんなことを言っても、すぐには信じてもらえないかも知れないけど……」

「いや、信じるぜ」


 マイアがここに至る経緯を話したところ、真一郎はあっさりその話を受け入れて、


「あんたの言うことを信じれば、色々と筋が通るんだ。多分、あんたのその移植された心臓の売買に、さっきのヤクザが絡んでるはずだ」

「そうなんですか?」


 マイアが驚いて聞き返すと、真一郎は頷いて、今度は自分が話す番だと話し始めた。


「俺と親父は折り合いが悪くってな、昔からしょっちゅう喧嘩をしていた。知ってるかも知れないが、俺の親父はとんでもないクズでよ。最近じゃもう会えば必ず殴り合いになっていたから、殆ど家には帰ってなかったんだよ。兄貴も子供の頃からろくな目に遭ってこなかったんだから、一緒に家を出りゃ良かったのに、でもあの人はお袋のことを放ってはおけないって言って家に残ってさ、だから兄貴のことはずっと心配してたんだが……」

「真一郎くんは、お兄さんのことが好きなの?」

「ああ……暴走族が何言ってやがんだと思うかも知れないが、兄貴が居なければ俺はまともな人間には育たなかっただろう。あの人も随分つらい目に遭ってきたのに、絶対に俺を見捨てたりはしなかった。自分はろくに学校にも通わせて貰えなかったから、いつかおまえを大学に行かせてやるのが夢だって、それが口癖だった。本当に、すごい人だったんだよ。だから俺は尊敬してたんだが……」


 それを聞いてマイアは真一郎のことを一気に好きになってしまった。仮にも夢の中で意識を共有している甲斐のことを、ちゃんと想ってくれている家族が居たのだ。そんな風に兄のことを語っている真一郎の瞳はキラキラしていたが、しかし段々とその表情は曇っていき、


「ここ最近、そんな兄貴が死んだって、風のうわさが流れてきたんだよ。初めは何の冗談だと思ったんだが、何しろあの親父だろう? 何するか分かったもんじゃないから、慌てて家に帰ってみたんだよ。そうしたら兄貴はおろか、親父もいなくて、お袋が一人オロオロしてたんだ」


 因みにその母は病状が重く、もはや会話も成立しないから施設に預けられたらしい。その手続きをしてくれたのは、甲斐家に早く出ていって欲しい大家だったそうだから、何とも救いようのない話だった。


「とにかく、お袋に話を聞こうとしても埒が明かないからよ。部屋をひっくり返して親父の私物を漁ってたんだよ。したら、あの馬鹿、臓器売買の契約書なんていかにも怪しげなもん残してやがんだ。呆れたよ」


 真一郎はヤレヤレと言った感じに首を振ってみせてから、一転して真剣な表情で、


「それによると、どうやら親父は数千万なんて大金を手に入れたらしい。それはともかく、問題はその売った臓器を、どうやって手に入れたのかってことだった。そこへ兄貴の失踪だろう? あの野郎やりやがったなって、俺はすぐに勘付いたよ。でもよ、それで俺が騒いだところで、どこにも証拠はねえだろう? 社会のダニが、社会のダニを訴えたところで、警察も話を聞きゃしねえ。肝心の兄貴は行方不明だし、俺は暴走族だ。だから確実なのは親父をとっ捕まえて、野郎に証言させることだった。私がやりましたってな。そう思って親父を探し始めた矢先に、出てきたのがあの稲庭(いなば)会ってヤクザ組織だったんだよ」


 真一郎はそこまでしかめっ面で話した後、ふと思いついたように顔を上げて、


「そう言えば、マイア。連中はあんたのことを探していたようだが、あんたは何をやっちまったんだ?」

「それがわからないの……どうしてあの人が私の写真を持ってたのかも。真一郎くんの言う通り、あの人たちが私の心臓の取引相手だったんだとしたら、彼らが一方的に知っていた理由にはなるけど、でも、拐われるような理由はないし……」

「ふーん……まあ、あんたも兄貴のことを夢で見るなんて、おかしなことになっちまってるもんな。あの連中も連中で、何かあるのかも知れねえな」


 真一郎はフンッと鼻息を鳴らすと、


「話を戻すが、俺が親父を探していたら、出てきたのがあの稲庭だった。クズ野郎にはありがちな話なんだが、親父も存外気の小さい奴でよ。一度ボコボコにしてやったら、報復を恐れてチンピラの舎弟をやり始めたんだよ。その関係で知り合ったんだろうな……ある日、稲庭会が俺に脅しをかけるつもりで近づいてきた。これ以上、自分たちの島で勝手な真似してみろ、殺すぞってな。


 普通ならそれでビビって大人しくなると思ってたんだろうが……馬鹿が。こっちはその殺されたかも知れねえ兄貴のことを探してんだ。もちろんそんなの聞くわけねえよ。寧ろ、これで奴らが親父を匿ってることは確定だから、逆に野郎を出せって要求してやった。もう後には退けねえ。親父を差し出すか、俺を殺すか。それでうちのチームと全面戦争だよ」


 マイアは血の気の多い話を聞いて目眩がしたが、少なくとも真一郎が甲斐の味方であることだけは分かった。それだけで、彼は信用するに足るだろう。


「でも、あんたの話が本当なら、兄貴はまだ完全に死んだってわけじゃなさそうだな?」

「うん。夢を見始めてから彼のことを探してはみたけど、結局見つからなかったの。だから、ただの妄想かなって一度は思ったんだけど……お母さんの話では今、甲斐君らしきプレイヤーと接触した人たちがたくさん見つかってて、その人たちは何故か彼のことを忘れてしまってるみたいなんだ。それは、私が見た夢の内容と一致してるし……


 そして、お父さんの報告書を頼りにやってきたこの街で、真一郎くんと知り合えたでしょう? 君のことを、私は夢の中でしか知らなかった。なのに会えたってことは、これはもう、間違いなく私の夢と甲斐君の意識が繋がってる証拠だと思うの」

「そうか……だとしたら、マイア。なんとか兄貴を助けてくれないか。俺も出来ることは何でもするからよ」

「もちろん、そのつもりだよ。今、お母さんが甲斐君に会う方法を探してるんだけど、上手くいきそうだったら連絡するね」

「わかった、じゃあ連絡先を教えてくれ」


 真一郎はポケットの中から画面がバキバキになった携帯を取り出してくる。マイアも自分の携帯を取り出そうとしたが、その時になってようやく、彼女は自分が持ってきたカバンを落としていることに気がついた。


「ああーっ!」

「どうした?」

「さっきの場所に、カバンを落としてきちゃったの……困ったなあ、ノエルも大丈夫かなあ」


 何しろあんな危険な目に遭ったのだから、持ち物を確認するような余裕も無かったのだ。しかし、ノエルはマイアを助けようとして警報を鳴らしてくれたのに、置き去りにしてしまうとは……きっとまた拗ねてるに違いない。


「ノエルってのは?」

「私の持ってきたぬいぐるみなんだけど」

「ぬいぐるみだあ?」


 ノエルがぬいぐるみと知った真一郎が、いい年してそんな物を持ち歩いているのか? と言いたげにこっちを見ている。マイアはカーっと頬が熱くなるのを感じながら言い訳気味に、


「あー! ノエルはただのぬいぐるみじゃないんだよ? 本体はお母さんが作ってくれたAIだから、その辺のチャットボットなんかよりずっと賢いんだからね」

「別に馬鹿にするつもりはねえよ」


 真一郎はヤレヤレと肩をすくめると、


「それじゃ取りに行こうぜ。単車の後ろに乗せてやるからよ」

「……え? いいの?」

「さっきヤクザと揉めたばかりだろう? 一人で行かせるわけにはいかねえよ。帰りも、みんなで送ってやるから、あの姉さんにも話しておけよ」

「ありがとう」


 二人は部屋を出ると、また鉄階段を下りて仲間の屯している広場へと戻った。女と二人きりで何してたんだ? と揶揄する仲間を殴打している真一郎を尻目に、三田にノエルを探しに行くことを告げる。彼女もこの短時間でだいぶ気を許したのか、彼らが一緒についてってくれるなら大丈夫だろうと太鼓判を押してくれた。


 そんな三田に見送られながら、マイアは真一郎のバイクに乗って廃工場を出た。その後ろには、親衛隊みたいなバイクが数台続いて編隊を作り、爆音を響かせて街を走り抜けていく。彼らの独特な格好と、その無法を絵にしたような改造バイクを、道行く人々は不安げで敵意に満ちた視線で見ていた。マイアも普段ならあちら側で同じような顔をしていたのだろうが、こうして真一郎の後ろに座っていると、こういうのも案外悪くないとそんな気がしていた。


 しかし、そうやって気分の良いときにこそ、人は油断するものである。


 暴走族集団は駅前を通り過ぎると、街道の狭い方へ狭い方へと走っていった。やがて、甲斐家のある工場地帯に入ると、いかにも無計画に舗装された細い道を、バイクは一列縦隊になって駆けていった。


 ヘッドである真一郎はその先頭を猛スピードで走り続けていた。この辺で生まれ育った土地勘もあるからだろう、とても人には真似できないようなギリギリのラインをバイクは攻め続ける……


 と、そんな時だった。それまでのように、狭いカーブを軽快に曲がった真一郎が、急にバランスを崩した。後部座席のマイアは振り落とされないように、ギュッとしがみついているのがやっとだった。まるでそんな彼女の重さに振り回されるかのように、バイクが右へ左へとブレるのを、真一郎は腕力で強引に押さえつけようとしている。


 カーブで何かに乗り上げたのだろうか? 一向に安定しない挙動に、何をそんなに慌てているのかと、チラリと顔を上げたら、マイアは前方にキラリと光る何かを見つけた。よく見れば、カーブを曲がったすぐ先に、ワイヤーが張られている。猛スピードのバイクは今まさにそこへ突っ込もうとしていた。


 危ない! と彼女が叫ぼうとした瞬間、真一郎はとっさにハンドルから手を離した。ドンッと言う衝撃が全身に伝わり、二人は空中を一回転しながらバイクから投げ出された。ワイヤーの下をくぐり抜けたバイクが横滑りしながら、数メートル先の壁に激突する。それと同時に、空中に投げ出された二人は地面に激突し、鈍い衝撃と共にゴロゴロと地面を転がっていった。


 為す術もなく体のあちこちをぶつけながら、マイアは先行するバイクの方へと転がっていった。やがて壁にガツンとぶつかって体はどうにかそこで止まったが、頭をぶつけた拍子に脳震盪でも起こしたのか、くらくらと視界が狭まっていった。


 振り返れば数台のバイクが彼らの後に続いてワイヤーの餌食になり、同じように転倒する姿が見えた。その背後からはニヤついた顔の男たちが、金属バットを手にして近づいてくるのが見えた。マイアは逃げなきゃ! ……と思うが、体は全く言うことを聞いてくれず、朦朧とする意識の中で、彼女の意識は閉ざされていくのだった。


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